シナリオ「明日の罪を犯せ」 1

(文学青年としての木村愛二)

『軌』13号47-68頁に掲載(12月会・1961.12.1発行)征矢野愛三

1:シーン 1~2

60年安保から一年、学生たちには虚脱感が

登場人物

 山川・横地      学生・政治運動の断続的参加者
 北野・青木・井原   自治会の委員
 矢島加代子      同 北野の恋人
 奥月宏一・榊原丈二  防衛大生
 藤沢美根子      奥月の恋人
其の他
 教官、自衛隊幹部の杉山、防衛大生、
 藤沢美根子の男女の友達、学生、等。

オープニング

 一九六〇年六月十六日の朝、第一面の大写し、「全学連デモ、死者を出す」の大見出し、国会南通用門近辺の空中写真。めくって三面に、「国会を血に染めた抗議」等の小見出し、将棋倒しのデモ隊とそれを襲う警官隊の写真。アップして写真だけになる。

 警棒の乱打が一時停止した時で、警官と学生達の間に空間が出来ている。そこに頭をかかえ込んで倒れている五、六人のからみ合った姿をアップ。それを茫然と見下している学生にパン。顔は見えない。

 その学生の眼の位置からの生の画に変る。ここ迄は音は無い。そこへ左手から鋭い悲鳴を上げて学生が倒れ込む。スローモーションで倒れかけて、再び画は動かない。

 手前に向って倒れている学生の背中をアップする。白いワイシャツの背中に、その上になっているもう一人の学生の頭の血が流れている。画は停ったまま、血だけが流れ、広がっていく。音楽が入る。字幕

 字幕の終る頃、血は背由一面に広がる。

 そこへカメラを突っ込み、フェイドアウト。

1 大学の運動場

 音無しでカットインして、陽の傾いた運動場の土手。向うに整理体操を終えて戻りかけるラグビー部員達。草の茂った土手にアベック。カメラ近づく。二人の低い話声と含み笑い。

 「糞!」吐きすてる男の声。カメラ、草のそよぎを撫でて、急旋回。土手の反対側を降りかける男の背を追う。黒ズボンにランニングシャツ、スポーツシャツを肩にかけている。野球のバットを手にしている。彼の方に進んで来るもう一人の男を掟える。タバコをくわえ、火をつけようとしている。横地である。

横地「どうしたい、山川。またむくれてんのか。」

山川「アベックがいやがったんだ。」

 横地のタバコをもらい、火をつける。

横地「またか。」苦笑い。

 二人、そこに腰をおろす。下のグラウンドでは、数人の学生がベース板等をリンゴ箱にほうりこんでいる。

その一人「おい、山川、バットよこせよ。」

山川「馬鹿野郎、これは俺んだ。」

同じくその一人「そうだ、そうだ。山川のバットは一本だけじゃなかったけな。また頼むぜ。」

 皆、笑いながら立去る。

横地「君は実際にはそのアベックが羨ましいんだよ。」

山川「そうかももれん。しかし俺は今では女といちゃつく気分が不愉快なんだ。」

横地「君の心理は曲りくねっている。素直じゃないんだ。」

山川「好きなように考えるさ。」

横地「俺も君と似たような心境だと思うよ。(独り言に近く)君はあの連日のデモに疲れ果てた時に言っていた。俺は眠りたい。女と寝たいってね。」

 山川、バットを振っている。力がこもる。

山川「たしかにそういったさ。だがこうつけ加えるべきだったよ。あの時の俺には、恋愛だの性交だのという概念程、縁遠いものはなかったとね。俺はそんなややっこしい関係を抜きにした。むしろ、それが終ったあとの安らぎを欲していたんだ。あれの終ったあとに来る泥に埋もれた暖かい眠りを俺は憧れていたんだ。俺の神経は荒れ果てていた。俺を受けいれてくれるのは夜だけのように思えた。言葉もなく、お互いの毛並を舌で撫で揃える動物の愛情が本物じゃないかと感じていた。」

