フォトジャーナリスト



伊藤孝司の仕事



いとうたかし しごと





地球温暖化は人類最大の危機!

マーシャル諸島のミリ環礁。
地球温暖化による海面上昇で、海岸が侵食されてたくさんのヤシの木が倒れている。
温暖化による影響は急速かつ深刻な形で現れているが、世界での取り組みは絶望的状況だ。
だが、温暖化の進行を食い止めるための努力は最後まで続ける必要がある。
それは物質的豊かさのために地球環境を次々と悪化させてきた私たちの、未来への責任なのだ。

伊藤孝司が撮った地球温暖化





フォトジャーナリストとして長年にわたり、日本の「過去」と「現在」を


アジアの民衆の視点からとらえたいとの思いで取材してきました。

「過去」は、日本が行った植民地支配・戦争によって被害を受けたアジアの人々。


「現在」は日本がおこなっている日本国内やアジア諸国などでの大規模な環境破壊です。

写真と文章を雑誌に載せ、ビデオ映像をテレビ局の特集として放送するのが私の仕事です。

その一部をご紹介します。



最新映像WEB写真展「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)」 写真129枚
WEB写真展「環境破壊と日本」 写真106枚
WEB写真展「戦争と日本」 写真95枚
こだわり通信/お知らせ 
写真パネルを貸出しします

著作物です
リンク集です


最新情報

08年8月6日の「NEWS23」で在朝被爆者の特集

 私は1992年から、朝鮮民主主義人民共和国で暮らす広島・長崎での被爆者の取材を続けてきました。その一部を、TBS系列「NEWS23」2008年8月6日(水)午後10時54分からの番組の中で紹介します。今までにインタビューをした11人の在朝被爆者の中から、李桂先(リ・ケソン)さんに焦点を当てた内容となっています。
 韓国人や北米・南米の日系人などの在外被爆者も、日本国内の被爆者と同じ援護措置が受けられるようになりました。ところが、在朝被爆に対しては、日本政府は何もおこなっていません。
 李桂先さんは、米国による原爆投下後の広島へ母親と共に入って3歳で被爆をしました。1960年に一人で帰国し、平壌で暮らしています。かつて母親が「被爆者健康手帳」を取得した際の書類に、李さんの名前が記載されていることが確認され、来日すれば「手帳」取得ができることが明らかになりました。6月の平壌、7月の広島での取材を中心に、見捨てられた被爆者問題である在朝被爆者の現状についてお伝えします。

『週刊現代』08年7月26日号に「よど号グループ」への詳細なインタビュー記事
 講談社『週刊現代』2008年7月26日号(14日発売)に「北朝鮮 よど号犯が独占激白 『日本人拉致』と『帰国』」が5頁で掲載されます。これは私が、「よど号ハイジャック事件」の容疑者・若林盛亮さんへ6月27日に行なった単独インタビューの内容を詳しく紹介したものです。
 
日本からの訪朝団を平壌で取材するため6月21日からの入国許可を得ていたところ、13日に発表された日朝会談の合意事項で「よど号グループ」の帰国問題が大きく取り上げられました。そのため急遽、平壌の彼らの事務所と交渉を続けて実現させた取材です。

08年7月4日の「NEWS23」で「よど号グループ」単独インタビューなどを放送

 
2008年6月27日、朝鮮民主主義人民共和国の首都・平壌において、よど号ハイジャック事件の容疑者・若林盛亮さんへの単独インタビューをしました。その模様と、米国による「テロ支援国家」指定解除・核施設の冷却塔爆破という米国との関係改善に大きく踏み出したまさにその時の平壌市内のようすも合わせてテレビでご紹介します。TBS系列「NEWS23」7月4日(金)午後11時30分からの番組の中での放送です。

映画『靖国 YASUKUNI』を観て
 映画『靖国 TASYKUNI』を試写会で観た。中国人の監督やカメラマンが、10年間も靖国神社で撮影を続けたことに驚いた。東京都心のあの小さな空間は、日本の中で極めて特別な存在である。そこにはアジア諸国へ軍隊を送り続けて来た近代日本の歴史が凝縮している。私が初めて訪れた20数年前、この神社で祀られることを名誉と信じて膨大な数の青年が命を落としたことの重みに圧倒された。中国人としてその場所に立つことの思いは、日本人とはまったく異なるはずだ。
 中国人の立場から「靖国」に正面から向かい合ったことの意味は非常に大きい。しかしこれは、日本人がやらなければいけないテーマなのではと思う。それが出来なかったのは、日本のジャーナリズムがもはやその気力さえ失っているということではないか。
  映像制作をする一人としてこの作品を見た場合、この作品の柱である刀匠と靖国神社との関係の描き方が弱いと思う。それは刀匠に、どのような立場で向き合うのかが明確になっていないからだろう。刀匠は明らかに、中国人からインタビューされていることを強く意識している。そのことを生かす方法もあるだろうが、この場合は日本人を使って刀匠の心を開き、話を引き出した方が良かった。ただこのことは、この作品の価値をいささかも低めるものではない。


