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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版 Vol.6 2003.10.16 |
| [20031023]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.6 木村書店Web公開シリーズ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.6 2003.10.23 ━━ ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■ 近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 等幅フォントで御覧下さい。 出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房) ●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉● ┏┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┓ ┫ 序章:疑惑の旅立ち ┣ ┗┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┛ ◆(序章−6)ファラオの人種壁画 ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 人類学者の寺田和夫は、また、古代エジプト人の人種観について、絵画 (下図)を示し、つぎのように書いている。 埃及人(^o^)● セム人(^。^) ● 黒人(^0^) ● リビア人(^_^) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/afric-c.jpg メレネプタ王墓の四大人種壁画 「やがて、古代国家が成立するに及んで、われわれは、……人類学的知 識の増大を、具体的に知ることができる。エジプトの絵画、とくに第19王 朝のメレンプタ王(紀元前1212〜1181)の王墓の絵画は4人種の特徴を巧 みに伝えているものとして、しばしば引用される。ホルス《エジプトのフ ァラオの氏族神である鷹神》に導かれて歩む十数人は4群からなり、第1 群はエジプト人で、赤い皮膚、鼻筋は真っ直ぐか、わずかに鷲鼻で、黒髪 をもち、優雅な姿勢をしている。第2群はアジア人かアッシリア、ユダヤ、 ペルシャ人であろう。黄色い皮膚、短頭、隆鼻、黒髪、低身長である。第 3群は黒人で、髪は縮れ、広鼻、厚唇、突顎を示す。第4群はリビア人と 思われるが、白い皮膚、ブロンド、赤ひげ、狭い鷲鼻、青い眼で、活動的 にみえる」(『人種とは何か』、p.61-62) たしかに、これに類する文章は、人類学、人種理論開係の本には、しば しば登場する。寺田和夫もヨーロッパ人学者の記述をそのまま訳したので あろう。ところが、この記述の仕方には、いくつかの重大な疑問がある。 まず最初に、このメレネプタの時代は、統一エジプト帝国成立以来から しても、約2000年以後である。2000年といえば、日本の歴史がまるまる収 まってしまうほどの、広大な時空をへだてている。しかも、それより 800 年前、紀元前1000年頃のエジプトの絵画では、褐色のエジプト人と、黄色 のオリエント(アジア)人が書きわけられており、この区別を先に論ずる 必要があろう。古代エジプト人は、まず、自分達とオリエント人の肌色の 相違を明確にしている。 第2に、王墓に描かれた人物像は、各国の王族であって、平民ではない。 第3に、2群と3群とされるものの順序が、実際の絵の順序と、いれか わっている。「黒人」とされるものの方が、第2群であった。 第4に、各群の特徴に関する記述が、ヨーロッパ人好みの表現に変更さ れている。 メレネプタ王墓を最初に調査したのは、ヒエログリフの解読で有名なフ ランス人学者、シャンポリオンである。彼は沢山の手紙を書いた。ディオ プは、1839年出版の叢書、『世界』に所収されたシャンポリオンの書簡集 を引用して、いくつかの指摘をしている。 まず、シャンポリオン自身の手紙から、メレネプタ王墓の描写を抜き出 してみたい。少し長文になるが、前記の引用と読みくらべていただきたい。 シャンポリオンはこう書いている。 「第1群……神に最も隣接しており、暗色の赤い肌色、よく均勢のとれ た身体つき、優雅な顔立ち、鼻は、わずかに鷲鼻、長い編み毛、……ロト ・エン・ネ・ロメ、ひとの人種、もっともすぐれたひと、すなわちエジプ ト人。 そのあとに現われる人種については、いかなる不確かさもない、……そ れはネグルの人種に属し、ネヘシという一般的名称で示されている。その あとにつきしたがうものは、非常に異なった容貌を示している。黄色もし くは日焼けした顔色の上に、わずかに肉色が引かれており、鼻は強い鷲鼻、 黒いひげ……ナムウとよばれる。 そして最後に来るのが、われわれが肉色と名づける皮膚の色合い、また はより微妙なニュアンスの、白い皮膚の持ち主である。鼻は真っ直ぐか、 またはアーチ型で、眼は青、ひげはブロンドか赤毛、身長は高く、または すらりと伸びた姿勢であり、まだ毛のついた牛の皮を着て、身体のあちこ ちに入れ墨をしており、まぎれもない野蛮人。タンフウとよばれる。 わたしは、これと共通する絵を、他の王墓でさがすのがいやになった。 