日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実
- 吉田裕 著
- 中央公論新社820円
|
|
軍事史研究者の著者は、近年目立つ、旧日本軍礼賛の風潮を危惧し、戦場を「兵士の目線」で「兵士の立ち位置」から捉え直すことで、戦争を「死の現場」として明らかにしたいと、膨大な従軍証言を読み解いた。
多くの日本兵が餓死した事実は広く知られている。だが現実はより無残で、上官の私的制裁を受けた戦争神経症による自殺、「処置」名目の同僚殺し、「肉攻」という自爆攻撃も増え、それらは「戦死」とされた。前線へ出ないための「自傷」行為、精神高揚や現実逃避のヒロポン中毒等も膨れあがった。兵士も兵器も常に不足し、当然休暇もなく、劣悪な被服・装備、旧式兵器で戦わされ、兵士は装備品扱い。結核や虫歯・水虫の蔓延が戦意を喪失させる。大量に死ぬ兵士の補充として、体格・体力的に不十分な兵士も徴用され、負の循環を繰り返す。非科学的な政策や戦略のツケは兵士が被った。
さて、現代。戦地へ派遣される自衛隊はどうなのか。(三)
教科書にみる世界の性教育
橋本紀子、池谷壽夫、田代美江子 著
|
- 教科書にみる世界の性教育
- 橋本紀子、池谷壽夫、田代美江子 著
- かもがわ出版2000円
|
|
「私、関係ない」と言わないで。性教育は「性の権利」を生涯保障するものだから。本書は、欧州5カ国と豪、中日韓のアジア3カ国の、性教育にかかわる中学・高校の教科書を比較した。性教育は、その国の人権・ジェンダー意識、社会の民度を写すと実感した。
望まない妊娠、性感染症、ネットやスマホを通じた新形態も含む性暴力などの若者を取り巻く環境と、1990年代を通じて確立した「性の権利」を背景に、ユネスコは2009年にガイダンスを開発。これを踏まえ各国が工夫した。女性器にクリトリスを明記し、同性愛、オーガズム、ポルノ問題、ジェンダー、性暴力も教えるオランダ、詳細な避妊方法とともに女たちの運動を伝えるフランス…。意外に中国もいい。一方日本は性教育バッシングで内容が後退し、性交や避妊も教えない…。
世界の潮流から外れ、「性の権利」を侵害する日本。貧弱な性教育は性暴力に寛容な空気を生み、豊かな人間関係も奪う。(登)
イラクを中心とした中東政治研究者の著者が現代の中東を分析。
もともと中東やアフリカは紛争やテロが多く、それが世界に拡大しているというのは本当か、と著者は問う。データによれば、中東でテロや紛争が増加したのは2003年のイラク戦争以降で、難民も急増し14年には550万人だ。
「35年間の中東研究の経験が、どこまで役に立つのか」と著者すらが言う状況の中で、中東の人々の困惑や絶望などの背景にある政治を伝えられればと本書は書かれた。新書だが中身は濃い。
無責任でずさんに行われたイラク戦争でイラクは秩序が崩壊、政治は不安定、経済は停滞するという悲惨な運命をたどり、その理不尽さからISは生まれたと著者は書く。
今、不寛容と排外主義が世界に広がり、日本も例外ではない。また、イラク、シリアの混迷の発端がイラク戦争であるとするならば、日本も責任を免れない。本書に挙げられたいくつもの重要なテーマから、足元を考えたい。(ね)