わたしの雑記帳

2008/5/29 自閉症児Nくん転落事件、勝訴判決


2008年5月29日、東京地裁八王子支部401号法廷で、自閉症児Nくん転落事件(平成18年(ワ)第2354号)の判決が出た。
裁判長は河合治夫氏、裁判官は桑原宣義氏、佐藤哲郎氏。
冒頭に、テレビカメラの画像収録があった。
裁判長は主文のみ読み上げた。被告の
小金井市に約397万円の損害賠償を命じる。両親の損害に対する請求は棄却。被告の元担任と、元校長に対する請求も棄却。
しかし、金額的にも、十分な勝訴判決といえる。

裁判後の記者会見に同席させていただいた。ただし、私はマスコミ関係者ではないので、判決文は手元にない。
原告代理人弁護士の清水建夫氏から概要を聞いた。

判決理由書は約100ページに及ぶ。
裁判所は、Nくんのけがを、高窓からの落下と認定した。そのうえで、自閉症児童がその障がい特性から、「そんなに入っていたければ入っていなさい」という教員の指示を理解することができずに、大声で叱られたこと、扉を閉められたことで、不安や混乱に陥り、倉庫から逃げ出そうとして窓から出ようとすることは推認できたとして、予見可能性を認め、身障学級の教師としての過失を認定した。

賠償金役397万円のうち、約300万円が慰謝料。けがの治療費はすでに学校の保険から支払われている。そういう意味で、学校側の過失の割合がかなり認められたものと思う。
市側が主張していた過失相殺は認められないとした。

一方、両親の請求は、多くの場合、子どもが亡くなったり、亡くなるに等しい重度の障がいが発生した場合に過去の判例としては認められている。また、担任、校長の個人としての責任は、やはり公務員ということで、認められなかった。
しかし、少なくとも裁判のなかで、事故についての具体的に説明させることができた。そして、身障学級の担任として配慮が欠けていたことも明らかになったという。

原告のNさんは言う、「裁判を通じて、自閉症や障がいのある子どもに対する教育はどういうものであってほしいかを説明してきた。障がいのことを理解して出してくれた判決だと思う。これを聞けて、ここまでやってこられてうれしかった」と話した。
一方で、
「事故が起こったときに知りたかった」「亡くなっていても不思議ではない事故だった」「起きてしまったときに認めて、きちんと謝ってほしかった」「学校、教育委員会は、事実が明らかになってきていたのに、頑なに認めなかった」「悪いことをしたら謝りましょうと教育している現場が、そうしたことに驚いた。」と言う。

学校は障がいのある子どもの一番弱いところに対して、責任をもっていった。事故報告書の冒頭には「自閉症でNくんが説明できない」と書かれており、まるで、説明できないことに問題があるかのような書き方だった。
校長の報告書は公平性客観性を欠いたいた。事実が出ているのに「わからない」と言う。

「なぜあんなに頑なに、窓から外に落ちたことを認めようとしなかったのか、わからない」と言う。
両親は、もともと裁判など考えていなかった。担任教師から、一輪車のラックから飛び降りてけがをしたと最初に説明を受けたときにも、息子は多動なのでそうなのだろうと思っていたという。
しかし、違う事実が次々と出てきた。目撃者が出てきたり、担任はNくんの上履きの片方を外で拾ったと話しにもかかわらず、警察の実況見分では、上履きは倉庫の中にあり、担任は何も言わなかった。また、一輪車が倒れていたとうそをついていたことも判明した。わかっていることさえうそをついた。
そして、刑事事件で不起訴になると、認めていたことさえ否認に転じた。どこで事故が起きたかわからないという。

学校の中でのけが、とくに多動な障がい児にとって、転んだり、ぶつけたりすることは、まれではない。100%起こらないようにするのは難しい。起こったときにに丁寧に、真摯に、調査して説明してほしい。それがされなかったことが裁判を起こした最大の理由と言う。
「あやまるところは謝り、次にどうしたら起きなかったろうと考えてほしかった。学校がそれをするのが難しかったなら、教育委員会がすべきだった」と話した。

こんな不誠実な対応に、やむを得ず裁判を起こした。
わが子のためだけでなく、障がいをもった子どもたちのためにも提訴しなければならないと思ったという。
障がい学級をもつ先生、校長は、危険と結びついているんだという危機感をもっと感じてほしい。
自閉症の子は一人ひとりが違う。そのことを先生方に理解してほしい。
今回、
身障学級の教師には通常以上に高度な注意義務が生じることが判決文のなかでも明文化されていたという。裁判を起こした意味はあったといえる。

この裁判は、当事者であるNくんが状況を説明できないという意味で、難しい点があったのではないかと思う。ただ、現場の状況面では、倉庫の構造上、窓からの転落の他に考えられる可能性が低く、立証しやすかった点が幸いした。
それでも、刑事事件では不起訴になっている。Nくんが自閉症でなければ、多少の過失相殺はされたかもしれないが、児童を倉庫に一人閉じこめ、パニックになった児童が窓からの脱出を試みて転落したという、逮捕監禁罪や過失致傷罪に問われたのではないだろうか。

そしてもし、両親が決意して声をあげなければ、教師の不適切な対応による窓からの転落事故ではなく、一人遊びをしていた自閉症児童が一輪車のラックから転落して、たまたま打ち所が悪くて大けがをした不幸な事故で終わっていただろう。
命を失う可能性さえあった、二度と起きてはいけない教訓として残すべき事故が、日常茶飯事の小さなけがにすり替えられてしまうところだった。その結果はどうだったろう。学校・教師には反省が生まれず、事件が公にならないことで、自閉症児童への間違った指導のあり方、柵のない窓から転落する可能性、危険性が問題になることもなかった。
今回、担任教師の工作と、それを隠蔽しようとした校長の対しては、犯罪行為に等しいものとして、行政を通じてしっかりと指導していただきたいと思う。

なお、このページの一番下、2008年1月24日付けに、裁判傍聴報告と、他の障がい児の裁判例を載せているので、参照していただけれぱと思う。



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