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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版 Vol.63 2004.11.25 |
| [20041125]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.63 木村書店Web公開シリーズ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.63 2004.11.25 ━━ ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■ 近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 等幅フォントで御覧下さい。 出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房) ●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉● ┏┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┓ ┫ 第七章:ナイル河谷 ┣ ┗┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┛ ◆(第7章−3)建築様式 ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ エジプトの建築様式が、クシュ帝国の故地に散在する事実を、古代エジ プトによる、スーダン征服の根拠にあげる学者もいる。 しかし、明治時代の日本では、イギリスのヴィクトリア朝風のビルが沢 山つくられた。もとも、建築様式ほど流行をとりいれやすいものはない。 また、石工や建築家は、古代から、渡り職人の最たるものである。しかも、 建築された年代が確定していないものが、クシュの故地には沢山あるので、 本当はどちらが先なのかも、よくわからない。相互に影響し合ったのかも しれない。 それはともかく、クシュ帝国では、エジプトの様式がみられる前から、 独自の文化も発展していた。その点について、コルヌヴァンは、つぎのよ うに書いている。 「その起源はどうであれ、このクシュの王国は、エジプトがこの国との 接触をはじめた、紀元前二千年紀のはじめには、ケルマにおけるライスナ ーの発掘(1923年)によって示されたように、洗練された物質文明の持主 であった。エジプト式の墓石のとなりには、ちがった型の墓地がある。そ の中のひとつには、土着の王公が、二百人の女性と子供たちに取りかこま れて、葬られていた。寝台はエジプトの型ではなく、象牙細工で飾られて いた」(『アフリカの歴史』、p.81) このような墓の形式は、もしかすると、ザイールのシャバ州から発見さ れた、「幾マイルにものびる墓地」のそれと、つながりがあるのかもしれ ない。 また、クシュ帝国の古都メロエの周辺に、浴場の遺跡があることを、そ の建造年代もはっきりしていないのに、ギリシャ・ローマの風習をとりい れた、と説明している例がある。しかし、浴場は、ギリシャ人やローマ人 の専売特許ではない。それよりも早く、紀元前三千年期の、インド黒色人 によるインダス文明にも、浴場の遺構が見られた。これは、ギリシャ人や ローマ人の影響ではありえない。 また、ヘロドトスがつたえているように、エチオピアの「長命族(マク ロビオイ)」は、鉱泉に入浴する習慣を持っていた。もしかすると、中央 アフリカの火山帯における、温泉・鉱泉の利用が、人工の浴場へと発展し たのかもしれない。 以上の点に関しては、わたしのうたがいすぎがあるかもしれない。しか し、これまでの研究の傾向を考慮にいれると、決定的なデータが提出され るまでは、疑い続ける必要がある。 さらに、一番の問題点は、その先にある。つまり、建築様式の比較が、 その他の文化の伝播の説明にまで、エスカレートしていることである。こ のエスカレーションはまことに理不尽である。日本女性がパリ・モードを 着こなしていれば、日本のイネの栽培まで、フランス直輸入ときめつける ような論理には、とても、付き合いきれない。 ところが、この理不尽な先入観念は、アフリカのあらゆる文化の外来起 源説の、骨組みとなっている。たとえば、メロエの神殿のそばにある、高 さ10メートルもの、二つの鉄の鉱滓の山の評価にも及ぼされている。シー ニーは、「メロエの有名な鉄鉱業のくずである鉱滓(スラグ)の……小山 の下に何があるかは、今後の発見にまたなければならない」、と書いてい る。つまり、メロエの鉄生産の起源については、ほとんど調査されていな い。 ところが、ほとんどの学者が、鉄器文明のオリエント起源説にもとづい て、メロエの製鉄のはじまりは、ギリシャ人傭兵隊の侵入以後であるとい う。そして紀元前591年以後、などという細かい数字まであげて、断言し てしまっている。まことに信じがたいような、そして、由々しき事態であ るといわねばならない。 さらに、文化の問題だけではなく、この先入観念では、クシュとエジプ トの、政治上のむすびつきの解釈にまで、はたらいている。古代エジプト の軍隊では、クシュ人もしくは、アイティオプスの弓兵隊が、重要な一翼 をになっていた。この弓兵隊を、「黒人奴隷兵」と表現している学者が多 い。まずは、政治的に、クシュとエジプトの間柄は、どんなものだったで あろうか。 次回配信は、第7章−4「ファラオの一族」です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■このメールマガジンは、『まぐまぐ!』発行システムを利用しています。 http://www.mag2.com/ 配信中止 http://www.mag2.com/m/0000117236.htm ――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■制作・発行■ 木村書店・木村愛二 mailto:altmedka@jca.apc.org (ご案内) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/shoten-afmag.html (木村書店) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/hanbai.html (憎まれ愚痴) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/index.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ |
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