横地「お前が口をきくのも面倒臭いという顔をしているのを覚えているよ。丁度、梅雨時だったしな。」

山川「あれから一年以上経っても俺の気分はしめりどうしさ。こんな秋晴れの日もあるってえのにな。」

横地「そういやあ、今日もデモはあったらしいぜ。政防法阻止、かな。」

山川「どうせ流れ解散もいい所だろうさ。」

 やけにバットをビュンビュンと振り廻す。カメラ、空をなめて、街の遠景。

2 喫茶店

 ジャズが鳴っている。暗い。台詞が入るまで、ジュークボックスを写す。

青木「今年は駄目だね。集りも悪いし、行けば行ったで、警官に囲まれてこづき廻されるだけじゃ、威勢が上らないよ。」

井原「面白くもねえさ。代々木の意気地なしがいけねえんだよ。これじゃ全く興奮しねえな。」

青木「昨年の俺達は疲れ切っていた。これでも昨日の闘いを信じていた。今の俺達は疲れることもない。闘いの無さに疲れ、飽き果てている。生きていることの無意味さを考え出しさえする。」

加代子「私は生きていることの意味など必要としないわ。私はいつも未来に憧れている少女趣味から抜け切れないものかもしれない。」

北野「君はやはり女だ。いつも何かを待っているんだ。自分を捲き込んでくれるものを待っている。君は自分を誰かに、何事かにまかせてしまいたいんだ。そんなのは生きるってことじゃない。生きるってのは、いつも自分の意志で何かを始める。創り出すってことでなくちゃいけない。自分自身をも、他人と同様に従わせ、引きずって行く目標を持つことさ。」

加代子「何さ。(微笑んで)貴方は私をいじめるつもりで、自分をいじめているのに気がつかないの。貴方は‥‥(言葉を探す)」

北野「そうだよ。僕だって何かを待っているに違いない。しかし僕はそんな自分の姿勢を否定しようと懸命なんだ。僕は何かを待ってしても、それが僕の前に現れるために努力してみたい。僕の力が加わって何かが現れなくちゃいけないと思っている。実際には僕はその努力に失敗して、腕を拱いて待っている時の方が多いかもしれない。どうにかしてこの挫折感を抜け出さなくちゃいけないとは思っているんだが、その日その日の心配事で自分をまぎらせているに過ぎない。明日からは、来週からはとのばしている内に時が経って行く。それでも何かが変っていくから僕はまた安心してしまうんだ。僕が何かをし忘れたら、明日が来ても世の中が変らずにいるなんてことだったら、僕はその明日を迎えるのが怖くなるだろう。」

井原「僕は駆け出したい。止まる所を知らずに走り続けていたいんだ。去年の夏の初め迄は僕等はスクラムを組み無我夢中で坂道を駆け登っていた。壁にぶつかり押し潰される迄、僕等は止ることなど考えやしなかったんだ。」

青木「僕等はあの時、酔っていたんだ。怒りに酔いしれ、悲しみにふるえていた。あの時の僕等は自分達が不幸だと思い、そのことに興奮していたんだ。不幸であるが故に僕等には権利があった。怒り悲しみ、大声でわめきたてる権利があった。僕等は不幸であることによって自分達の存在を信じることが出来たんだ。」

北野「今の君は不幸じゃないのか。」

青木「分らない。僕は不幸な仲間とスクラムを組んでいたから自分も不幸に違いないと信じられたのだろうか。今の俺には仕合せだとか、不仕合せとかいってみても(それは相対的な問題だとしか思えないんだ。俺達はあの時に不幸という坂道を登りつめてしまったんだ。今では逆に地面を掘り返して惨めさを求めるばかりだ。」

北野「惨めならそれでいいじゃないか。」

青木「悪かないさ。」

北野「それじゃ何故君はそんなに投げやりな調子でいうんだ。」

青木「俺は自分の精神状態をほじくって、それで惨めになっているだけさ。自分の中にある惨めさなんて真平だよ。そんなものを考えてみたって何にもなりやしない。あの時のように何の疑いもなく俺達は不幸だと信じて熱狂していたいんだ。」

