誰も知らないわたしたちのこと
シモーナ・スパラコ 著 泉典子 訳
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- 誰も知らないわたしたちのこと
- シモーナ・スパラコ 著 泉典子 訳
- 紀伊国屋書店1800円
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イタリアを舞台に、あるカップルにもたらされた出生前診断の結果と中絶の決断、その後を描いた小説。35歳のルーチェは不妊治療の末に子どもを授かるが、29週目の超音波検査で「重大な疾患」が発見され、胎児が生存困難であると告げられる。茫然自失する彼女に、医師やパートナーは中絶を勧め、中絶をする流れに(イタリアではできずイギリスで)。決断するまでの迷い、中絶後に襲われる後悔、喪失感、罪の意識など、ルーチェの心のひだの一枚一枚にいたるまでを描くが、著者の実体験が投影されているという。
読後の疑問は残る。「重大な疾患」とは何なのか。「生存困難」は「生存の質」を問うていないか-。しかし優生思想と断ずることは、新型出生前診断が登場してから日本でも確実に増えている胎児異常による中絶への議論を封じてしまうかもしれない。著者の動機もそこにある。闇に葬られ、一身に社会の矛盾を背負わされる女の経験はもっと知られてよい。(登)
しあわせのハードル タイでエイズ孤児たちと暮らして
名取美和 著
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- しあわせのハードル タイでエイズ孤児たちと暮らして
- 名取美和 著
- 御茶の水書房2200円
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渡欧・出産・離婚・仕事と人生の経験を積んだ著者。旅したタイ・チェンマイでHIV/AIDSの患者に出会い、手仕事を依頼したことから「バーンロムサイ」(ガジュマルの木の下の家、という意味)を1999年、チェンマイで開園。
バーンロムサイはHIVに母子感染した孤児たちのための施設。開園2年半で10人の子がAIDSを発症し死亡。輪廻転生を信じるタイの人々の死生観は切ないが、生きる知恵だろうか。その後、政府の支援で抗HIV薬を服用し、子どもたちは生存できるようになった。
子どもたちの生育や障害・病気を見つめながら、日記風に描写される日々。周囲からの差別を受ける子どもたちのために、就労の場としてゲストハウスやレストランを作り、手仕事の工房を立ち上げ(同名のウェブショップもある)、成人してからも心を配る著者たちスタッフ。
バーンロムサイに出会えた喜びを大切にしたい。子どもたちの絵や写真も温かみがある。(三)
- 難病カルテ 患者たちのいま
- 蒔田備憲 著
- 生活書院2200円
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難病と呼ばれるさまざまな病気を抱える人たちに取材し、その生き方や暮らしをまとめた書。
新聞記者である著者は病気そのものでなく、難病を持つ人たちの暮らしや、病気になったことで失う多くのもの、日々の困難に丁寧に目を向ける。そこからは、医療、福祉、行政が掘り起こせていないニーズが見えてくる。
一口に難病と言ってもさまざまだ。幼いころから病を抱えて生活してきた人もいれば、大人になってから発病し、病名がつくまでに何年もかかった人、仕事を失う恐れから病気を隠したり、外見からは病気と分からず、周囲に理解されずつらい経験をした人もいる。
数千種にも及ぶといわれる難病だが、国による医療費助成対象に指定されているものはわずか56疾患。高額な医療費の支払いや生活の困難に直面する人は大変多く、難病者への就労支援も十分ではない。
見えづらい、見なくていいとされてきた難病のことを、当事者の暮らしから知ることができる。(梅)