「自己決定権」という罠 ナチスから新型コロナ感染症まで
小松美彦、今野哲男 著
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「自己決定権」という罠 ナチスから新型コロナ感染症まで
- 小松美彦、今野哲男 著
- 現代書館2600円
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『自己決定権は幻想である』(2004年)の増補改訂版『「自己決定権」という罠 ナチスから相模原障害者殺傷事件まで』(18年)を経て、「増補決定版」となった本書。植松被告の死刑が確定した「相模原障害者殺傷事件」の追記、コロナ感染拡大の日本の状況と対策などの問題点を論述している。
自己決定権や「尊厳死」という言葉が普及し、臓器移植法は改定され、人工透析患者が自己決定権を理由に死亡させられたとされる「公立福生病院事件」や「京都ALS患者安楽死殺人事件」など、人間の死生と医療・福祉・社会保障をめぐる重大な事態が次々と生じているという著者(小松)。歴史を掘り下げ、哲学者の生権力論を考察し、「人間の尊厳」なる概念が自分たちを巧妙に「死」へと誘うことに警鐘を鳴らす。コロナ禍でどれだけ感染者が出ようが「放置」が日本の政策だとし批判する。「生きるに値する/値しない」を弁別する権力に抗うために、多くの人に読んでほしい書だ。(う)
月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか
田中ひかる 著
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- 月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか
- 田中ひかる 著
- 平凡社2400円
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1974年に起きた「甲山学園事件」では月経中を根拠に1人の女性が殺人の冤罪に。警察は「(月経中の女は)何をするかわからへん」と。女からみたら嘘みたいに恐ろしい真実が、100年以上前の欧米の学者の研究書に端を発し、日本の犯罪学、犯罪精神医学、刑事政策、刑事司法の現場に浸透し、最近まで引き継がれていく様を、著者はさまざまな文献から明らかにした。
「犯罪における月経要因説」の起こりは19世紀イタリアの犯罪人類学者ロンブローゾだが、女性犯罪者は嫉妬心、残虐性、嘘つきの特質を持つ、とも(後の連合赤軍の永田洋子の判決にも)。そして精神医学の?裏付け”を与えられ、あらゆる場面で用いられた。後に心身の不調は月経「前」に起こる(PMS)とされても、月経と犯罪を結びつける発想は消えていない。
近年は月経の「社会的文化的要因」を指摘する研究も。タブー視と不浄観が招いた女への差別と偏見か。私たちはもっと月経を語る必要がある。(S)
排外主義と在日コリアン 互いを「バカ」と呼び合うまえに
川端浩平 著
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- 排外主義と在日コリアン 互いを「バカ」と呼び合うまえに
- 川端浩平 著
- 晃洋書房2800円
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語彙の少ない小学生が「バーカ」「お前こそバーカ」と言いあっていると訳知り顔の教師が言う。「バカといったやつがバカ」。それでは喧嘩両成敗になってしまわないか。本書はそんな疑問から出発する。無論、小学生の口喧嘩ではなく、街頭やネットでヘイトを撒き散らす排外主義者と、それに対抗する在日コリアンや支援するカウンターの関係を見つめたものだ。
在日のフィールドワークを17年以上続ける著者の視点は常に低く、常にジモト(地元)を意識してきた。出身地の岡山から福島、ソウル、川崎と、丹念に在日コリアンのストーリーに耳を傾けた調査から、自分の「正しい」価値観は本物なのかと絶えず疑問を投げかける。排外主義者は歴史から得られた学びを無視する「バカ」と切り離すのではなく、連綿と引き継がれてきた日本社会の差別の構造を理解する必要を説く。排外主義に向き合うことを通じて、社会そのものを変えていく可能性を模索した一冊。(公)