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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版  Vol.13  2003.12.11

[20031211]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.13
木村書店Web公開シリーズ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.13 2003.12.11 ━━
 ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■
     近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦!
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                      等幅フォントで御覧下さい。
              出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房)

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         ┫  第二章:ヤムのふるさと  ┣
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◆(第2章−3)美味なインジェラ ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

   オリュラ、またはゼイアについて、『歴史』の日本語版訳者は、「よく
  わからないが、ヒエかキビのたぐいではなかろうか」、と注記している。
  
   しかしわたしは、これを、現在のエチオピアの北部で栽培され、主食に
  されているテフではなかろうかと考えている。まず、テフからつくられる
  独得のモチのようなものが、インジェラ(ゼイアと発音が似ている)とよ
  ばれている事実がある。
  
   わたしの想像が当っているかどうかは、保証のかぎりではない。しかし、
  エチオピアの北部、つまりエジプトに近い地方で、インジェラづくりが早
  くから行なわれているので、この可能牲は高い。エチオピアのハイレ・セ
  ラシエ1世大学で、3年間教職にあった地埋学著、鈴末秀夫によれば、イ
  ンジジェラづくりの起源は非常に古く、「後代の記事ではあるが、紀元前
  100年にはすでにあったという」(『高地民族の国エチオピア』、p.122)。
  
   では、インジェラとは、どんなものであろうか。これについてはやはり、
  エチオピア皇室の女官として3年間滞在した日本女性、松本真理子と福本
  昭子が、共著の本の中で、つぎのように書いている。実物を何度もたべた
  2人の女性の証言であるが、これによると、相当に美味なものらしい。
  
   「主食はインジェラという、桜餅の皮を大きくしたようなものである。
  原料のテフはひえのようなこまかい穀物。黒と白の2種類ある。それを粉
  にして水でドロドロにとき、発酵させておく。……かまどに、シナ鍋をも
  っと大きく、もっと平たくしたような鉄鍋がかけられる。……
  
   「鍋があつくなってくると、いよいよインジェラ焼きにとりかかる。発
  酵したドロドロのテフを小型の片口[かたくち]にとり、トロトロトロト
  ロうずまきを描きながら流して、直径50センチほどの円型のおやきを形づ
  くる。特大の土鍋のふたがかけられ、4、5分たってあけてみると、桜餅
  の皮のような肌のインジェラが、ホカホカ湯気をたてて焼きあがっている。
  ……
  
   「2種類のテフを、それぞれ精製して作ったインジェラは、チョコレー
  ト色と白で、適当な大きさに切って盛りつけられると美しい。私たちには、
  この2種の味のちがいはわからなかったけれど、皇后陛下は、白よりもチ
  ョコレート色のインジェラの方がお好きなのだそうだ。……味はちょっと
  すっぱみがあるけれど、慣れるとおいしい食べ物である」(『裸足の王国
  』、p.157〜158)
  
   やはり女性だけに、観察がこまかい。実は、この「すっぱみ」が、曲者
  らしいのである。鈴木秀夫によると、「発酵にかける時間の違いによって、
  甘く芳香のあるもの、少し酸味のあるもの、非常に酸っぱいもの」ができ
  るし、この非常にすっぱいインジェラを、とくに好む人もいるのだそうで
  ある。テフに2種類あることといい、それが一緒に盛ってだされる、チョ
  コレート色と白色のインジェラになることといい、つくり方によって味加
  減が違うことといい、なかなかに美食家の民族のたべものである。
  
   では、テフの栽培と、オオムギなどの栽培とでは、どちらが先だったの
  であろうか。
  
   まず、テフの野生種の分布だが、この研究も相当におくれている。ある
  学者は、エチオピア高原にしかないと書いている。しかし、鈴木秀夫は、
  「ケニア、南アフリカ、オーストラリアにもある」と書いている。さらに、
  コルヌヴァンは、フランス人の植物学者、シュヴァリエの研究を紹介して
  おり、それによると、テフはサハラにも野生している。おそらく、この他
  の地帯にも可能性があるだろう。相当に広い分布を示しているにちがいな
  い。
  
