わたしの雑記帳

2008/7/18 開智学園の杉原賢哉くん(中3・14)自殺事件の判決

2008年7月18日(金)、13時15分から、さいたま地裁101号法廷で、2006年7月4日に鉄道自殺した杉原賢哉くん(中3)の両親が学校法人開智学園と学校関係者を訴えた民事裁判の判決があった。
裁判長は近藤壽邦氏、裁判官は河本晶子氏、多々良周作氏。
判決は、学校法人開智学園に対し、原告両親に22万円の支払うよう命じた。

原告代理人・木崎孝弁護士から、判決についての説明があった。
原告の主張は主に4つ。

1.欠席確認義務違反
2.全容解明義務違反
3.調査報告義務違反
4.不誠実な発言

そのうちの3.調査報告義務違反のみに対して、原告父に10万円、母に10万円、弁護士費用として2万円の計22万円を認めたという。


具体的には、
1.欠席確認義務違反については、「学校及び学校の教師には生徒が欠席した場合、生徒の身に危険が発生するような事態を具体的に予見することが可能である場合を除き、法的義務としての欠席確認義務を認めることはできない」とした。
本件の場合は、原告である両親でさえ自殺を予見できなかったのであるから、学校や教師が賢哉くんの自殺を予見することは不可能で、欠席確認をしなかったことは違法ではないとした。


2.全容解明義務違反については、原告である両親は「賢哉が目撃したという本件盗難事件について十分に調査する義務があったと主張」しているが、「賢哉は本件盗難事件の被害者ではないから、この事件の全容が解明されないことによって侵害される賢哉の利益は極めて間接的であり,不法行為法上の法的保護に値する利益とはいえないし,在学契約上の作為義務を基礎付けるものとはいえない。」として、全容解明義務を認めなかった。
「仮に,賢哉が本件盗難事件を目撃したがために,陰で生徒B や生徒C から報復的に嫌がらせを受けており,本件盗難事件の解明を求めた真意には,このような嫌がらせを中止させるという期待があったとしても,この期待の侵害を理由として不法行為や債務不履行に基づく請求が認められるには,少なくとも,被告らにおいてその時点で賢哉が生徒B や生徒C から継続的な嫌がらせを受けているのではないかと疑うに足りる十分な根拠が必要」として、認めなかった。


3.調査報告義務違反については、「学校は,在学契約に基づく付随的義務として,信義則上,親権者等に対し,生徒の自殺が学校生活に起因するのかどうかを解明可能な程度に適時に事実関係の調査をし,それを報告する義務を負うというべきである。」とし、「被告らは,賢哉と生徒B との間にトラブルがあったことを認識しており,生徒B は賢哉が窃盗事件の犯人として告発した人物であること,賢哉が生徒B の退学の可能性を口にしていたことなどからすれば,賢哉がBに対して,極めて消極的な感情をもっていたのではないかと推測することは容易であったと思われる。そして,被告らは, 7 月4 日に警察署において,原告母から,賢哉が自殺前日サッカーの授業中にサッカ一部員にボールを頭にぶつけられたと話していたことを聞いていたのであるから,賢哉が他生徒との聞に何らかのトラブルを抱えたままでいた可能性に思いを巡らすことはできたはずである。その結果賢哉に対するいじめが存在していたとすればそれを苦にして賢哉から自殺したとも考えられるのであるから,そのような調査をせずに賢哉の自殺の動機が学校生活とは無関係であるとして格別の調査をしなかった学校の判断は拙速に過ぎるといわざるを得ない。」とした。
具体的には、「被告学校法人は,生徒A や生徒B を含む生徒からの情報収集を全く行わないまま,学校生活上に何らの原因もないと判断した」ことに対して、「学校に課された重要な責任を認識していなかったか,あるいは軽視していたといわざるを得ない。」「この点に関する調査報告義務違反があったといわざるを得ない。」とした。

一方で、原告一人頭10万円(父母合わせて20万円)という金額の少なさに対する説明として、
「本件において被告学校法人が負う調査報告義務自体その内容や実効性が相当程度限局されたものであり,調査義務を尽くしても原告らが望むような原因究明結果が得られた可能性はかなり低いと考えられること,被告学校法人が,賢哉の自殺について学校に責任はないとの立場から,積極的に調査報告を実施しなかった背景には,賢哉の自殺に関して,異論の余地を認めず一方的かつ強硬に被告学校法人らの責任を追及するという原告らの態度が影響を与えたと考えられることなどの事情を考慮すると被告学校法人の調査報告義務違反による原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額は,原告らそれぞれにつき1 0万円と認めるのが相当である。」とした。


