チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.05 No.02 2005.02.02

発行部数:1707部

■マスハードフの家族、誘拐される

 (大富亮/チェチェンニュース)

 誘拐が犯罪者の専売特許とは限らない。脅迫のために、国家が率先して罪のない人々を連れ去ることもあるようだ。去年12月以来、ある家族が、チェチェンの親ロシア派に誘拐されて、行方がわからなくなっている。この家族はチェチェン独立派の大統領アスラン・マスハードフの兄弟姉妹で、誘拐の目的は、マスハードフの投降を強制するためと思われる。 この件で、アムネスティ・インターナショナルなど、いくつかの国際組織が抗議声明を出している。

(写真:マスハードフ

 昨年10月、ロシアのウスチノフ検事総長は、下院で、「テロリストの家族に対する逆誘拐は、テロとの戦いの一部だ」と発言した。これまでにも、独立派政府で国防大臣を務めた人物が一族を人質に取られ、ロシア側に帰順を余儀なくされたことがある。

 事実関係は、下記に引用したアムネスティのリリースに詳しい。誘拐を実行しているのは、「カディロフツィ(カディロフ一派)」と呼ばれる集団で、昨年5月に爆殺された親ロシア派のカディロフ大統領の息子、ラムザンが指揮している。一派はチェチェン人で構成されているが、略奪を繰り返し、同じチェチェン人から恐れられている

 事件は、人道上大きな問題をはらんでいるだけでなく、交渉可能なチェチェン側の政治家が、投降によって独立派から離れれば、ただでさえ困難な政治的解決が遠のくことを意味する。

 その一方、1月31日のモスクワ・ニュースによると、ロシア軍の北コーカサス対テロ作戦本部は、誘拐された人々の親族たちからの訴えにより、ロシア軍の指揮官3人に対する調査を開始したという。つまり、「誘拐」はロシアと親ロシア派チェチェン政府の公式の行動ではなく、一部の軍人たちの勝手な行動として、処分される可能性がある。

http://www.mosnews.com/news/2005/01/31/maskhadovcases.shtml

 戦争の最中に犯罪が発生して事件になるが、「組織的なものではなかった」という結論に落ち着くことはよくある。けれども、マスハードフの家族であることだけで投獄された、無実の人々を、せめて解放してほしい。中には、60歳を越える人々もいる。北コーカサスでは、60歳の人が、まるで80歳の風貌をしていることがある。チェチェンの人々の老いは、日本人のそれよりずっと早い。それも10年間の戦争がもたらしたものだろうか

 事件については、ほかにFIDH(人権のための国際同盟)、IHF(国際ヘルシンキ同盟)が、ロシア政府と親ロシア派の行動を非難する声明を出している。

http://www.fidh.org/article.php3?id_article=2183


アムネスティ発表国際ニュース (2005年1月26日)

アムネスティ日本 info@amnesty.or.jp http://www.amnesty.or.jp/

ロシア連邦:アスラン・マスハードフ氏の親戚が 「失踪」したという報告を憂慮する。

AI Index: EUR 46/004/2005

 アムネスティ・インターナショナルは、2004年12月に親ロシア派チェチェン軍がアスラン・マスハードフ氏の親戚8人を恣意的に拘禁し、それ以来消息が不明だという信頼すべき情報について深く憂慮している。人権団体「メモリアル」とその他の地元の団体によると、チェチェンの第一副首相ラムザン・カディロフの指揮下にある、通称「カディロフツィ」という部隊が、この「失踪」に関与している。

 8人は、チェチェン東部のクルチャロエフスキ地区のツェンテロイにある違法な拘禁施設に収容されており、この施設はラムザン・カディロフ氏の指揮下にあると報告されている。しかし、チェチェンの役人は、8人の拘禁を否定している。