   つぎに、テフはともかく美味なのであり、一方、オオムギなどはまずい
  のである。ここでは、古代人は意外に美食家であったと考えなければなら
  ない。人類は、栽培という作業をはじめる前に、何万年にもわたって、野
  生の植物を採集し、たべつづけてきたわけだから、経験的にすぐれた鑑識
  眼をもっていた。ともかく、たべられるものはなんでもたべて、生きのび
  てきたのである。
  
   テフはさらに、美味なだけにとどまらない。栄養の面からみても、高い
  評価があたえられている。鈴木秀夫は、テフについて、「各種鉱物の含有
  量は麦などに比べて圧倒的に多く、きわめて健康的であり、世界的な食糧
  になる可能性を秘めている」とまでほめちぎっている。
  
   こんなにすばらしい穀物が、大変早くからエチオピアで、そしておそら
  く古代エジプトで栽培されていたとすれば、どうして、世界中にひろがら
  なかったのであろうか。
  
   惜しいかな、テフは、単位面積あたりの収穫量が少ない。つまり、生産
  性が低い。そして、「穂はほとんど籾ばかり、穀粒は長径1ミリ幅 0.5ミ
  リ位で、探し出すのが困難なほど小さい」。
  
   それゆえわたしの考えでは、古代のテフ栽培は、むしろ衰退しさえした。
  というのは、へロドトスのエジプト滞在はペルシャ支配ののちであったが、
  この時すでに、オオムギ・コムギなどを主食にするギリシャ人の植民地が、
  エジプトとリビアの国境付近にも設立されていた。エジプトの農業はナイ
  ルの灌漑を唯一のたよりとしていたが、小量の雨が降れば成育するムギ類
  は、乾地農業として、従来は牧草地だったところに成立した。
  
   中尾佐助は、この乾地農業の方式は、単位面積あたりの収量は少なくて
  も、水利に制約されないから、広い面積を使用できると説明している。そ
  して、この農業方式の優越性こそが、アレクサンドルのエジプト・オリエ
  ント制覇の原動力だと書いている。最初の植民は、ギリシャ人たちが、エ
  ジプト人の許しを得て、用辺の牧草地を使用するという形ではじまった。
  その代償として、ギリシャ人は、エジプトの傭兵隊を編成したのである。
  やがて、ギリシャ人植民地が強化され、傭兵隊もエジプト軍の主力とさえ
  なってくる。その情勢のもとにおいてこそ、アレクサンドルの軍事的天才
  が発揮されたわけである。
  
   ギリシャが勝利したということは、それゆえ、ムギ栽培が勝利したこと
  でもある。支配民族の主食であるムギはナイルの潅漑農地にもなだれこん
  だ。そしてテフは現在のエチオピアに撤退した。これがわたしの推理であ
  る。傍証としては、現在のエチオピアに、古代エジプト以来の風俗が沢山
  残っている事実があげられる。エチオピアは1937年から5年間だけイタリ
  アに占領されたけれども、それ以外は2000年間も、ほぼ同じ支配体制を保
  ってきた。だから、古いしきたりが残っている。この国で、キリスト教と
  いわれているのは、キリスト単性説という古い形式のもので、古代エジプ
  トの正統をつたえるコプト人のキリスト教と、同じものであった。わたし
  には果せなかったが、コプト教徒またはコプト人の食料の中に、テフがみ
  つかると面白い。ただし、彼らが宗教的迫害をのがれて、上エジプトに移
  住したのは、すでにローマ支配の時代だから、彼らが現在、テフを持って
  いないとしても、私の推埋を撤回するわけにはいかない。
  
   ともかく、オリュラまたはゼイアが、テフであるか否かは別としても、
  その謎は深い。この謎をとかないかぎり、古代エジプトの農業起源は、安
  易に説明してはならないであろう。
  
   さて、コルヌヴァンは、テフがサハラに野生していることをも根拠にし
  て、農耕文化のサハラ起源をとなえている。だが、サハラには、テフのほ
  かにも、新しい、そして日本人なら、おどろかずにはいられない植物もあ
  った。それはまず、アフリカ稲である。
  
      次回配信は、第2章−4「アフリカ稲」です。

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