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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版  Vol.17  2004.01.08

[20040108]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.17
木村書店Web公開シリーズ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.17 2004.01.08 ━━
 ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■
     近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦!
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                      等幅フォントで御覧下さい。
              出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房)

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         ┫  第二章:ヤムのふるさと  ┣
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         ★ <m(_ _)m> お詫び <m(_ _)m> ★
      前回リンク切れいたしました。↓正しくはこちらです。
          (『ニジェールからナイルヘ』より)
        http://www.jca.apc.org/‾altmedka/afric-h.jpg
          相すみませぬ。担当者厳重処分の予定。(再録時訂正済み)

◆(第2章−7)農耕民と狩猟民 ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

   まず、ヤムベルトが、紀元前1000年頃に形成されたという説がある。と
  ころが、そのヤムベルトのすぐ北方には、イネやソルガム(モロコシ)を
  栽培する地帯がある。そして、アメリカ人のマードックは、アフリカ稲の
  栽培のはじまりは、紀元前8000〜5000頃と主張している。また、中尾佐助
  は、この地帯の「サバンナ農耕」は、地中海のムギ栽培と同時期だと主張
  している。つまり、紀元前7、8000年頃のことになる。
  
   さて、サバンナ農耕地帯とヤムベルトとは、大小の河川で縦横につなが
  り、境界はいりくんでいる。一方で8000年、他方で1000年、つまり差引き
  7000年の落差が主張されている。
  
   では、7000年も待たなければならないほど、熱帯隆雨林地帯でのヤム栽
  培などは、むずかしい技術を必要とするのだろうかというと、全く反対で
  ある。東南アジアでも、熱帯隆雨林地帯で、ヤム、タロイモなどの栽培が
  広くおこなわれている。しかも、東南アジアのヤム栽培については、紀元
  前1万年という年代さえ提唱されている。アメリカ人のサウァーは、東南
  アジアのヤムなどの栽培が、すべての農耕の起源をなしたという一元説を
  たてている。また、中尾佐助は、農耕技術の上でも、料埋法の上でも、ヤ
  ムなどは、最初の農作物にちがいないと主張している。
  
   しかるに、何故、アフリカの熱帯降雨林地帯では、7000年もしくは9000
  年も、人々は、ヤムを栽培しなかったといえるのであろうか。
  
   わたしが見出しえた唯一の障害は、人類学者による「一見科学的」な仮
  説であった。彼らの主張によると、熱帯降雨林や中央アフリカの大湖水地
  帯より南方には、バトワ民族(ピグミー)やサン民族(ブッシュマン)の
  ような、狩猟民しかいなかったことになっている。しかし、この仮説には
  何の証拠もない。これは大まちがいである。
  
   この仮説の唯一の根拠といえるものは、現在、アフリカ大陸に少数の狩
  猟民がいるという事実でしかない。しかし、現在の日本にも、古来からの
  伝統を守りつづけるマタギの集団がいる。那須の与一も、ウィリアム・テ
  ルも、ロビン・フッドも、農業社会の真只中にいた。また、漁撈というの
  は、獲物を求める場所がちがうだけで、狩猟と同じ経済パターンである。
  このパターンは、農業経済と併行してつづいている。狩猟民の存在を理由
  にして、農耕民の進出がおそかったと主張するのは、錯覚を利用した手品
  にすぎない。
  
   さらに、この主張は、論理的にみても、いわゆる「本末転倒」の典型で
  ある。つまり、「狩猟民しかいなかった」という主張は、「農耕民が全く
  いなかった」という事実の確認ができて、はじめて成立する。ところが、
  ここでは、「狩猟民しかいなかった」という仮説を板拠にして、だから、
  「農耕民はいなかった」、そして、「農耕は行なわれていなかった」とま
  で主張されている。だが、農耕が行なわれていなかったという証拠はない
  のである。わたしは、むしろ、その逆の、つまり、農耕が早くから行なわ
  れていたという証拠物件も、のちに提出する。
  
   その上、農作物としてのヤムの発祥地についても、全く逆の主張がある。
  前出の鈴木秀夫の『高地民族の国エチオピア』によると、エチオピア高原
  では、紀元前3000年ごろには「イモ類」(ヤムのこと)が栽培されていた
  らしいのである。これで、まず、紀元前1000年頃のヤムベルト説には、す
  くなくとも2000年の狂いがでてくる。しかも、鈴木秀夫は、このヤム栽培
  をしたのは、「古ネグロ(バンツーネグロ?)」だとしている。南方系の
  人々だと考えているわけである。つまり、ヤムベルトは、南下したのでは
  なくて、その逆に北上した可能性の方が、示唆されているのである。[注]
  
   従来のほとんどすべての外来起源説と同様、ヤムベルトの仮説も、近い
  うちに、同じ運命をたどりそうである。だが、最も重要なのは、ほとんど
  の農学者が、農耕の発明にいたる「必然的な過程」の説明を、全く放棄し
  ている事実である。
  
  
  注:2001.1.10.この段落の意味を明確にするために若干増補したが、主旨
  に変わりはない。
  
  
      次回配信は、第2章−8「ふたたび異常乾燥期」です。

   異常乾燥?(・_・)?  きゃあ!お肌がシワシワ!\(◎o◎)/!

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