なぜ戦争をえがくのか 戦争を知らない表現者たちの歴史実践
大川史織 編著
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なぜ戦争をえがくのか 戦争を知らない表現者たちの歴史実践
- 大川史織 編著
- みずき書林2000円
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まもなく戦争体験世代がいない時代がやってくる。そんな時代に、直接知らないことをどうやって伝え続けるのか。語り継ぐことを引きうけた人々が取った方法、うしろめたさや葛藤などの思索のゆれを編著者が聞き取る。本書は、マーシャル諸島の戦争を作品にしたドキュメンタリー映画監督の編著者が、小説、漫画、映像、音楽、演劇、工芸、彫刻、アプリ制作で戦争を描こうとする10代から50代の13人との、対話集。
語り手は中国、ペリリュー島、韓国・済州島、長崎などでの経験を語る。ある人は、知ったことに自分の解釈を加えるべきか悩む。ある場所の、戦争中と現在の違う時空を同時に体験できるARアプリを使う手法には興味が湧いた。
直接関わっていない戦争の責任をどこまで引きうけるのかという根源的な問い。演劇の準備段階で高校生が戦争を我が事として考えるようになった事実。「伝えたいこと」を受け取って、考えていきたい。(三)
実父からの性虐待を、こんな風に「小説」として表現できるとは―。すばる文学賞受賞、芥川賞候補の著者のデビュー作。
小学生のせれなの母は家出、せれなは2度自殺未遂をした父と、粗野だがせれなを気遣う父の恋人ベラさんと暮らす。ある日今は亡き伝説のロックスター、美しいリアンに夢中に。しかしベラさんが家を出ると、父の性虐待が始まる。それ以降リアンはせれなの元に舞い降り、恋人になり、せれなの「現実」となる。メルヘンのように美しい、せれなが生み出したリアンとの「現実」は、せれなが過酷な境遇を一人で生き延びるために必要だったもの。せれなが絶望するほど、リアンは神格化され彼との「現実」が確かなものに。しかし大人になったせれなはリアンの真の姿と、同時に自身の被害の真実を見つめ始める。そして―。
性虐待被害者の生き延びようとする力、連帯と再生の萌芽を感じる。ラストシーンの余韻と衝撃が私を離してくれない。(KU)
隣の国のことばですもの 茨木のり子と韓国
金智英 著
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- 隣の国のことばですもの 茨木のり子と韓国
- 金智英 著
- 筑摩書房2200円
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韓国に興味を持ち始めた頃、茨木のエッセイ集『ハングルへの旅』を読んだ。彼女がハングルを学ぶ理由や韓国文化への尊敬の眼差しに共感を覚えた。本書は、そのエッセイに載る言葉をタイトルに、茨木の詩人としての活動や作品を分析し、彼女がなぜ、ハングルを学び、『韓国現代詩選』を編訳したのか、関心を追究している。
茨木は軍国少女であったという過去の自らの姿を重ねつつ、戦後の社会を批判し、自己洞察する詩を書いた。著者はその内面と、彼女が韓国に対する認識を顕在化する過程を明らかにし、翻訳の際、詩的完成度と詩想の一貫性、日本語の語感を重視した茨木の大胆な試みなども紹介。韓国出身の若い文学研究者である著者のていねいな茨木のり子論は読み応えがあった。
茨木は韓国で「尹東柱(戦中日本で獄死)を紹介した詩人」として知られ、詩集が翻訳され、韓国の作家などにも影響を与えているという。本書も茨木の作品のように日韓で読まれてほしい。(ん)