北野「それじゃ君は実存主義かぶれのビート族と変る所ないじゃないか。」

青木「その通り、僕は自分の内部を覗き込むのが厭になったという点でたしかにビート族と軌を一にしているよ。昨年の僕の行動はその良い例だ。僕はいつまでもしつこく自分をみつめているこの俺をあの時にはじめて忘れることが出来たよ。」

北野「そこで君は誤っているんだ。君は二言目には革命、革命という。その癖、真の革命的情熱は個人の内部から、深い内省によって生み出されるべきものであることを忘れている。君は自分の中に空廻りして閉じ込もるか、外部に暴れ出るかの両極端をしか信じようとしないんだ。政治思想というものは単なる機構論じゃないよ。我々の個々の存在自体が現実により良く適応したい。現実を我々の内部と密着させたいと望む時、始めて思想が生れるのだし、革命も可能性を帯びるんだ。」

 矢島加代子のアップ。熱心に彼等の話を聞いている。眼は喋り手を追う。

 話し声は消えて、二人の顔を順に写す。

 加代子の声がかぶさる。

 『この人達が私の仲間なんだわ。いつも不満だらけ、世の中に対しても、自分自身に対しても、みんな私より頭が良く、実行力もある男の子達。そのくせ私はこの人達を、やっぱり子供だなあなんて思う時がある。』

 加代子の微笑をアップ。話し声入る。

井原「そりゃ君の言う通り俺は甘いよ。だけど俺が面白づくで政治運動に首をつっこんでいると思われちゃ心外だな。」

北野「しかし君のしゃべり方はいつもそうとれるんだ。」

井原「俺も悪いさ。だが俺にだって、俺みたいな性格のものだって本物の情熱はあり得るんだぜ。」

青木「むきになるなよ。そんなこといい出しゃ、俺だって北野なんかにゃこてんこてんに批判されるにきまっているんだからな。」

 北野のアップ。澄んだ瞳。苦笑する。

青木「矢島君なんかはどうなんだ。君はいってみればプチブル娘だろう。君の情熱は何処から湧いて来るんだ。」

 加代子、困って微笑する。

矢島「おっかないわね。私には分らないわ。そんな難しいこと。」

 北野がその矢島加代子をじっと見ている。

青木「簡単にはずされたね。別に追求しようとも思わないけど。」

北野「矢島君のお父さんは戦死した。お母さんは広島で原爆にあって消息不明だ。おそらく、いや、これは間違いないんだが……それで充分だろう。」

青木「そうか。」

 青木と井原、虚をつかれた表情。

 藤沢美根子、入って来る。しばらく店内を見廻すが、彼等の傍のボックスに坐る。加代子と眼が合う位置。加代子の眼の位置からその動きを写し、北野達に戻る。井原、落着かず、シドロモドに口を切る。

井原「俺には、そんな、矢島君みたいな場合は分らないんだが、そういう個人的な悲劇的体験を抜きにして、今の日本に革命的情熱を燃やすような場があるんだろうか。」

北野「何処にだって闘争の場はあるさ。だからこそ俺は個人の内面の問題を考えているんだ。如何にも情勢分析は何処のを考えても公式的で甘いよ。誰にもしっかりした裏付けの自信がないように思える。だからといって自分の立場から進歩的な発言を創造していくのを諦めちゃいけない筈だ。」

青木「そこで、そんな風に考えて動き出すのは本質的には俺達と同様の社会主義者、共産党といった連中さ。俺達をハネッカエリだという彼等自体が根無し草のインテリに過ぎないんだ。本物の労働者達は目先の賃上げ闘争の方が大事なんだ。ハネッカエリ執行部の政治デモにはお付合いの気分しかないよ。」

北野「君は労働者を知らないよ。それに君は資本主議社会に於ける個人は経済的関係によって捉えられなければならないということを忘れている。経済的な状況を無視しては階級闘争なんて成り立たないじゃないか。労働者は自分達の経済的地位を知っている。彼等は当然そこから、資本主義社会の本質的な虚偽をえぐり出すんだ。彼等の生活者としての底力を知らなくちゃいけないよ。」