韓国・朝鮮部分をコーディネートした「グレートジャーニー」が放送
朝鮮民主主義人民共和国の開城(ケソン)市にある霊通寺(リョントンサ)を、朝鮮人青年と出発する関野吉晴さん。(撮影・伊藤孝司)
 「グレートジャーニー・スペシャル 日本人の来た道 ~ヒマラヤ・日本15000キロ~」が2008年3月21日(金)午後9時15分~11時37分に、フジテレビ系列にて全国放送されます。探検家で医師の関野吉晴さんは、チリからアフリカまで人類の足跡を逆ルートでたどる旅「グレートジャーニー」を10年近くかけて実現させました。そして次に「日本人の来た道」として三つのルートをたどる「新グレートジャーニー」始めました。今回はその2番目の「南方ルート」として、ヒマラヤ・ネパール・インド・ブータン・ラオス・ベトナム・中国・朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)・韓国(大韓民国)を経て、日本の対馬までを旅しました。
 番組の朝鮮・韓国部分は、私が撮影計画作成・現地との交渉・ロケでのコーディネーターをしました。日本と朝鮮・韓国との関係改善・友好に少しでも役立つことが出来ればとの思いからです。ご覧いただければ幸いです。
フジテレビ http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2008/08-061.html
関野吉晴  http://www.sekino.info/

世界』08年2月号に朝鮮文化財返還についての記事
 
岩波書店の月刊誌『世界』08年2月号(1月8日発売)に「韓国・北朝鮮からの文化財返還要求をどのように受け止めるのか」と題した文を10ページ掲載します。
 「北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ)」が、靖国神社から韓国を経由して06年3月に朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)へ返還されるまでの一部始終を取材した私は、それを契機に日本にある朝鮮からの文化財に関心を持ちました。韓国・朝鮮で関係者へインタビューを行ない、朝鮮文化財を所蔵している日本各地の博物館・美術館回りなど、時間をかけた取材をしました。
 日本からの文化財返還については、「日韓条約」で「解決済み」とされている韓国、国交正常化交渉の中でこれから話し合われることになっている朝鮮と、南北では状況が異なります。そうした両国への文化財返還の現状と、そのあり方についても考察してみました。また、独立行政法人「国立文化財機構」から独自に得た東京・京都・奈良・九州の国立博物館が所蔵する朝鮮半島北部・南部からの文化財数も記載しています。ご覧いただければ幸いです。

東京新聞』にフェロシルト不法投棄についての『赤い土』の書評
 「石原産業」によるフェロシルト不法投棄を執念で追いかけた新聞記者・杉本裕明氏の著書『赤い土』(風媒社)への書評を、2007年12月16日付「東京新聞(中日新聞)」に掲載します
 この本で知ったのですが、「石原産業」は水俣病を引き起こした「チッソ」とあまりにも似た企業です。戦前・戦中、資源を求めてアジアへの侵略を推し進めた日本政府の国策に積極的な加担をし、敗戦後には人と環境に対する極めて重大な企業犯罪を共に起こしています。国家の手厚い庇護の下に、アジア諸国でやりたい放題の金儲けをしたその体質が、反社会的行為を今も平気で行なう企業体質をつくり上げたのでしょう。


フライデー』に朝鮮民主主義人民共和国で体験した水害の記事と写真
 
2007年8月、滞在していた朝鮮民主主義人民共和国の各地で水害のようすを目撃し、自らもその影響を受けました。その写真と記事を、講談社『フライデー』07年9月14日号(8月31日発売)に「スクープルポ 北朝鮮 『私が見た大水害現場とアリラン公演』」を掲載します。多くの農地が失われ炭鉱が水没したため、深刻な食糧・エネルギー不足が再び起きるのは間違いないでしょう。

