禁断の極秘文書・日本放送労働組合 放送系列
『原点からの告発 ~番組制作白書'66~』2

メルマガ Vol.2 (2008.01.31)

第1章 空洞化すすむ「国民のための放送」

○ プロローグ 三つの断章

―― 「決められた時間と予算と人員なのだから、それに見合った番組を作ればいいのではないか」、「アナさえあけなければいいのではないかという、うしろ向きの考え方、いわば悪魔のささやきが、担当者の頭をかすめるのである。」現実にどのくらいかは測定し得ないけれども、番組の質の低下は、明らかに認められる(報7)――

―― 「現在のNHKの放送に満足しているか?」―「満足…0、ほぼ満足…22、満足できない…57、無解答…3」「将来NHKがあなたの能力を生かすようになるか?」―「楽観的…3、どちらでもない…26、悲観的… 50、無解答…3。」(芸2のアンケートから。回答数82=回収率85%以上)――

―― 自分の信条をもりこんだ企画は採択されない。番組の中でその努力をすれば、チェックがいかにも多すぎる。従って与えられたワクの中でできるだけの努力をするのみ―サラリーマン的制作態度しかもち得ない(教4のアンケートの中の一つの声)――

 以上、制作現場のレポートの中から、いわばアトランダムに捨いあげた三つの断章である。この三つの断章は、しかし決して断片ではない。この断章の前後には、長い長い憤りの訴えが続いている。その背後には、重い重い声にならないうめきが隠されている。

 制作現場の沈滞がいわれ、PDたちの衰弱が云々され出して久しい。我々もそれを否定し得ない。いや、我々自身がそれを痛切に感じている。だが、この事態に立ち至らしめた原因は何か。それは、労働条件=制作条件の切下げと、番組空洞化の意図された押しつけ以外の何ものでもない。

 今、我々はこの現実に対する制作の現場からの告発を行うべき、ぎりぎりの時点に来ていることを知っている。30数篇におよぶ白書の全てからその要求が湧き上っている。総務部の人からも、カメラマンからも、デザイナーからも、資料マンからも、その声が立ちのぼっている。

1 提案・企画の採否

 ここでもまず、現場の声を聞こう。具体的な現実の例を語ってもらおう。

―― 「お婿さん三代」の場合、不思議なことがあった。それは芸能局長の意図するものが全くディレクターまで伝わってこないということである。わずかに「若い河」の公開版を作れということらしい、と漠然と推測できただけである。従ってディレクターとしては、その線にそって演出プランを練り、自分の考える公開番組の理想像に近づけるため精一杯の努力をした。さて、オーディションの日、局長は都合悪く欠席した。ところが出席している職制のだれ1人としてはっきりした意見を言わないのである。つまり局長と意見が喰いちがっては困ると思っているのだ。なぜ企画部そのもの、担当CPそのものが強い意見を持ってそれを上へつき上げようとはしないのだろうか。それは今に始まったことではない。それは首脳部の意思をはっきりつかんでいないということの裏返しであり、これでは意思疎通がスムーズに行われるわけがない。

 首脳部との意見の統一をはかることに専心してもらわないと、実際に制作に当たるディレクターはじめスタッフ一同は困惑するばかりである。古い話になるが、「弾丸列車」の試作品を作った時にも、このような意思の伝達の障害があり、企画段階で上からの意思が伝わってこずに、作品が完成した段階でこれは企画意図と違うと言われた。現在でもそのような事例があるのは全く不思議である。それは「太陽の丘」のスタートの時にも見られる。(芸3)――

 もう一つは「白書討議の断片から」と題された、(教育第4分会)のレポートからの転載である。

――C・6月に試作提案が募られたでしょう。あの結果はどうなってるの。

D・あの時はね、こども番組が重点試作に指定されたということでみんなが張切って提案したために、合計30いくつかの提案が集まったんだけれども、結局最終的には一つも採用されなかったわけだ。

E・それはいい提案がなかったということ?

A・それは一概にはいえないんじゃないの。

C・というと?

A・あの時の部の提案会議にぼくも出たんだけども、良い悪いを話し合うというより、提案者の趣旨説明会みたいなもので、ああそう、じゃ次ってなふうに次々提案を説明させられて、1、2の質問に答えるだけなんだ。

C・それは、これはいただき、これはダメというと、落ちた提案者ががっかりするので、本人をがっかりさせないための暖かい上司の愛情なんじゃないの?(笑い)

D・まあ提案の数が多かったのも一つの理由だろうけれども、管理職の自信喪失みたいなものもあるんじゃないのかね。つまり今まで、これは中々おもしろいなどとみんなの前でほめたものが、編成あたりでは全然お呼びでないなんてことが多かったもんだから、この際は論評を避けてあずかりおくといって、全権委任ということにしたんじゃないのかな。

A・あの時の部長の発言によると、この提案の採否については我々に任せてほしい。我々が情勢に応じてこの中から1番バッター、2番バッターというふうに次々に出していく所存である、ということだった。

C・そうすると、集まった提案全部が採択の可能性があるということだね。

F・そういうことになるね。だけど8月になってまた新しく試作提案を募ったのはどういうわけ?

