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禁断の極秘文書・日本放送労働組合 放送系列
『原点からの告発 〜番組制作白書'66〜』-6 |
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メルマガ Vol.6 (2008.02.14)
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(第1章 空洞化すすむ「国民のための放送」−3 規制と考査) C おびえるだけの考査体制 ――『生活の知恵』で三木鶏郎の『冗談音楽』の一部を利用しようとし たところ、考査室からマッタがかかった。しかし、担当者が、かつ てNHKが一度放送した番組で、かつて考査室がOKした番組であ ったことを理由に説得した。(教5)―― ――『十代とともに』で、中学生たちに行ったアンケート結果の中で、 「嫌いな人」という項があり政治家をあげたものが多かった。その 台本を見た考査室が、おだやかでないとチェック、削除。(教5) ―― ――このような〔前記、“HANDLE WITH CARE”の例〕ただおびえるだけ の、不見識な態度の考査が、製作現場をおびやかしていることをも っと問題にすべきである。…… 番組の評価自体も、考査室の評価に拘束される傾向が強くなって いる 考査室の権限の範囲はどこまであるのか、分析の必要ありと考え られる。一定のバックボーンの裏付けのある考査でもなく、現場的 感覚にもとづくアドバイスでもなく、NHK的事なかれ主義にもと づく番組考査が強化されてくるとすれば、番組は停滞と衰弱化の道 をたどるのみであろう。問題性もエネルギーも情熱も感じられない 無味乾燥な番組が並ぶことになろう。(教5)―― ――このように〔前出、あるいは後出の例参照〕NHKの社会報道番組、 ことにフィルム番組の場合は政治上、風俗上の問題でしばしばチェ ックをうけている。我々の仕事上の制約をみると、職制一人一人の きわめて主観的な判断からの発言で番組が左右されている。しかも、 その判断が、職制一人一人によってそれぞれ違い、おたがいに矛盾 することもしばしばである。何か問題を起されたら困る、という職 制個人の保身主義がこうした非常識なチェックを行い、番組の効果 を半減し、国民のための放送をむずかしくしているのではなかろう か。番組の試写が終った時、「これなら問題ないな」という発言が 真っ先に聞かれるという雰囲気からは人々を強烈に感動させる番組 は生まれない。……どこからも文句のこない社会番組はあり得ない といっても言いすぎではなかろう。(報7)―― ――問題の一つに、考査室の越権行為とも思えるチェックの激しさがあ る。タレントを変更させ、あるいは●政治家(傍点)●という言葉 に過敏な反応を示す。問題を部の内部、班の内部にまでおろして、 番組内容の変更を強いてくる。 かつてチェック機関として、●参考意見(傍点)●を番組担当に きかせてくれた考査室は、いったい、いつからこのような強腰の考 査室に変ってしまったのだろうか。…… ここでもう一つの問題として、担当管理職の弱腰ということがあ げられる。 さらに、考査室のチェックを予想して、担当管理職が、はげしい 自己規制を行うこともあるのではないか。それは、番組担当者個人 に対しての話合いという形で始められ、決して、止めろ、とはいわ ない巧妙な圧力で、番組担当者自身の自己規制という形であらわれ る。念のため、担当者が、考査室に問い合わせ、差しつかえなしと いう返事を得て、それでもなお、削除するというコッケイな悲劇を まねくことすらある。(●原稿破損・不明●4)―― このほか、スクリプト、特にフィルム番組のコメントが、具体的な理由 をあげずに、独断的である、調子が悪い、といったチェックを受けるのは、 ごく普通の事実である(「日本の伝統」「現代の映像」「ある人生」… …)が、加えて、あのシーンが長い、少し音楽がやかましすぎた、などと 主観的で、考査専門家としての基準なり見解を明示しないでの評価を、さ も意味ありげに現場に下してくることによって、現場の殊に、管理職への 心理的影響力を形成していることは見逃しがたい。 さらに最近では、放送終了後に、考査室が内容を問題視して、製作現場 の管理職に通告した上、局長試写にもち込み、担当副部長や部長の監督・ 指導の不行届きを叱るといった形で、製作現場に精神的圧力をかけるケー スが、しばしば発生している。 