もうひとつの戦場 戦争のなかの精神障害者/市民
岡田靖雄 編著
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もうひとつの戦場 戦争のなかの精神障害者/市民
- 岡田靖雄 編著
- 六花出版1800円
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戦争の一面を知る貴重な本だ。東京都立松沢病院などの精神科医だった編著者が、戦争と精神障害をテーマに、戦場での精神病などの報告、病院の記録、論文をまとめている。第2次大戦中、松沢病院など日本の精神病院の入院患者の死亡率は高かった。死因は食料不足による栄養障害症候が多かった。またデング熱に関する研究で、精神病院の患者に人体実験が行われていた。病者の犠牲の多さや人権を軽視する医療者の行為にやりきれなさを感じた。
戦闘員のみならず市民への、空襲、原爆、沖縄戦が与えた心理的影響は計り知れない。本書の論者たちは、晩年になって再び想起される精神的外傷体験に触れている。戦争体験者は、戦争トラウマの記憶が人生時間全体を貫き、近親者の死や中・老年期の危機などで表面化する人もいる。戦争による精神被害はもっと考察すべきと思う。と同時に、論者の「戦争加害者の精神医学的研究もあるべき」という言及に深く頷く。(よ)
科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで
アンジェラ・サイニー 著 東郷えりか 訳
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- 科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで
- アンジェラ・サイニー 著 東郷えりか 訳
- 作品社2400円
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私たちの周りにはどれほど多くのまことしやかな神話が「科学」として、溢れているだろう。女性の脳と男性の脳は根本的に違うから科学分野のトップには女性が少ない、女の子はピンクの人形、男の子には青のトラック、男は浮気しやすく、女は一夫一婦制を好む、女性は共感しやすく、男性は機械を好む…。
著者は、神経科学から心理学、医学、人類学、生物学などさまざまな領域における、女性に対する既成概念を調査し、やはり科学をもってその反証を試みている。
現在は、女性が学問から閉め出されていた時代とは違う。学術のトップレベルには女性が多く輩出されている。そして、生物学的性差が、考えられていたよりも大した違いではないことや、これまでとは逆の見解を導く研究も進んでいる。「科学における偏向を照らし出すレンズ」としてのフェミニズムが、今後の学問研究において不可欠なものであることを改めて考えさせられた。(梅)
書名の「軍馬」と「楕円球」がどう結びつくのか、想像もつかなかった。本小説の主人公、高校2年生の吉沢鉄朗は、雨の日も風の日も休まず続けてきたラグビー部を、能力の壁を感じ退部。そして、読書好きで知的好奇心が旺盛な彼は、一頭の馬を描いた絵本との出会いを機に、軍馬を通し昭和史を見つめる市民講座に参加、戦中世代も含めた老若男女が学ぶグループの中で、試行錯誤を重ねながら知の旅に出る…といった内容だ。
物言えぬ軍馬が戦場で何を見聞きし、その時何があったか?を基に、多面的に歴史の側面を紐解いていく過程は、現代史を振り返ることもでき興味深い。昭和史とラグビー、家族関係、高校生の青春などさまざまな物語が描かれ、テーマが散漫な印象もあるが、異なるバックグラウンドを持つ参加者からの、あたかも楕円球の如くどこに転がるかが予想もつかない質疑応答の場面は、活発な意見交換の様子が目に浮かび、思わずワクワクさせられる。(タ)