 「メモリアル」がインタビューした目撃者によると、2004年12月3日の夜に五人の親族が連行され、それぞれ別の場所で拘束された。彼らは、アスラン・マスハードフ氏の兄弟姉妹であるブチュ・アリエヴィナ・アブドゥルカディロヴァさん(67歳)、レチャ・アリエヴィッチ・アスハドフさん(68歳)とレマ・アリエヴィッチ・マスハードフさん(55歳)、アスラン・マスハードフ氏の甥イフヴァン・ヴァハエヴィッチ・マゴメドフさん(35歳)、アスラン・マスハドフ氏の遠縁にあたるアダム・アブドゥル‐カリモヴィッチ・ラシエフさん(54歳)である。

 同年12月28日には、以下の3人がさらに捕えられたと報告されている。3人は、アスラン・マスハードフ氏の姪ハディジャト・ヴァハエヴィナ・サトゥエヴァさん(40歳)とその夫ウスマン・ラムザノヴィッチ・サトゥエフさん(47歳)、アスラン・マスハードフ氏の義弟のモフラディ・アブドゥルカディロフさん(35歳)。

 拘禁の目撃者によると、通称「カディロフツィ」が今回の事件に関与しており、部隊のメンバーはブチュ・アリエヴィナ・アブドゥルカディロヴァさんとイフヴァン・ヴァハエヴィッチ・マゴメドフさんを捕えた際に、ラムザン・カディロフの個人的命令によって任務を実行していると述べた。報告によると、12月3日と28日の夜、武装した集団が大型車(場合によっては最大12台ほど)に乗ってやって来て、8人を拘禁した。

 恣意的拘禁と「失踪」は、ロシア連邦法と国際法によって禁止されている。

 「市民的および政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」では、加盟国に様ざまな権利の遵守を義務づけており、ロシア連邦も加盟している。例えば、生命に対する権利(第6条1項)、身体の自由と逮捕抑留の要件(第9条)、拷問又は残虐な刑の禁止(第7条)、公正な裁判を受ける権利(第14条)などがある。第2条では、すべての加盟国が人権侵害に関する報告を調査し、被害者やその親戚に救済措置を講じることを義務づけている。

 「人権および基本的自由保護のための欧州条約」もまた、以下の権利の遵守を求めている。生命に対する権利(第2条)、身体の自由と逮捕抑留の要件(第5条)、拷問又は非人道的な待遇・刑罰の禁止(第3条)、公正な裁判を受ける権利(第6条)、効果的救済(第13条)などが挙げられる。

 1992年国連総会で採択された「すべての人の強制的失踪からの保護に関する宣言」の前文には、「すべての国家の原則となる宣言」と記してある。ロシア連邦は、この規程に従う義務を負っている。宣言の前文で、国連総会は以下のように述べている。「強制された『失踪』は、法の規則、人権、基本的自由を尊重するすべての社会の最も根本的な価値を損なうものであり、…(中略)そのような行為を組織的に行うことは、人道に対する罪にほかならない。」

 アムネスティ・インターナショナルは、12月3日と28日に拘束されたと報告されている8人の所在を調査し、8人を拉致した者が第一副首相ラムザン・カディロフの指揮下にある治安部隊のメンバーであるという容疑について、緊急かつ徹底した独立の調査を行うよう、ロシア連邦政府に要求する。8人の身柄が治安部隊によって拘束されていることが判明した場合、国際人権法のもとでロシア政府が果たすべき義務に従い、刑法違反を犯したことが明らかな場合を除いて、8人はただちに釈放されるべきである。そして、「失踪」に関与したすべての人びとが、国際基準に則って裁かれなくてはならない。

 背景
ソビエト連邦の崩壊に伴いチェチェンで独立運動の機運が高まり、1994年にロシア連邦軍との間で衝突が始まった。最初の紛争は1996年に終わり、チェチェンの反政府勢力の指導者として活躍していたアスラン・マスハードフ氏が、1997年にチェチェンの大統領に選ばれた。しかし、モスクワとその他のロシア連邦の2都市で一連の爆破事件が発生した後、ロシア政府は爆破事件にチェチェンのイスラム教徒の分離主義集団が関与していると非難し、1999年ロシア連邦軍は再びチェチェンへの攻撃を開始した。その後チェチェンでは、親ロシア政権が誕生したが、チェチェンの反対勢力は政権の正統性に反対しており、反対勢力の中には依然としてアスラン・マスハードフ氏に従う者もいる。