テレビ「教養特集―職業と倫理」も、放送終了後、「職業人代表の出演 者が労組関係者に偏りすぎていた」「職業と倫理の問題からはずれて、政 治的問題にふれすぎている」などの点で、考査室から問題にされたケース であるが、これと類似のケースとして…… ――「テレビ教養特集―近代日本の歩み―普選への道」でも、放送終了 後、考査室からの注意があって、局長をまじえた試写まで行われた。 問題は、番組の後半、都立大教授の塩田正兵衛氏らの座談会で往 時の小選挙区制と治安維持法の関係について触れ、「歴史の教える ところでは、危機に際して、多数党が少数党を圧迫しようとする時、 小選挙区制が利用され易い。また、普通選挙制を与える代りに治安 維持法をセットにして同一国会を通したのだが、選挙法改正と治安 立法の問題が起きてきている最近の情勢には往時に類似の点がいく つかみられるのではないか、といった意味の発言があったことを、 不穏当としたものである。(教5)―― D 見識を見失った職制群 このように、担当者にまでは、直接圧力が及ばないまでも、考査室から 問題が起された時の、職制への精神的圧力は、今や大変なものであるらし く、前出の各報告でも指摘されている通り、現場的見識のある職制の判断 や態度を示すことはほとんど見られず、大体において考査室見解を自らの ものとしてしまって終る、というのは上に指摘されたとおりである。 このように現場職制の間では、自己規制は、PDたちのそれ以上にはげ しいものがある。いくつかの例をひこう。 ――朝の婦人教養番組で「今のマンガ、昔のマンガ」の提案をした班は、 考査室とも打合わせて、万全の体制をととのえたが、最終的には、 オバQと某製薬会社の関係があるからという職制判断で没になった。 (教5)―― ――去年の芸術祭に参加する予定で大阪局が制作した、韓国に住む日本 人女性を題材にした番組は、そのなかに、韓国の学生暴動のシーン があり、他国民の感情を害するからという理由で放送が中止され、 後日大幅に手直しの上通常の「現代の映像」の時間に放送された。 (報7)―― ――落盤事故を起こした九州山野鉱の犠牲者の家族を扱った時、夫を失 ったある女性が、妊娠中絶をするシーンを番組の中に入れた。担当 者はNHKの番組コードを考えて、手術室の中は、外科医の顔のア ップ、手術具を持つ医師の手もとなどを、2、3カット入れただけ だったが、ある次長の「みだらな気持を起こさせる」という発言を まねいた。 この時は、部長以下は一致して、構成上、演出上の必然性を強調 し反論したが、結局業務命令でということでカットされた。(報 7)―― 以上の例で、誰の目にも明白なのは、全体をおおう、価値基準の曖昧さ の問題であるが、さらに大きいのは問題性回避の姿勢である。一見、もっ ともらしい理由が示されているのもあるが、とにかく問題になりそうなも のはさけよう、事の当否はともかく、問題になったらいかん、という発想 であり、その「問題になる」というのも、実は、外部で問題になるのと同 じ程度に、あるいはそれ以上に、協会内で問題になるのをおそれるという 形で出ていることに、二重の憤りを覚えないわけにはいかない。 次に、教育第5分会からの報告によると、サルトル・ボーボアール関係 にも、厳しい自己規制が職制間にみられたとしている。 ――サルトル・ボーボアールは、前後3回の日本講演で、知識人の擁護 や、アメリカのベトナム戦争批難など、彼ら本来の思想的立場を示 した。 その講演はR・FMで放送されたが、職制は、テープを視聴して 扱いを協議し、「サルトルの言い分だけを放送にのせたということ にならぬように」との意向で、同じ時間帯で、「サルトルの知識人 論争をめぐって」の日本人のみの座談会を、数日後、急遽放送する ことにし、サルトルの意見も一面的なところ多し、という批判をう ち出すことにした。 また、サルトルのテレビ座談会についても「政治論や知識人論は もう十分だ」ということで、題名を「東洋と日本」とし、それに合 った内容にしてもらうための様々な工作が行われた。 対談の相手に、小林秀雄、大仏次郎、中村元、誰か偉いお坊さん、 などの名をあげて、サルトル側の打診をはかったりしたのも、その 一例であるが、これは、担当者の反対もあって実現にはいたらなか った。……ボーボアールの対談者としては、担当者の佐多稲子、松 岡洋子などの提案は斥けられ、職制の直接出演交渉で別の人に決ま った。(教5)―― この規制の章に芸能局の例のとぼしいことをいぶかる人も多いであろう。 しかし、多少の臆断をもって言えば、芸能局で、話題になりうる規制の例 は、「風雪」をもって終りをつげたのだといっても過言ではない。 