無戸籍であることが社会に生きるうえでいかに過酷か。まず住民票がつくれない。義務教育を受けるのが難しい。医療費はすべて自己負担。選挙権もない。銀行口座をつくれない。携帯電話の契約ができない。当然、就労も厳しい。
無戸籍者とは「存在しない人」なのである。著者自身が出産直後に民法772条の「嫡出推定規定」(離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定する)の壁にぶち当たり、わが子が「無戸籍児」とされたのをきっかけにあらゆる手立てを追求し、政治に働きかけ、メディアを通じて発信していく。「存在しない人」が可視化されていく様はドラマチックですらある。
同時に、「無戸籍」であることは人権がないに等しいという事実をどう受け止めるのかという問いが突きつけられる。1万人超と推定される「無戸籍者」の実態を把握し、人権を早急に保障したうえで、「戸籍ありきの人権」という構造そのものを問い直さなければと思う。(葉)
マタハラ。働く女性が妊娠・出産・育児などをきっかけに嫌がらせを受け、あるいは解雇・雇い止めなどの不利益を被ること。
著者も契約社員として雑誌の編集を担当していたときに、妊娠しマタハラを受け、流産を2度繰り返し、退職に追い込まれた。労働審判、調停、解決をしても、やり場のない怒りから著者は、同じ立場の女性たちとマタハラNetを立ち上げ、この問題を世に問うた。
相談を受け、インターネットで実態調査を行う。著者はマタハラの4類型「昭和の価値観押しつけ型」「いじめ型」「パワハラ型」「追い出し型」があるという。
日本社会は、超少子高齢社会へと突入し労働力が不足していく。しかし働きながら子育てする環境整備が遅れ、非正規化も進み、マタハラ王国となった。さらには介護しながら働く者へのケアハラも横行している。
著者が世に問うスタイルもスマートで、「世界の勇気ある女性賞」を受賞している。(衣)
ドキュメント 死刑に直面する人たち 肉声から見た実態
佐藤大介 著
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- ドキュメント 死刑に直面する人たち 肉声から見た実態
- 佐藤大介 著
- 岩波書店2600円
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死刑にまつわる情報を公開しない一方で、世界の潮流に逆らって死刑制度を維持し続ける日本。本書は、新聞記者である著者が、死刑と向き合うさまざまな人の肉声から、死刑の全貌を明らかにしようとしたものだ。
死刑囚の身の回りの世話をする衛生夫、刑務官、死刑執行官、教誨師、死刑囚家族…そして死刑囚本人。これらの人たちが抱く罪の意識、苦しみを、私たちはあまりに知らない。犯罪発生当初の気持ちから変わり死刑を望まなくなることもある、被害者遺族の複雑な感情も。死刑囚が改心していく様子、直前に執行を知らされる動揺や、死刑が確定した瞬間から社会から抹殺されるつらさも。そして首がちぎれることもある絞首の実態も。
政府が引き合いに出すのは世論の支持だが、詳細に見れば迷いを示しているし、死刑の意義をとうとうと語る法務官僚ですら関わりを躊躇する。「なんとなく」維持するのではなく、徹底的な情報公開こそ必要だと痛切に感じた。(登)