朝鮮外務省高官への単独インタビュー
 2007年6月、平壌市内において朝鮮外務省・車成日(チャ・ソンイル)日本担当研究員に日朝関係を中心として1時間20分間の単独インタビューを行ないました。その一部をご紹介します。6カ国協議の初期段階措置が大きく進展していますが、日本に対する厳しい見方を改めて表明し、初期段階措置の合意事項でもある日朝協議に極めて消極的な姿勢を示しました。
 最初に全体的な日朝関係についての認識が表明され、次に質問項目に対する回答が行なわれました。なお、分かりやすくするために一部順序を入れ替えています。翻訳に不正確な部分があるかもしれませんので、引用は固くお断りします。なお、これに関連した記事を『週刊金曜日』07年7月20日号の「金曜アンテナ」に書いています。

朝鮮外務省インタビュー

フライデー』に朝鮮民主主義人民共和国の「プエブロ号」返還についての記事と写真

 講談社『フライデー』07年6月1日号(5月18日発売)に、「北朝鮮 アメリカからの戦利品プエブロ号の全貌」をカラー頁で掲載します。建国時から米国と厳しく敵対してきた朝鮮民主主義人民共和国が、現在は米朝関係改善を真剣に望んでいることを紹介しています。

フライデー』で「カメラが現地で見た北朝鮮の素顔」を3回連載
 講談社『フライデー』07年3月30日号(2月16日発売)から、「カメラが現地で見た北朝鮮の素顔」をカラー頁で短期集中連載します。1992年から昨年までに朝鮮民主主義人民共和国で撮影した膨大な数の写真を、さまざまな切り口からまとめたものです。



フライデー』に朝鮮民主主義人民共和国の食糧事情の写真と記事
 講談社『フライデー』07年2月23日号(2月8日発売)に、「国民総動員で巨大ナマズを養殖せよ」と題した写真と記事を掲載しました。
 日本政府は「北朝鮮敵視政策」を一段と強化しています。一方の朝鮮民主主義人民共和国の政府は、日本だけでなく国際社会に対する頑なな姿勢を崩そうとしていません。こうした状況の中で、朝鮮民主主義人民共和国を何度も訪れてさまざまな取材をしてきたジャーナリストとして、冷静かつ客観的に実情を伝えたいと考えています。


「銀のスッカラ」が完成
 
ドキュメンタリー映画「銀のスッカラ」が完成しました。「スッカラ」とは朝鮮民族が使う伝統的デザインの匙のことです。この作品は、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)で暮らす植民地支配被害者を紹介するシリーズの第2作目です。
 近年、大韓民国の植民地被害者を取り上げたドキュメンタリー映画が次々と発表されています。ですが朝鮮で暮らす被害者たちの体験はごくわずかしか明らかになっておらず、映画もありません。そのため、日本軍性奴隷被害者を取り上げた前作の「アリラン峠を越えて」に続き、朝鮮内の軍需工場へ少年として強制連行された被害者を主人公に「銀のスッカラ」を制作しました。撮影は平壌(ピョンヤン)の被害者宅、軍需工場のあった興南(フンナム)とその隣の咸興(ハムフン)で敢行。撮影した約40時間のテープから45分の作品をつくりました。
 朝鮮による核実験の実施以降、朝鮮と米国・日本などとの関係は過去最悪になり、一触即発の危険な状態にあります。ですが国家関係はそうであっても、朝鮮で暮らす2200万のことを私たちは考えるべきです。植民地支配で被害を受けた人たちは、高齢化し次々と亡くなっています。日本政府は、朝鮮への過去の清算が済んでいないことを認めているものの、被害者たちへの謝罪と補償は行っていません。
 日朝国交正常化がいつになるのかまったく見当もつきませんが、過去の清算を求め続けている朝鮮の被害者たちの存在を忘れてはいけないでしょう。また、日本政府が過去の清算に積極的な取り組みをするよう政策転換すれば、日朝関係は大きく改善されるはずです。そのためにも、こうした状況だからこそ、より多くの方に「銀のスッカラ」をご覧いただきたいと希望しています。
販売価格
   [個人] 5000円   [図書館・学校(上映権付)] 15000円