4.教頭や代表理事長らの不誠実な発言については、「賢哉の死亡の原因はすべて被告らにあるとの認識から,激しく非難し叱責を続ける原告らに対して,」「教師をかばおうとする気持ちから発せられた発言」「学校法人の代表者として,法的責任に関する学校法人の立場を明言したもの」として、「原告らの感情を害するものであったとしても不法行為と評価し得るほどの違法性があるものと認めることはできない。」とした。


4つの主張のうち、原告側がもっとも重視したのは、「1.欠席確認義務違反」。
原告弁護士は、原告側は元々、自殺を予見すべきだったなどとは主張していない。しかし、事故などの可能性も考えられるのであるから、いつもまじめに学校に来ている生徒が、少なくとも1時限目が終わって連絡もなく欠席していることがわかった時点で、自宅に連絡をすべきだったのではないかとした。
そして、原告父は、「司法の限界を感じる。全国の学校では、一般常識として、1時間目に生徒がいなかったら、自宅に連絡するのが当たり前ではないか。しかし、学校は賢哉が電車に飛び込んだ時刻に自宅に連絡してきた。」また、「小中と無欠席で、初めて学校を休んだ」「事後の対応はないに等しい。学校の対応ではなかった。欠席確認があって、賢哉と電話さえつながれば、本人と話ができたら助けられた。」と話した。
「認めてほしいところとは全然別のところが、認められた」と話した。

また、記者に「裁判は真相解明をも求めて起こしたにもかかわらず、解明されなかったことについてどう思うか」と問われて、「司法の限界」と民事裁判の反論さえわずか十数ページしか出して来ない「学校の対応のひどさ」をあげた。


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ここから、私見。

原告の杉原さんにとって、判決は納得のいくものではなかった。
もちろん、私もそう思う。一方で、学校側が全く情報を出さず、原告側に立証できるものがとても少ないなかで、ほんの一部とはいえ、学校の不法行為を認定させたという部分では、よく戦ったのではないかと個人的には思っている。
とくに、私学は公立以上に縛られるものが少なく、情報が出てこない。

杉原さんの主張する「1.欠席確認義務違反」も、小学生ならまだしも、中学生では正直いって、学校の法的責任を問うのは難しいのではないかと思っていた。まして、不登校になっている子どもにとっては、欠席確認をされることさえ苦痛になる。
ただし、本件の場合は、もちろん、賢哉くんは不登校ではなかったし、中学3年生のこの時期(7月4日)まで、ほぼ皆勤に近い出席状況で、無断欠席は一度もなかった。
そして、学校は親には、朝○○時までには欠席の連絡をするよう、義務を課している。親にだけ一方的に義務を押し付けて、学校側は親からの連絡がなく欠席した場合にも、自分たちが保護者に対して連絡をする責任について明文化しないこと自体、納得がいかない。これが別の商業的契約であれば、もっと消費者は保護されてよいのではないかと思う。教育とは、教える側が偉くて、教わる側は立場が弱い。私学とはいえ、けっして対等ではない関係が、今だ根強い。このこと自体がすでに多くの問題を含んでいるのではないかと私は思う。

2.全容解明義務違反についての裁判官の考えはおかしいと感じる。
当事者以上に、犯罪行為の目撃者や告発者が危険にさらされる確率が高いことは常識であり、当事者でないから、侵害される利害が極めて間接的などといえるはずがない。
この年齢の生徒が、いじめ等を教師に相談することはどれほど勇気がいることか、たくさんのいじめ事件がすでに語りつくしている。まして、賢哉くんは学校や教師を信じたからこそ、勇気をもって告発したのだ。「チクッた」として、報復されないように、学校側は全力で相談してきた生徒を守る義務がある。
いじめ問題では「傍観者も加害者だ」と声高に言う大人たちが、正義感をもって、他人の被害の目撃を話した生徒の訴えを放置し、かつ、その生徒が窃盗行為をしたとされる生徒を含むものから、暴行を受けたのを知りながら、やはり放置した。これは、生徒に対する重大な裏切り行為だ。
学校では窃盗事件が多発していたという。それに対して、「金を持ってこないように」「管理をちゃんとするように」と加害者を追及することを放棄して、被害者の責任だけを言及する。これは、いじめ問題で、いじめの加害者の問題には一切、手を触れず、被害者に「君にも悪いところがあるので直すように」と言っているのと同じことになる。
今では、そのような指導は、文部科学省の通達上では、あってはならないことになっているはずだが。
賢哉くんへの安全配慮のうえでも、窃盗事件の全容解明はつくされるべきものであったと思う。

