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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版  Vol.61 2004.11.11

[20041111]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.61
木村書店Web公開シリーズ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.61 2004.11.11 ━━
 ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■
     近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦!
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                      等幅フォントで御覧下さい。
              出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房)

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  ★οO◯Oo。・゜゜・★ 第七章の構成 ★・゜゜・οO◯Oο。★
      定着者たち/通商ルート/建築様式/ファラオの一族
     古代の証言/近代の偽証/モンタージュ/ファラオの世紀
      ギリシャ・ローマ時代/イスラム支配/シャンポリオン

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         ┫   第七章:ナイル河谷   ┣
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     http://www.jca.apc.org/‾altmedka/afric-7-tobira.jpg
                扉 図
           クシュ帝国の古都メロエの遺跡
          (『『アフリカの古代王国』』より)

◆(第7章−1)定着者たち ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

   古代人の証言は、近代のオリエントエジプト史学者の主張とは、全く反
  対のことをつたえていた。
  
   ローマ時代の学者、ディオドロス・シクロス(前63〜後14)は、『世界
  の歴史』の中で、つぎのように書いていた。
  
   「エチオピア人の言によると、エジプトは彼らの植民地であって、オシ
  リスがそこへ((エチオピア人の一派である))エジプト人を連れていったの
  である。彼らによると、エジプトの国土は、この世のはじめには、海でし
  かなかった。しかし、そこへナイル河がエチオピアの泥土を大量に押し流
  し、ついには埋めたてて、大陸の一部としたのである……彼らはそれにつ
  け加えて、エジプト人たちは、彼ら((エチオピア人))をエジプト人の創造
  者であり、先祖であり、エジプトの王たちの偉大な一族だと信じている、
  ともいう」(『黒色人文明の先行性』、p.38)
  
   ヘロドトスも、やはり、エジプト人は、現在のスーダンにあったクシュ
  帝国のことメロエから来たらしい、と書いていた。クシュというよび名は
  エジプト人がつけたもので、エチオピアともよばれた。本当の国名はわか
  らない。
  
   地質学的な研究によって、たしかに現在のエジプトの大部分は、紀元前
  4、5000年ごろには、一面の大きな入江または湿原であったことが、たし
  かめられた。エジプトへの植民が、上流地帯からなされたことは、うたが
  う余地がなくなった。
  
   いまだにエジプト人がオリエントから来た、と主張しつづける学者は、
  アラビア半島経由で、上エジプトに移住したのだ、という大変に苦しい説
  明をしている。
  
   ところが、この苦心の修正をほどこしたオリエント起源説は、またして
  も、考古学的出土品によって、否定されることになった。現在のスーダン
  北部から、エジプトの南部にかけてを、ヌビアとよんでいる。エジプト史
  学者の鈴木八司は、ヌビアに関する最近の研究にもとづいて、つぎのよう
  に書いている。
  
   「ヌビアにおけるナイル河畔の定着民がいつごろ出現したかは明らかで
  はないが、エジプトと同様に紀元前5000年頃には、農耕・狩猟・漁撈など
  の手段を混合した民族が定住生活の営みを開始したと思われる。紀元前
  4000年ごろには明確に定住民が出現しており、彼らは当時の上エジプト人
  と同人種で、相互に交易もし、文化様相も似ていた」(ナイルに沈む歴史)、
  p.196)
  
   つまり、スーダンの住民と、古代エジプトの中心となった上エジプトの
  住民は、同じ人種、同じ民族であった。ディオドロス・シクロスの証言は、
  ここでも裏付けられた。さらに、このあたりの初期の定着民は、ナイルの
  みなもと、イシャンゴ文明のそれと似通った、骨製の銛を用いていた。
  1963年の調査では、ヌビアから、20個ほどの骨製の銛の破片が出土した。
  その銛が埋もれていた地層の、一番上の部分は、紀元前5110プラスマイナ
  ス120年、と決定された。
  
   現在のスーダンの首都ハルツームからも、同種の骨製の銛が発見され、
  紀元前5060プラスマイナス450年、と決定された。もっと上流からも、ぞ
  くぞく似たような結果がでるであろう。
  
   これに対して、オリエントからエジプトへの移住を主張する学者は、何
  らの物的証拠をも提出していない。古代人の証言をやみくもに否定し、し
  かも何らの証拠も提出できなかったのだから、これは重大である。
  
   わたしの考えでは、すでにのべてきたことから明らかであろう。ナイル
  河谷の住民は、中央アフリカから、流れに沿ってくだってきた。さらに、
  サハラに進出したグループも、乾燥期にはいって、ナイル河谷に合流した。
  クシュ(エチオピア)帝国も、古代エジプト帝国も、アフリカ人の国家で
  ある。
  
   クシュ帝国については、くわしい本もでているので、ここでは、古代エ
  ジプトとの関係だけに焦点をしぼって、従来の研究の問題点を指摘するに
  とどめたい。
  
   まず、多くの学者は、古代エジプトがスーダンを征服し、文化をつたえ
  た、と主張している。それには、何らかの証拠があるのだろうか。 
  
      次回配信は、第7章−2「通商ルート」です。

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