名古屋テレビ「砕かれた遺骨」が放送

 私が企画し、撮影の一部も行った番組が名古屋テレビから放送されます。2006年11月22日深夜1時45分~2時39分放送のメーテレドキュメント「砕かれた遺骨~ 朝鮮半島出身者の遺骨問題を追って ~」です。
 テレビ朝日系列で9月9日に放送されたテレメンタリー「消された遺骨」と同じく、名古屋市・東山霊安殿の韓国・朝鮮人遺骨に関する内容で、今回は1時間枠ですが愛知・岐阜・三重だけでの放送です。詳しい内容は番組ホームページメーテレドキュメントをご覧ください。


「東山霊安殿」の韓国・朝鮮人遺骨問題を放送
 私が企画し、映像の一部を私が撮影した番組「テレメンタリー2006 消された遺骨~朝鮮半島出身者の遺骨問題を追って~」が2006年9月9日以降にテレビ朝日系列局で順次、放送されます。テレビ朝日では11日深夜26時40分(12日午前2時40分)からです。番組内容の紹介と各局での放送日・放送時間はテレビ朝日「テレメンタリー」のホームペご覧ください。
 名古屋市内で死亡して引き取り手がなかった在日韓国・朝鮮人の遺骨は「東山霊安殿」に安置されてきました。ところが、それを管理する名古屋市の外郭団体「名古屋市社会福祉協議会」は、韓国・朝鮮人については改めて遺族探しをすることもなく77人分の遺骨を粉砕処理してしまいました。それを知った大韓民国民団が韓国政府へ遺族探しを依頼したところ、9遺族が直ちに判明しました。ですがそのうち、6人分の遺骨は粉砕されてしまっているのです。
 私は名古屋テレビの取材チームと共に、2度に渡って韓国で9人の遺族たちと会いました。遺骨が粉砕されてしまった遺族の嘆き悲しみは、私の胸を強く締めつけました。今回の番組は、父親の遺骨が残っていて早期返還を強く希望した大邱(テグ)市在住の権五建(コン・オゴン)さんに焦点を当てて制作されています。


月刊『現代』06年9月号に「北関大捷碑」返還取材の記事

 講談社の月刊『現代』9月号(8月1日発売)に「解決されていた『もう一つの靖国英霊問題』『秀吉撃退の碑=北関大捷碑』はいかにして北朝鮮に返還されたか」と題した8ページの記事を書きました。
 「北関大捷碑」は、1592年の豊臣秀吉による朝鮮侵略の際に加藤清正軍を地元の義兵が破ったことを記念して建立されました。その場所は、現在の朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の金策(キムチェク)市。1905年にその碑を見つけた日本軍が持ち帰り、靖国神社の境内に置かれてきたのです。
 20年ほど前、「北関大捷碑」を靖国神社へ見に行ったことのある私は、碑返還の動きがあることを知ってすぐに取材を開始。碑は2005年10月12日に韓国政府へ引き渡され、11月17日にソウルでの盛大な歓迎式典が行われました。そして2006年3月1日に朝鮮の開城(ケソン)で行われた南から北への引渡し式典を、唯一の日本人ジャーナリストとして取材することができたのです。

06年4月2日の「報道特集」で「北関大捷碑返還」取材を放送

TBS系列「報道特集」の06年4月2日の放送で、日本から大韓民国を経由して朝鮮民主主義人民共和国へ返還された北関大捷碑の取材を放送します。
1592年の豊臣秀吉による朝鮮侵略の際、加藤清正軍を義兵が破ったことを記念して北関大捷碑が建立されました。その場所は、現在の朝鮮民主主義人民共和国の金策(キムチェク)市。1905年、その碑を見つけた日本軍が日本へ持ち帰り、靖国神社の境内に展示されてきました。日本の一人の仏教者が、大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国の仏教者と連携し、3カ国の政府を動かして碑の返還を実現させました。
番組では碑の移動を追いかけるだけでなく、碑の返還を実現させた民間人たちの思い、3カ国の思惑も紹介します。また、朝鮮民主主義人民共和国へ碑を積んだトラックが軍事境界線を越えてやってくるようすを、開城(ケソン)工業団地の中で唯一撮影することが出来ました。放送は午後5時30分~6時30分の番組内です。報道特集予告編



