フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」60年の記憶
林典子 著
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フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」60年の記憶
- 林典子 著
- 岩波書店1040円
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1950年代に始まった「帰国事業」で北朝鮮に渡った、在日朝鮮人の配偶者であった「日本人妻」と、残留日本人女性への取材を中心にした渾身のルポだ。以前から、著者の真摯な取材姿勢を尊敬しているが、今回も6年間11回訪朝し、勇敢かつていねいな取材、信頼関係を得るまで写真は撮らず、逡巡しながら相手に質問する著者の行動に感銘を受けた。
北朝鮮に関する記事にありがちな、単純に白か黒かで伝えることを抑え、取材を受けて良かったと思えるようにとの著者の思いが通じたかのように、登場する女性たちは過去を振り返り、喜びや悲しみの言葉と共に率直に人生を語っている。時代や政治に翻弄されながらもたくましく生き、深いしわが刻まれた女性たちの凛とした写真が美しい。
女性たちに共通する哀しみは、日本に自由に里帰りできないこと。著者が言うように、これは人道的問題。私たちはこれに無関心であってはいけないと思う。(ん)
掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集
ルシア・ベルリン 著 岸本佐知子 訳
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- 掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集
- ルシア・ベルリン 著 岸本佐知子 訳
- 講談社2200円
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ルシア・ベルリン(1936~2004年)を知ったのは17年発行の『早稲田文学増刊 女性号』。巻頭小説が「掃除婦のための手引き書」で、アル中の夫を亡くし、うっすら死にたいと思いつつ毎日バスに揺られて仕事に行く掃除婦の、一歩引いた冷めた視線が強く印象に残った。米国では15年に短編集で「再発見」されベストセラーに。本書は初の邦訳作品集。
著者は米アラスカ生まれ、父が鉱山技師だったため鉱山町を転々とし、その後テキサスの貧民街からチリへ移住したことも。両親や祖父母のアル中と性虐待を含めた虐待、自身のアルコールや薬物依存症…。4人の子のシングルマザーとして、掃除婦、ナース、電話交換手として働いた。作品のどれもが自身の経験をベースにしていて、底辺から社会をまなざし、絶望のどん詰まりなのにどこかユーモアあふれる不思議な感覚の作品ばかり。それはのっぴきならない人生を引き受けた1人の女性の、生命力の表れかもしれない。(P)
表象天皇制論講義 皇族・地域・メディア
茂木謙之介 著
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- 表象天皇制論講義 皇族・地域・メディア
- 茂木謙之介 著
- 発行 白澤社 発売 現代書館3400円
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本書は2018年8月、東北大学で行われた「〈天皇〉から考える日本学」の講義記録に加筆・修正したもの。明治から昭和期(一部現代)を対象とし、「支配の装置」としての天皇の権威づけがどのように行われてきたか、表象としての写真(御真影と皇族図像)や文献から検証し、皇族の役割、行幸などによる地域とのかかわりにも触れる。
今、メディアでは天皇・皇族の表象が溢れる。著者は現状を、新天皇の誕生と新元号への変化をふわっと喜ぶこと=ゆるふわ天皇(制)を認め、いまだ存在する差別や暴力を不可視化し、現状の閉塞感打破への期待を祝賀イベントにすり替え、それを私たちが消費者として享受する状況、と捉える。
かつて皇室の地域訪問が地域での天皇(制)の表象を創り上げる契機であったならば、平成の天皇(おそらく次代も)による被災地訪問なども、その趣旨は同質だろう。
天皇(制)に向き合うために、メディアの役割を含めて、確かな議論が必要だ。(き)