抵抗のモダンガール 作曲家・吉田隆子
田中伸尚 著
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- 抵抗のモダンガール 作曲家・吉田隆子
- 田中伸尚 著
- 岩波書店1900円
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日本的感性と西洋現代音楽の融合を模索した吉田隆子(1910~56)。ノンフィクション作家として、天皇制などのタブーに切り込んできた著者が明言した通り、伝記部分は隆子の自著と、洋楽史研究家の小宮多美江さん、辻浩美さんの先行研究による。しかし、宮本百合子、佐多稲子、神近市子など、時流に果敢に抗した女性とのつながり、なぜ戦後は与謝野晶子を筆頭に女性による詩にのみ付曲するに至ったかも、政治・社会史を背景に浮かび上がらせてくれる。
音楽人からは作品自体に触れず、特高や治安維持法といった不快な話題ばかり、と不平も聞こえそう。だが一昨年のNHK・ETV特集に大きな反響があったのは、隆子がパートナーで劇作家の久保栄と対等の同志だったという音楽外の事実が明かにされたからこそ。戦後いちはやく演劇界の戦争責任を問うた久保と、女性、生活、反戦を作曲の不可欠のテーマとした隆子…。苛烈な現況を生き抜く手本として、本書を広く薦めたい。(M)
成田空港の「公共性」を問う 取られてたまるか!!農地と命
鎌倉孝夫、石原健二 編著
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- 成田空港の「公共性」を問う 取られてたまるか!!農地と命
- 鎌倉孝夫、石原健二 編著
- 社会評論社1800円
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本書の主題は「成田空港の公共性」ではなく、「公共性」そのものの概念の問い直しと再確認だ。
2006年に提訴の小作地取り上げ問題とその裁判経過、成田空港の経済性分析、農政批判、三里塚ルポなど内容は多彩。とくに第2章「資本主義と公共性」は独立したテーマとして読み応えがある。資本主義国家によるインフラ整備の「公共性」は、資本の体制と蓄積を維持するために行われる道路や交通などの整備が、人間生活にとっても必要不可欠な基盤を形成するという側面にあった。しかし、大企業の利益を民衆に暴力的に押し付けるしかない新自由主義下では、もはや「公共性」は民衆を協力させ人権抑圧を正当化する決めゼリフとして使えない。
安保戦略も国民の利益になるという合理的根拠が示せないから「愛国心」が必要になる。では本来の「公共性」とは何か。自民党改憲草案にはじまり「公共」に代わって「公益」が最近耳障りなのはそういうことか。(柑)
- 『陸軍登戸研究所』を撮る
- 楠山忠之 著
- 風塵社1800円
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戦前戦中、殺人光線や生物化学兵器を研究し、謀略戦のための偽札を作っていた秘密組織、陸軍登戸研究所。生活のため、自分の技術や努力が「お国のため」になると信じて、他に選択肢がなかった等々の理由で関わった人たち。その証言を軸に撮られた映像が、2012年『キネマ旬報』文化映画部門第3位に輝いた。本書は、その監督による制作記録。
関係者の証言に聞き入る若い聞き手が「艦砲射撃って、なんですか?」と問う。恥ずかしいのは、知らないことではなく、知らないままでいることだ。恥をかくことで目覚め、知ろうと思い立ち、行動を開始する。学びとはそういうものだが、そもそも若者らが知らないのは、教えることを怠ってきた大人の責任である。
制作の意図、描けなかったこと、今後の課題。今の日本だからこそ、体験者の声に耳を傾けてほしい。戦争と平和、秘密主義と情報公開の現状。この国を沈ませぬために不可欠なメッセージだ。(た)