そこに僕らは居合わせた 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
グードルン・パウゼヴァング 著 高田ゆみ子 訳
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- そこに僕らは居合わせた 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
- グードルン・パウゼヴァング 著 高田ゆみ子 訳
- みすず書房2500円
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ナチス支配の時代に暮らした人々が全体主義に覆われていく様子を子どもの視点で振り返り、人間の本質を問う物語。
親しいユダヤ人家族がナチスに連行され姿を消してしまった事実、ユダヤ人の商店のガラスが割られた暴動、子ども時代に聞いたユダヤ人を貶める言葉の影響など、20のエピソードが深く胸に刺さる。とりわけ、祖母が決して語らなかった戦争中の親族の行状を祖母の姉から聞く孫娘の物語と、祖母の若き日のロールモデルについて綴った作品は印象的だ。後者には、人間を敵味方、勝者敗者で区別することの愚かしさが表れている。
著者は1928年、ドイツ領ボヘミアで生まれ、戦後は追放され旧西ドイツで暮らした。著者自身の体験と、見聞きした事実を、時代の証人として次世代に語りつぐために記したという。昨年、訳者が著者を訪問した際に聞いた「人生終盤は勇敢でなくちゃね」の言葉に、著者の思いが集約されているのかもしれない。(三)
アジア映画の森 新世紀の映画地図
石坂健治ほか 監修 夏目深雪ほか 編
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- アジア映画の森 新世紀の映画地図
- 石坂健治ほか 監修 夏目深雪ほか 編
- 作品社2800円
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アジア映画ファン待望の本である。アジア映画といっても、隣の韓国、中国から、西はイスラエル、トルコまで、国が違えば作品の雰囲気もガラリと変わり、共通の括りは難しい。それでも、アジアの映画は、政治や社会的背景が色濃く出ていて、弱い立場の人間が力強く生きる様を描いた作品が多いのが魅力といえるかもしれない。
検閲が厳しい(かった)国が多いのもアジア映画の特徴で、「アジア映画における検閲」の項を含め、各国映画の概論、監督論、クィア映画、映画祭などあらゆる分野が網羅されていて、資料的価値が高いガイドブックだ。「アジア映画に描かれる日本」ほか、日本との絡みについての項もおもしろい。
肩書を問わず、その分野に詳しい執筆者を集めた編集にも脱帽。執筆陣の深い分析はアジア映画通をも唸らせそう。書き手それぞれの映画への熱い思いが伝わってきて、これからアジア映画を見たいという人には好奇心をかきたててくれるかも。(り)
- 日本中世の母性と穢れ観
- 加藤美恵子 著
- 塙書房2400円
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かつて女性は男性よりも劣った存在であるばかりか、不浄であるとみられてきた。「母性」の機能を持つが故の差別は、どのように生まれ形を変えてきたのだろうか。
著者は中世の資料を駆使しながら月経、出産、授乳などの女性の生理が、穢(けが)れとして認識され拡大される状況を明らかにする。たとえば出産の物忌みが30日とされ、臍帯を切った夫もまた「穢れた」とされた。
子どもを産むことでやっと地域共同体内で認められる女性は、一方では出産などにより穢れた存在とされ、中世の比丘尼(尼僧)は血の池地獄や石女(うまづめ)などの恐怖を語り、女性たちはその恐怖から救われようと社寺に寄進した。またキリスト教の聖母子像は穢れから救われる道を示したように見えたためキリシタンが増えたという。
授乳さえ穢れの対象となったという記述には、女の生理に対する忌避の強さを感じる。
著者は女性の主体的な人権の確立を願いつつ、取り組んだ。(衣)