箱の中の天皇
- 赤坂真理 著
- 河出書房新社1400円
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平成から令和に代わるきっかけとなった平成天皇の「おことば」。その意図するものは何だったのか、本作品は小説という形で応えることを試みる。
戦後GHQが起草した日本国憲法は天皇を象徴と定めた。主人公マリに手渡された「箱」、それこそが象徴であり、箱を手にしたマリは敗戦後間もない時代と現代を行きつ戻りつしながら箱に纏わる人々に出会う―。
箱の中身は日本人自らが埋めるべきものだった。だがこの国の権力者らはずっと以前から、空である箱を都合よく解釈し利用してきたのではないか。箱は常に「空虚な中心」であった。マリの前で平成天皇が「おことば」を述べる。「象徴」たる人自身がその意味を、箱の中身を、全身全霊で創出しようとした。箱を手渡されたのはこの国のひとりびとりだったのではないか。
長くはない小説の中に、放置してきた多くの論点が詰まっており、消化不良になりながらも引き込まれる。(ゆ)
- 有機農業という最高の仕事
- 関塚学 著
- コモンズ1700円
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「有機農家になったことは人生最高の選択だった」。著者は本の最後をそう結んだ。この本はプロの農家を目指している人にとっての良い指南書である。基本的なことが詰め込まれているし難しくない。さらなる知識が必要な場合の文献、具体的な対処法などの情報も豊富に載っている。有機農家として歩んできた経験値で書かれているのだから、同じような目標をもつ人の視点を理解しているし励ましにもなる。
さらに、有機農業がさまざまな領域に、いかに良い影響を与えるのかを述べている。健康な身体と精神、それを支える食と習慣や住まい、環境に配慮したエネルギーの作り方など。また、有機農業は人と地域をつなげ、自然との共生に根差す。そうした生活と暮らしが“生きる”ことを支えているのだ。
「有機農業的な価値観で生きる楽しさを感じ取ってほしい」。関塚さんの思いが伝わる一冊である。有機農業を知ることで、人生はもっと豊かになる。(ぶ)
さらば! 検索サイト 太田昌国のぐるっと世界案内
太田昌国 著
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- さらば! 検索サイト 太田昌国のぐるっと世界案内
- 太田昌国 著
- 現代書館2000円
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民族問題、死刑制度、芸術など幅広い分野で発言を続ける著者が折々に発表した文章をまとめたもの。タイトルからはインターネット否定論にも見えるが、著者自身はインターネットと「牧歌的な」付き合い方をしてきたという。ではなぜ「さらば!…」なのか。著者は「本書の叙述の方法と『あとがき』を通して理解してくださるなら、うれしい」としているので、あえて種明かしはしないが、副題がヒントとなるだろう。
インターネットの圧倒的な情報量を前に、人は知らず知らずそこにすべての情報と答えがあると思いがちになる。だが、現実の世界はその外側にさらに広大に拡がっている。著者は多様なテーマ、視点を切り口にそこに人びとを誘う。
民主主義とは何かを考える上で、扇動や情報操作という問題は古代ギリシャ以来議論が続く。その意味では、この本は著者の格闘の記録であると同時に、民主主義をめぐる思索と議論への招待状でもある。(ち)