 加代子の眼、美根子を見る。美根子、眼をそらす。真珠のネックレスのアップ。

北野「君だって僕だって、賃上げ闘争の繰り返しを不満に思う権利はないんだ。彼等は自分の手以外に頼るものはないんだからな。」

 美根子、洋モクを出して火をつける。華車な指が器用に動く。

井原「俺達だってアルバイトをしなきゃ暮していけないじゃないか。」

青木「そりゃそうさ。俺達もインテリ労働者の予備軍ではあるよ。しかし北野は学生という理念的な存在に批判を加えているんだ。それは同時に、自己批判でもあるんだがね。」

 青木、皮肉な笑いを浮べる。この時、奥月宏一が入ってくる。防衛大学の制服。無表情で藤沢美根子の向いに坐る。

奥月「(短く)やあ。」

 時計を見るが、黙っている。

美根子「私も今来たばかりよ。」

 奥月、黙ってタバコに火をつける。ボーイが来る。

奥月「コーヒー、ホット。」

 奥月の制服姿と横柄な態度に、北野達は暫く沈黙して見つめている。

北野「(低く口を切る)君達も俺も奨学金を貰っているじゃないか。アルバイトの家庭教師だって学生だから出来るんだし、割の良いゴマカシに過ぎないともいえる。」

青木「成り金の出来の悪いグウタラ息子をあやしていると気取った奥様が着ぶくれして出て来て、ふところから秘密めかして金の包みを出す。」

井原「(声色で)先生、御苦労様でした。この子は本当は頭の良い子なんでございますけど、私が浮気ばかり致しているもんで、仲々勉強に身が入らないようでござあますけれども、何でございましようか、先生……。」

 奥月、遠慮なく笑う。井原は笑顔を作りかけるが、青木は不快そうになる。奥月は笑い続ける。

青木「(押し潰された声)何がおかしい!」

奥月「(ニヤリとして)いや、失敬」

青木「君は官費で遊び暮している。どうやらそこのブルジョワ娘とこれからイチャつこうって寸法らしいが。」

奥月「(平静に)その通り。(北野達のボックスの隅に立て掛けてあるデモの旗を見て)俺は君等が安保デモとやらをやっている最中にアメリカ製の兵器の訓練を受けていた。暇があれば遊びに出掛けたさ。税金を泥棒するだけじゃ足りっこないから、こういうお嬢さんにも貢いで貰ったしね。」

青木「良い気なもんだな。」

奥月「いかにも俺は恥しらずの税金泥棒だよ。しかも祖国防衛なんて頭っから信じちゃいないんだから一層始末に終えねえさ。」

 北野達の驚く顔。奥月の雌弁は意外である。

奥月「だけど俺は君達みたいに甘くはないよ。共産党が生ぬるいの、社会党の日和見だのと勝手にきめつける。革命、革命と騒ぎ立てる。その癖、組織も作れなきゃ、理論も築けない。赤衛軍の存在を抜きにしちゃ十一月革命は考えられないってことを忘れているような青臭い殉教家気取りとは無縁なだけの話さ。」

井原「君は、君は保守党の番犬を志願しているじゃないか。君にそんなことを言う権利はないぞ。」

奥月「権利とは恐れ入ったね、ハハハ。」

青木「おいっ。」

奥月「(平静に)外に出ようか。」

青木・井原「よーし。」

加代子「待って。」

 美根子を見、北野にすがるような視線。北野、黙ってそれを押し返す。

奥月「心配する程のことはないでしょう。僕は第四機動隊よりは弱いし、警棒も持っちゃいないんだから。」

 奥月、北野をじっと見る。真面日な顔。

奥月「君は加わらんらしいね。介添役か。(美根子に)じゃ、車を頼むぜ。」


木村愛二 防衛大制服にて友人達と
(木村愛二・防衛大制服にて友人達と。目立つ存在ではあった。)


2(将棋倒しのデモ隊。こんな筈はない、おかしい。)に続く