エレーヌ・ベールの日記
エレーヌ・ベール 著/飛幡祐規 訳
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- エレーヌ・ベールの日記
- エレーヌ・ベール 著/飛幡祐規 訳
- 出版社:岩波書店 価格:2,800円
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1942~44年、ナチス占領下のパリでつづられた日記。ユダヤ系フランス人でエリート階層のエレーヌはソルボンヌ大学で英文科の修士号を取得、鋭い芸術的感性と優れた文才を持っていた。日記は彼女が家族とともに一斉検挙に遭いアウシュビッツ収容所に送られる直前に料理人に託され、恋人ジャンに渡り、姪の手を経て2008年フランスで出版され、世界20カ国以上で反響を呼んだ。
初めの明るさとは一転、黄色い星をつけ外出するようになってからは差別の不条理や人々の無関心さ、孤独について書かれることが多い。しかし彼女は不安や疎外感の中でも、ナチスの迫害行為の奥にあるものを明敏な思考力で懸命に探り続ける。同時に彼女は恐怖の渦中にあっても様々な人との関わりや勉学、芸術への意欲を持ち続け、時に恋に揺れる日常を実に生き生きとつづる。だからこそこの日記には、今日の私たちに戦争や差別の問題がすぐそばにあることだと気づかせ、共感させる力がある。(梅)
北朝鮮で兄(オッパ)は死んだ
梁英姫 著/聴き手・佐高信
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- 北朝鮮で兄(オッパ)は死んだ
- 梁英姫 著/聴き手・佐高信
- 出版社:七つ森書館 価格:1,600円
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2年前の本紙1面インタビューにも登場した、映画『ディア・ピョンヤン』の監督・梁英姫さんは、6歳の時に3人の兄たちを帰還事業で北朝鮮へ見送っている。家族…特に朝鮮総連の幹部としての建前と親心のはざまで揺れる父親を撮ったこの映画で、あふれる人間味に泣き笑いした人は少なくないだろう。
その一人である私も本書のタイトルにまずショックを受けた。梁さんが大好きだった長兄「コノ兄(オッパ)」は、日本の家族に別れを告げることなく北朝鮮で亡くなってしまったのだ。
家族の生き別れという理不尽さは、いま北朝鮮と日本が置かれている異常な関係を物語る。同時に、たくさんの梁さんのような家族がいることと、その方たちの想像も及ばない苦悩を思わずにはいられない。
本書では著者が平壌に住む姪を撮った新作『ソナ、もうひとりの私』のこと、著者自身を取り巻く日本の社会についても触れられている。(室)
漱石を愛したフェミニスト駒尺喜美という人
田中喜美子 著
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- 漱石を愛したフェミニスト 駒尺喜美という人
- 田中喜美子 著
- 出版社:思想の科学社 価格:1,800円
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2006年まで30年間続いた投稿誌「わいふ」の発行者、田中喜美子さんが、夏目漱石を研究したフェミニストである駒尺喜美さんの生涯をまとめた。
駒尺さんが1978年に発表した『魔女の論理』に私は大きな衝撃を受けた。「結婚制度というものは、男が一人の女を従者にする合法的な手段」とあり、結婚に疑問を持つ大きなきっかけとなった。
駒尺さんは、戦後各地に起こった民間教育運動のひとつの京都人文学園に通い、人間の「自由と平等」を学んだ。クラスで掃除当番をどう分担するかを決める時「女はいつも家庭で掃除だから、ここでは男だけで掃除することが平等だ」と言って男子だけにやらせたとか。その後、大学で日本文学を研究する中で、自らの内心の希求と現実との葛藤に苦しみ追求し続けた夏目漱石に行きつき、『漱石―その自己本位と連帯と』を書いた。
敗戦を20歳で迎え、40代でウーマンリブを駆け抜けた大先輩の生涯、読み応えのある一冊。(丸)