G・そういえばこの前、副部長があの提案を検討した結果、その中にはどうも可能性のあるものがない、だからまた提案してほしいと言っていたような気がする。

B・それはおかしいんじゃない。だって前の提案会議の時には1番バッター、2番バッターの候補があったから、我々に任せてほしいと言ったわけだろう。

C・じゃあ、情勢判断をした結果、この提案の中には今の情勢に合った提案がない。というわけなんじゃないの。(笑い)

E・ところで、1番バッターとして部長会までは通ったものがあったんだろう?

D・うん、Hさんの「宇宙から来た観光団」だ。これはバラエティで、宇宙から来た観光団が自分たちの見た地球のいろいろな事象を映像化しようというものだった。

C・宇宙人がみると地球上の出来事も何か変ったものに見えるものなのかね。

D・Hさんはいろいろトリックを使って、今まで我々が見慣れていたものを、珍奇な眼鏡でみたように映像化したかったらしいんだ。でも具体的にはまだ余りプランが固まっていなくて、本人もこれが1番バッターになるとは予想しなかったらしい。

G・そういえば本人も、アテウマだったんだ。困った、困ったって言っていたね。

A・そういうまだ固まっていないプランを、これ幸いにというわけでもないだろうけど、アチコチ(もちろん、管理職)からダメや意見が出て、本人は徹夜までしてアイデアを絞ったらしいんだ。そのダメというのが、例によって各人まちまちで、どの意見に従ったらいいのかわからなかったらしい。宇宙人が地球に来る話から、地球人が宇宙深検に行く話までいろいろあって、最後は局長にも会ったらしい。そしてHさんが当初考えていたのと、局長のイメージが近かったらしいんだ。それでまた初めの発想に逆戻り…。

C・でもその宇宙人がカッパになったって話はどうなっちゃったの?

G・あれはな、こちらからの宇宙SFものを「ピピ」の合成技術で、という売り込みに、編成では宇宙ものはダメ、とお呼びにならなかったらしいんだ。ところが、こちらが頑張ったためか合成技術を生かした“宇宙もの”でないものでも考えてみたら、と言ったらしい。そこで用意されたのが「カッパ行進曲」というわけさ。

C・「カッパ」は3、4年前の「こどものための脚本募集」で入選したものが土台になっているんだろう?

G・そう、そしてこれも試作提案として単独では通らなくて、特集として作ってみたら、ということになったんだ。

C・じゃあそもそも試作というのはどうなってるの? 重点試作とかなんとか言ってもまだ一つも試作してないじゃない。

D・どうも来年は現在のものを余り変えないで行くらしいよ。毎年すったもんだする“白地図”も編成から今年は来ないらしい。白い部分がないということだ。

C・現在のままでこども番組は満足だというわけ?

E・いや満点をねらう必要なし、無風を維持せよ、ということかな。(笑い)――

 この二つの現場からの報告を読んで、思わず笑いをかみ殺し、ついで、苦い怒りのこみあげてくるのを感じないPDは、1人もいないだろう。
 それは全ての制作現場で、昨日も、今日もくり返されてきていることを示しており、彼ら一人一人が、類似の立場におかれたあの時のことを思い出されるからだ。

 この二つの報告を分析する作業は、しばらくおこう。
 私たちはまず、自分たちの置かれている、提案から採択のメカニズムを確認することからはじめよう。

 A 提案――採否決定の機構

 教育第5分会のレポートは次のように述べている。

―― 1本の番組が、企画から具体的な制作段階に入るまでの行程を示すと、大体次のようになる。

(工程図)
1 企画リサーチ
    ↓
2 班   会 ――――――→┐
    ↓        リサーチ
3 提案用紙作成提出 ←―――┘
    ↓
4 部内提案会議
    ↓
5 会議 局提案
    ↓
6 編  成
    ↓
7 小委員会
    ↓
8 部門部長会
    ↓
9 確定会議

 2は、チーフまたは担当副部長を中心に行われる。

 4は、部長、主管を中心にチーフが出席。

 5は、各部長、局次長、教育局長が出席。

 6以降は編成と各部管理職によって構成される。

 以上は原則的なコースであって、例外はいくらもある。例えば、教養特集の自由枠のような共管番組(教育局、報道局政経番組部の共同管理番組)の場合には独自に各部の担当副部長が参加して会議を行う。

 2で承認された企画は、定時番組提案の8割から9割がそのまま、あるいは若干の修正を経て承認されるとみてよかろう。1割内外の番組提案が落とされ、予備提案の中から補充するか再提案を求められるにとどまる。しかし、特集番組の提案の場合には、これよりはるかに多くの割合で提案は45(あるいはそれ以後)の段階で落とされる。まして試作番組の提案の場合には、2を通った、まず9割以上の提案が、45以降で落とされることが確実になっている。(教5)――

 もちろん、この行程が唯一共通でない。各部局に応じての様々なヴァリエ芸能局では5の局提案会議に当たる部分が、企画委員と呼ばれている。ただ、学校放送部や通信教育部のカリキュラム番組や、各種の技能講座とか、一部の婦人教養番組(「今日の料埋」・「趣味のコーナー」……)などのテキスト番組では、テキスト委員会なり、諮問委員会なりの段階が、実質的には、かなりの決定権を持っている場合があることに留意されたい。

 とにかく4の部内提案会議までは、番組制作者(PD)または、その代表者(主にチーフ・班長)が参加しているか、5以下は完全に職制内で意思決定が行われることになる。

―― この機構全体の是非論は、ここではふれまい。
 我々が問題にする第1点は、上記報告もふれている、「提案が落とされる」現象の中にある。――