 ロシア連邦と親モスクワ派のチェチェン官僚は、繰り返しチェチェンの状況は「正常化している」と述べているが、紛争も、紛争下で罰せられることなく広がっている大規模な人権侵害も、終わることなく続いている。これらの人権侵害には、チェチェンの一般市民に対するロシア連邦軍による強かん、殺害、「失踪」、拷問などが含まれる。チェチェンの反体制勢力もまた、重大な人権侵害に関与している。

 川上園子 社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
〒101-0048 東京都千代田区神田司町2-7 小笠原ビル7F
TEL:03-3518-6777 FAX:03-3518-6778 E-mail:ksonoko@amnesty.or.jp
ホームページ:http://www.amnesty.or.jp/


■バサーエフとマスハードフの写真をめぐって

 マスハードフについては、また別の問題がある。1月、ベスラン学校占拠事件で犯行声明を出したチェチェンの野戦司令官バサーエフと、マスハードフが一緒にいる写真が、独立派の右翼的サイト、カフカス・センターに掲載された。これについては、チェチェンウォッチの記事に詳しい。情報の元になったサイトには、ラマダン(10月中旬)の際に撮影されたと記述されている。

http://groups.msn.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=1558

 この写真が本物なのか、また、どんな状況で撮影されたかは、よくわからないが、その意図はある程度わかる。ちょうど、終戦直後にマッカーサーを訪れた昭和天皇の写真が新聞に大きく掲載されたときのように、権威がバサーエフの方にあるというアピールをすることだ。1月1日を選んでカフカスセンターが掲載したことに、それがよく現れている。

 交渉による解決が閉ざされたとき、穏健派は求心力を失い、交渉をあてにしない強硬派が力を得る。ベスラン事件のような大事件が起こるたびに、チェチェンを知る世界中の活動家やジャーナリストたちは、待ち構えていたように、チェチェンの悲惨な状況を知らせようとしてニュースを書き、インタビューを受け、集会を開く。「こんなことでもないとチェチェンは注目されない」と、そのつど痛感し、まるで自分たちが、強硬派との共犯関係にあるような錯覚に陥ってしまう。それは、チェチェンの人々にとっても同じなのかもしれない。

http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/chn/0425.htm

 結果、バサーエフがどれだけ無軌道であっても支持者はいる。圧倒的多数にはならないとしても、今でさえこの惨状。険しい。

■ベスラン事件の裏にロシア治安機関?

 ベスラン学校占拠人質事件に、ロシア治安機関将校が荷担していた。しかも将軍クラスが・・・

 最近の報道によれば、ロシア議会に設置された調査委員会は、ベスランに侵入した犯人グループの通過を黙認した将軍たちがいることを明らかにしはじめた。読売新聞が報じた。ロシア国防省はそういう将軍がいることを否定し、検察当局は沈黙を守っている。調査委員長は「間接的に」という言い方をはさんでいるので、どの程度大きな問題になるかはまだわからない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050128-00000112-yom-int

http://www.themoscowtimes.com/stories/2005/01/31/011.html

 いつものように、資質の悪いごく一部の将校が、個人的に荷担したという結論に運ばれようとしているのはわかりやすい。だが、モスクワ劇場占拠事件にも今度のベスラン事件にも、ロシア側機関が関わっているのは、どういうわけか。ベスラン事件で逮捕されたヌルパシ・クラーエフ容疑者(後ろ手を縛られてテレビの前に引き出されていた人物)の裁判のニュースも、11月以来聞こえてこない。犯人グループの全容さえわからない段階で、早くも首を傾げたくなる知らせが届いたのだった。

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