月刊『現代』06年4月号に「朝鮮人遺骨問題」取材の記事
 講談社の月刊『現代』4月号(3月1日発売)に、「日韓・日朝関係打開の『切り札』 『朝鮮人遺骨問題』をなぜ放置するのか」と題した9ページの記事を書きました。
 かつて日本が行った朝鮮人強制連行・労働の結果、多くの朝鮮人青年が死亡しました。日本各地のお寺などには、そうした人たちの遺骨がいまだに放置されています。2004年12月の日韓首脳会談によって、日本政府は朝鮮人遺骨の調査・返還にようやく動き始めましたが、朝鮮半島北側出身者の遺骨については何の取り組みもしていません。朝鮮民主主義人民共和国で暮す遺族たちは、遺骨の日本での所在が判明していても受け取る事が出来ずにいます。
 朝鮮民主主義人民共和国2回・大韓民国1回の海外取材、日本国内での長期取材によって、遺族たちの思いや朝鮮半島北側出身者の遺骨への日本政府の対応の問題点をまとめました。


05年9月11日の「報道特集」で「興南肥料工場」取材などを放送

 TBS系列「報道特集」の05年9月11日の放送で、朝鮮民主主義人民共和国で取材した「日本窒素肥料興南工場」の今と、平壌市民の最新娯楽事情を放送します。
 解放後60年間、一度も日本人に公開されたことがなかった植民地時代に建設された肥料工場施設を、咸鏡南道(ハムギョンナムド)興南(フンナム)市において撮影することができました。平壌では、パチンコ・ボーリング・プリクラを楽しむ市民のようすを紹介します。放送は午後5時30分~6時30分の番組内です。報道特集予告編



月刊『現代』05年10月号に「興南肥料工場」取材の記事
 講談社の月刊『現代』10月号(9月1日発売)に、「朝鮮人労働者 知られざる『強制連行』を追う」と題した9ページの記事を書きました
 平壌(ピョンヤン)市で暮す尹昌宇(ユン・チャンウ)さんは14歳の時、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の「日本窒素肥料興南工場」へ強制連行されました。ここは、植民地支配下の朝鮮で最大の工場でした。「日本窒素肥料」は、水俣病を引き起こした現在の「チッソ」です。植民地支配下の朝鮮においては、過酷で劣悪な労働環境の中で朝鮮人労働者を働かせました。尹さんは、全身に硫酸を浴びて大火傷を負ったのです。尹さんと共に私は、平壌から遠く離れたその工場を訪ね、3日間にわたり取材しました。



「地球を殺すな! 環境破壊大国・日本」を刊行
 この数年、ロシア・台湾・フィリピン・インドネシア・オーストラリア・マーシャル諸島・ツバルなどを駆け回り、日本が大きく関わる環境破壊を取材して多くの雑誌とテレビで発表しました。それに最新情報を加筆したものを単行本にまとめ、風媒社から刊行しました。カラー写真が満載です。書店にない場合は風媒社(052-331-0008)へご注文ください。定価(本体2400円+税)。

楽天ブックスの「地球を殺すな!」

ロシア極東のシベリアに果てしなく広がるタイガ。そこで暮らすウデゲなど先住民族の生活が脅かされています。無秩序な伐採の横行によって、タイガが危機にひんしているのです。その木材の多くを輸入しているのは、日本や中国などです。

台湾で「第4原発」の建設が進んでいます。住民たちだけでなく、建設現場内に祖先の遺跡が数多く残る先住民族・ケタガランの人たちも強く反対してきました。この原発は、日本による初の原発輸出として建設されているのです。

フィリピンでは、アジアでも最大級のサンロケダムの建設が先住民族・イバロイの暮らす土地において建設されました。建設資金は、日本の私たちが出した郵便貯金や国民年金といった財政投融資なのです。

インドネシアでは、日本のODAによって最悪のダムが建設されました。被害を受けた8000人以上もの住民が、融資した日本の責任を問うために裁判を起こしました。またインドネシアからは、違法伐採も含む再生不可能な伐採による木材で作った格安のコピー用紙が日本へ大量に入って来ています。

オーストラリア北部のカカドゥ国立公園は、ユネスコの「世界自然・文化遺産」に登録されています。その中で、土地所有者のアボリジニーたちが反対しているにもかかわらず、日本の原子力発電所で使うウランを採掘するための鉱山が操業しています。

ツバルやマーシャル諸島などのサンゴ礁でできた海抜が低い島々は、地球温暖化による海面上昇で被害を受け始めています。日本や米国などの先進国が排出する二酸化炭素などによって、小さな島国が海に沈もうとしています。

