ジャニー喜多川(故人)による性加害事件は、2023年の英BBC番組の放映を機に日本でも「事件」として報道され、旧ジャニーズ社による謝罪や、何百何千人の被害者の救済や補償につながった。1980年代初め14歳から被害を受けた著者は、退社後孤立無援の中PTSDに苦しみつつ30年超告発を続け、事件化後は当事者の会を設立し被害者らを支えた。本書はそんな著者が綴る、魂の叫びとも言える闘いの記録だ。
ジャニー氏の巧妙なグルーミング手法や訴えることができない男性サバイバーの心理も詳細に。そして89年に他の被害者と告発したのに、なぜメディアも社会も訴えを無化し、ジャニーズをのさばらせ、被害救済着手まで35年もかかったのか、果たして今はジャニーズも社会も本当に変わることができたのかという鋭い問いが本書を貫く。
著者が歩みを止めないのは、少年時代の自分と仲間の時間と尊厳を取り戻すため。人も自分も日本も変われると信じて。(狂)
本書は、在日朝鮮人3世で編集者の著者が、同人誌『海峡』に40年近く連載してきたものを再編集したエッセイ。帰還事業で北朝鮮に渡った親族との別れや、息子、両親、祖母など身近な人のこと、自身の子ども時代を語っている。
高校生まで通称名(日本風の名前)で過ごし、日本の学校に通っていたという著者は、直接の激しい差別には遭わなくても、学校や生活の場で様々な朝鮮人への差別の言動に直面する。だが、心は外より内へと向かう。努めて「優等生」でいようとする自分の弱さを恥じ、かつての宗主国の言葉でしか表現できないという絶望感にも襲われたという。在日の人々に常に緊張を強いて自己否定感を植え付けるこの社会の罪深さが苦しい。
「自分は何者であるか」と問い、民族アイデンティティとしての心の声をていねいに掬い取ろうとする著者。いまだ外国人への差別意識がむき出しの日本社会。一様ではない在日の人々の複雑な声に、もっと耳を傾けたい。(う)
行政と司法のもたれ合い構造を問う 伊東市都市計画道路変更決定事件 逆転勝訴の記録
島田靖久 著
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- 行政と司法のもたれ合い構造を問う 伊東市都市計画道路変更決定事件 逆転勝訴の記録
- 島田靖久 著
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静岡県伊東市の都市計画道路拡幅に伴い、県や市は住民説明会で交通量や人口の予測を都合よく曲解や捏造、隠蔽まで行った。住民は計画の取り消しを求めて行政を訴えた。地裁は審理の後に棄却するも、高裁・最高裁では住民が勝訴。都市計画道路に関する行政訴訟で、却下されず最後まで審理が進んだ例も、そして勝訴も初めてという。それは1968年に新しい都市計画法ができたにもかかわらず、戦前の国家主義の色濃い旧法に基づく57年の最高裁判決が踏襲され続け、住民による訴訟が「却下判決」で門前払いされてきたからだ。
当初、行政からは嘲笑気味に「裁判など無駄、すぐに却下される」と聞かされ、静岡地裁の裁判長はことあるごとに「却下」をちらつかせて訴訟を指揮した。訴訟の中心となった著者(故人)は、全国の同じ立場に立たされた人たちと情報の共有を積み重ねる必要を痛感したと書く。(公)