それらの中に、いくつかの変形をみることはできるにしても、それらはわ たしに、エジプトの旧来の秩序にもとづいて、世界の4つの部分の住民を 描く目的に立つものであることを、明白に確信させるものであった。…… 2群……アフリカ本来の住民、黒色人[ネグル]、……最後の(わたしは これをいうのが恥かしい。なぜなら、われわれの人種は最後であり、序列 のなかでも、もっとも野蛮なものだからだ)ヨーロッパ人は、この時代に は末席にあり、それは正当な扱いであり、世間的には見よい姿をしていた とはいえない。ここでは、ブロンド人種で白い肌の民族が、その出発点に おいては、ヨーロッパだけでなく、アジアにもいた、と考えなくてはなら ない。……他の墓でも、同じ一般的名称が使われ、つねに同じ順序である。 また、エジプト人とアフリカ人は、同じ手法によって表現されており、こ の手法には変更はありえない、しかし、ナムウ(アジア人)とタンフウ (ヨーロッパ諸人種)については、重要かつ興味深い異種を書き分けてあ る」(『黒色人国家と文化』、p.52-54) シャンポリオンの記述こそは、メレネプタ王墓の人種壁画の描写に関す る原典とされなければならない。しかし、さきに示した寺田和夫の例文と は、相当にちがっている。 第1群について、シャンポリオンが「暗色の赤」と書いていたものが、 寺田和夫の例文では単に「赤」となっている。「長い編み毛」(マサイ民 族は縮れ毛を編んで垂らしている)とされていたものが、単に「黒髪」と なっている。 第2群と第3群の、順序のいれかえは、明らかにヨーロッパ人学者によ る意図的な工作にちがいない。古代エジプト人にとって、エジプトの王族 につぐ地位をしめるものは、スーダンのクシュ帝国の王族に他ならなかっ た。古代エジプトとクシュとは、のちにのべるように、同盟的間係にあっ た。 第3群とされるべきアジア人について、「ユダヤ人、ペルシャ人」を登 場させているのは、どういうわけであろうか。ユダヤの建国は前10世紀頃 であり、メレネプタの時代には、王族としての存在どころか、単一民族、 人種としての類別は成立しない。ペルシャの名が部族名としてアッシリア の記録にあらわれるのも、前9世紀である。シャンポリオンは、「メデス 人またはペルシャの何処かのもとの住民」(同前、p.54)としており、ペ ルシャを便宜的な地方名として使っていたにすぎない。 第4群を「リビア人」とするのは、また、大変なまちがいである。 シャンポリオンが[ヨーロッパだけでなく、アジアと]書いているよう に、「タンフウ」は、ヨーロッパとオリエント北部の境界近辺にしかいな かった。へロドトスは、ファラオ・セソトリスの軍勢が、草原の遊牧民ス キティア人をも征服したといっており、おそらく「タンフウ」は、南ロシ アあたりでエジプト人と接触したものと考えられる。 アフリカ大陸の現在のリビアあたりの住民は、エジプト人によって、レ ブとよばれていた。へ口ドトスの時代には、このレブが、アフリカ大陸全 体を指す、リビアという名称になった。つまり、ギリシャ人は、リビア人 すなわちアフリカ人、いいかえれば、黒色人と考えていた。このあたりに、 ブロンド人種がいたという証拠は何もない。現在、わずかに金髪青眼の人 々がいるにしても、これは、後代の混血の結果にすぎない。 このように、ヨーロッパ系の学者によってはじめられたエジプト古記録 の解釈は、誤解と曲解にみちている。しかも、その背景には、人類史、文 化史のすべてにわたる複雑な仮説的主張が、はりめぐらされている。デヴ ィドソンは、アフリカ文明を紹介するにあたって、ある法律家が使った 「わけのわからぬ大前提」、という表現を引用している。そこでわたしは、 なぜ、「わけのわからぬ」仮説が通用してきたのか、という埋由を考えて みた。 「わけ」とか、「わかる」とかいう単語は、「わける」に由来する。つ まり、簡単な部分、原理に分解しなければ、ことの真相はわからない。学 者は、複雑に、抽象的に表現したがる。そこに、独断的な仮説が通用する 弱点がある。 だからわたしは、以下、すこしまわり道のようだが、アフリカ大陸の歴 史をめぐる問題点を、ひとつずつ追求したい。そのどれもこれもが、大変 な仕掛けになっているのだ。 次回配信は、第一章「ホモ・サピエンス」です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■このメールマガジンは、『まぐまぐ!』発行システムを利用しています。 http://www.mag2.com/ 配信中止 http://www.mag2.com/m/0000117236.htm ――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■制作・発行■ 木村書店・木村愛二 mailto:altmedka@jca.apc.org (ご案内) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/shoten-afmag.html (木村書店) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/hanbai.html (憎まれ愚痴) http://www.jca.apc.org/‾altmedka/index.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ |
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