<目次より>
第1章 ODAで建設された最悪のダム◎インドネシア
第2章 郵貯・年金で建設された巨大ダム◎フィリピン
第3章 原発輸出という第2の侵略◎台湾
第4章 世界遺産を破壊するウラン鉱山◎オーストラリア
第5章 大量消費される熱帯林◎インドネシア
第6章 伐りつくされるシベリア大森林◎ロシア
第7章 地球温暖化で沈む国々◎ツバル・マーシャル諸島


書 評 「JATAN(熱帯林行動ネットワーク)NEWS」2006.12.20号
~◇~本の紹介~◇~
『地球を殺すな! 環境破壊大国・日本』  伊藤孝司著  風媒社/2400円 発行:200411
 地球環境に関心のある人なら、思わず手に取ってしまうようなショッキングなタイトル。しかしその内容は決してゴシップ的・感情的ではなく、あくまでも地道な取材と調査に基づいて書かれています。遠い国の出来事だと思っていたら、実は私たち日本人の生活と密接に関係していたという「現実」を知るための第一歩となる本です。
  森林破壊に関係するのは第3部の「熱帯やシベリアの森林を消す日本」。その他、特にインドネシアの森林破壊について書かれた第5章を読むと、日本の大量消費がいかによその国の人々の生活に悪影響を与えているかを、具体的、包括的に知ることが出来ます。他にも、地球温暖化や、日本のODAの実態から、郵貯・年金が実は海外の自然を壊す手伝いをしていたことなど、普段はなかなか気がつかない世界の環境破壊と日本との関連性に触れています。
 2004年の秋に発行された本ですが、紹介されている事例は決して過去のことではありません。語り口は読みやすく、カラー写真もふんだんに使われているので、環境問題をこれから学びたいという人にはうってつけの-冊です。



「銀のスッカラ」「アリラン峠を越えて」を販売中

「アリラン峠を越えて」制作上映委員会 
 (「銀のスッカラ」予告編を上記の委員会HPで見ることができます。なおVIDEO ACT!では予告編を高画質で上映中)

ビデオ作品「銀のスッカラ」
<ストーリー>
 新聞社を退職してからは、子や孫たちに囲まれて穏やかに暮す尹昌宇(ユン・チャンウ)さん。その尹さんは、まだ14歳だった1942年に、興南(フンナム)の巨大な肥料工場へ連行された。亜硫酸ガスに満ちた工場で過酷な労働を強いられ、全身に大火傷を負う。その恨みに満ちた工場を訪ねるため、尹さんは平壌市内のアパートを出発した。63年前と同じように、母の愛がこもった「銀のスッカラ」を持って――。


ビデオ作品「アリラン峠を越えて」
<ストーリー>
 日本の侵略で被害を受けた人々を、伊藤孝司は長年にわたってアジア諸国で取材してきた。日本軍による性奴隷(いわいる「従軍慰安婦」)にされた被害者で、朝鮮民主主義人民共和国で暮す郭金女(クァ・クニョ)さんとは平壌(ピョンヤン)市などで何度も会っている。郭さんの被害の実態と共に日常生活を知りたいと思った伊藤は、郭さんの自宅がある端川(タンチョン)市へと列車で向かった。だが、郭さんは急病によって自宅にはいなかった。家族や近所の人たちなどの話から、被害者としての苦悩を抱えながらも明るく懸命に生きてきた朝鮮女性の姿を見た。郭さんにどうしても会いたくなった伊藤は、車でいくつもの峠を越えて咸興(ハムン)市の病院へと向かう。

 朝鮮民主主義人民共和国において、2003年4~5月に撮影したドキュメンタリービデオ作品「アリラン峠を越えて」が完成し、各地で上映会を開催しています。また、個人5000円・上映権付き15000円で販売しています。英語版・朝鮮語版もあります。PAL方式・SECAM方式でのご注文もお引き受けします。

予告編(3分)>
   日本語   768K ADSL/CATV/光ケーブル  56K 電話回線/ISDN



日本の政府・企業が日本国内・海外でおこなっている環境破壊・人権侵害や
重要であるのにマスメディアが取材しようとしない問題をお知らせください
  itoh-takashi@nifty.com

Eメールでの嫌がらせ・脅迫に対しては、民事・刑事での法的措置を行います


このホームページはお年寄りや目に障害のある方のために、大きな文字で作成しています

 
 
2008年8月6日更新

 このホームページに掲載している映像と文章は伊藤孝司に著作権があり、日本の「著作権法」と
国際的な著作権条約で保護されています。無断使用・転載はできません。