そして、民事裁判は原告側が被告側の不法行為を立証しなければならない。学校が情報を出さなければ有利になり、情報を出せば不利になる。報告義務を果たしていないからこそ、その他の義務違反を立証することさえ原告側はできない。
裁判における大きな矛盾だと思う。



3.調査報告義務違反について、なぜ、生徒A、生徒Bに対する情報収集だけに限定されるのか。生徒間暴力が自殺原因のひとつであることは十分に考えられる。しかし、多くのいじめ事件で、あるいはシゴキ事件でも、最終的に死にまで追い詰めているのは、むしろ教師の言動であることが多い。勇気を出して相談したのに、とりあってもらえなかったばかりでなく、「お前が悪い」と返って責められたときに、子どもたちは、世の中すべてに対して絶望する。大人がこれでは、もう、SOSを出しても無駄、救いはないと、将来に対する希望が見出せなくなる。
そして、宣誓をした裁判の証言のなかで、「調査をした」という証言が嘘であることがわかっても、責任を追及されることもない。
また、調査報告をしなかったのは、まるで原告側の言動に原因があるかのような学校の言い分をそのまま取り上げている。
最初の窃盗事件のときに調査することと賢哉くんやその保護者に対する調査報告義務を怠って、賢哉くんを追い詰め死なせた。
賢哉くんの死の直後から、学校は自分たちの知っている情報を出そうともせず、誠意ある対応、態度を見せなかった。
だから、原告両親は怒ったのであって、本末転倒もいいところだ。

そして、ほとんどの学校事故・事件をみれば、学校は隠すところだということがいやでもわかる。保護者が大人しかろうと、関係がない。むしろ、黙って泣き寝入りをしていれば、それをよいことに自分たちの都合のよいように、事実さえ捻じ曲げてしまう。


4.学校関係者らの不誠実な発言も同様で、ひとり息子を亡くした原告に対して、「売り言葉に買い言葉」ということ自体が常識を外れている。まして、昨日まで元気に家族団らんしていた子どもが、学校のなかでいくつかのトラブルをかかえるなかで、自殺をしたのだ。まずは、親から言われなくとも、学校が自分たちの対応に問題があったのではないかとまずは反省し、謝罪するのが当然ではないだろうか。こういう言動をとる学校関係者が、では、原告側が大人しければ、誠実な対応を見せたかと言えばけっしてそうは思えない。
裁判所は「被告Aが突然出て行って暴言を吐いたというような場面ではない。」「被告らが原告らからの叱責を受け止め,原告らの要求を受け入れていたという状況から一転して」と認定しているが、どれくらいの時間、具体的にどのような要求を受け止め、受け入れたというのだろう。わずか数分、あるいは数時間で一転するものを誠意と呼べるだろうか。むしろ、原告の怒りを静めるために最初は少しはがまんしたが、すぐに耐え切れなくなって、本音が出てしまったというのが本当のところではないだろうか。


杉原さんは「司法の限界」と何度となく口にした。杉原さんは事件以前から専門的な法律知識をもっている。そのひとが、現実の裁判のなかで、「司法の限界」を感じている。
しかし、現実の壁を突破しようとして、頼ったのが民事裁判。学校のなかで、あるいはその人間関係が原因と思われるなかで、子どもが死んだとき、親が、わが子に何があったかを知り、その名誉を挽回し、少しでも謝罪なり補償なりを受けるためには、どのような方法があるのか、国に示してほしい。
命が亡くなるという最大の人権侵害に対して、この国はなす術を本当にもたないのだろうか。これからも、もとうとはしないのだろうか。


なお、杉原賢哉くんの事件については、サイト内リンク me070419 me070922  me080214

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