大型・スターバリュー優先のレギュラー番組路線という編成方針の中で、 今や芸能局では、NHK的にさえ問題になるような規制はもはや起こりえ なくなっているのだ。 芸能局のPDたちは例えば“楡家の人びと”“氷点”などを提案するこ とは及びもよらないという。“楡家の人びと”は精神病院を舞台にしてい るため、当然、精神病者が出てくるからであり、“氷点”は、姦通もので あるからということだったからなのだ。 これなど、徹底した自己規制とも、とられようが、絶対通らない提案な ど出してみる気もしない、というのが、本当の気持だというのである。 この極端にまでたち至ったNHKの消極性=番組重視が、ついには「上 からの、外からの線なんだからまあ仕方ない。目をつぶってくれ」という 形で、●おしつけ(傍点)●が横行することにもなるのである。 ――逆に「……をヤレ」とおしつけられる場合もある。例えば、郵政大 臣が決まった時は、番組への一種の割り当てがあって、新政策PR の役割を担わされた。また、国債発行の時や日韓交渉などの時は、 政府の政策を批判することは許されず、逆にそれをPRし、推進す るような番組を組まされた。 このような、チェックは、単に素材の押しつけや拒否だけにとど まらず、しばしば演出の内容にまで立ち入ることがある。 一例をあげると、予算が決まった時、ある班では、各地を中継で 結び、各地、各層の人に新しい予算について意見をきこうという街 録を企てた。ところが、この企画は簡単に一蹴され、官僚を出演さ せて、予算を解説させろということに決まった。この他、他の番組 のシリヌグイをさせられたり、協会幹部が、売り込まれたネタを入 れさせられた例もしばしばある。このようなことから、班員の間に は、「102はNHKを存続させるための政策番組であり、言論機 関としての機能を果たしていない」とか、「102は官報である」 という声も上っている。(報7)―― 我々が、この類いの問題をここでとり上げるのは、あれほど口うるさい 考査室も、この種の番組や、この種の傾向については一度も何かを言って くれたことがないからである。放送の私物視なり、番組の官報かなりの傾 向は誰の目にも明らかな現象であるのにも拘わらず。そうしたことへの発 言を考査室からは聞いたことがない。 我々は、考査室の●不当介入(傍点)●と●不当不介入(傍点)●が共 通の体質に根ざすものとして、これを言わねばならないと考える。 この問題の一例としては、既に、第1章でも「某大使出演問題」をあげ ておいた。もう少し、例をひこう。 報道第2分会からの報告では、ブラジルのウジミナス製鉄所は、計画の ズサンさから、今や大きな難関にたち至っているのだが、その製鉄所のさ る常務(日本人)が、先般、資金調達を公的な筋へ働きかけるために帰日 した際、その常務と協会某首脳とが友人である所為か、上からの命令の形 で、『時の動き』で『南米経済開発と日本』というタイトルで番組に出演 させることをおしつけられ、現実を美化しての一方的な内容の放送となっ た、としている。 また、ラジオ『若いこだま』は、若い人たちを招いてのディスク・ジョ ッキー・スタイルの番組であるが、これも某首脳が後援している国際経済 商学会を紹介するための座談会を組まされたことがあるという。 ――テレビ『歌のグランドショー』では自衛隊後援会に関係している歌 手、三波春夫から曲目についての売りこみがあった。この曲という のが、自衛隊のPRに使われている自衛隊賛歌とでもいうべき若桜 音頭という歌であった。芸能分会連合が抗議したが、担当職制は、 歌詞の一部分については適当ではないので削除するといいながらも、 人気歌手は大切にしなければならないという理由で放送してしまっ た。(芸2)―― また、各部記者たちからも、地方局時代の体験として、ロータリー・ク ラブの会などに、取材だけにでも行ってくれと頼まれて、ニュースに出せ ないのを知りながら、カメラをまわしたことがあるという事例や、ローカ ル・ニュースでは、国会逓信委員のお国入りの際に、無理をして顔写真を 入れたり、インタビュー取材に行かせられたりした事例がいくつも報告さ れている。 ここでも我々は次の要求が正当であることを確認しよう。考査の在り方 の再検討と、その権限の明確化である。そして、そのために、全ての考査 行為は、その唯一の準拠である番組基準の該当項目と考査理由の開示をす べきである。さらには、制作者、製作現場と意見が一致しない場合は、そ の最終処理までの全過程が、組織(つまりは現場)の前に公開されるべき であると主張する。この要求が、国民のための唯一可能な民主的保障であ ることは、前に述べた提案採否理由開示原則と同様に、多言をまたないと 思う。 |