わたしの雑記帳

2005/5/25 ブラジルで起きたバスジャック事件のドキュメンタリー映画「バス174」


昨日、社団法人アムネスティ・インターナショナル日本主催の「バス174」の試写会に行ってきた。
この映画は、2000年6月12日、ブラジルのリオジャネイロで起きたバスジャック事件の当時のテレビ中継映像と、事件後の元人質たちのインタビュー、犯人の青年サンドロの周辺の人びとにインタビューしたものとからなりたっている。
上映後は、「ミニシンポジウム」と題して、「路上の瞳」(現代企画室1999年12月10日初版 2200円+税)の著者である木村ゆりさんと、保護観察の子どもたちの更正に取り組んでいるBBS会の会長・柴香里(しぱ・かおり)さんのお話があった。

この映画は私にとって2つの意味があった。
1つは、2000年5月3日におきた佐賀の17歳の少年によるバスジャック事件との対比。何でも日本の状況にひきつけて考えてしまうのは、わたしの悪いクセかもしれない。先入観をもって観てはいけないと思いつつ、映画を観ている間、私の脳裏には平行して、日本で放映されたバスジャック事件の生中継の映像と、1年後くらいにあるテレビ番組が元人質たちの証言をもとに構成した再現フィルムとが同時に流れていた。
改めて気づく。日本のバスジャック事件と、ブラジルのバスジャック事件は偶然にも、同じ2000年に起きている。わずか1カ月ほどしか違わない。そして、もちろんブラジルの元ストリートチルドレンである犯人の青年が、日本でのバスジャック事件のことを知るはずもない。

もう1つは、世界子ども通信「プラッサ」発足のきっかけとなったという1993年におきたブラジル・カンデラーリア聖堂前での路上生活する子どもたちへの警官による虐殺事件の想起。サンドロは、この時の生き残りだったという衝撃の事実。当時、私はまだプラッサの活動に参加していなかったが、プラッサのバックナンバーで、そしてメンバーとの会話のなかで事件のこと、そして事件を世界中に伝えようとしている女性・イボネさんの思いをたびたび聞かされていた。写真でしか知らなかったイボネさんに、私はこの映画のなかで、“会う”ことができた。
( http://www.jca.apc.org/praca/back_cont/01/01ivone2.html  
  http://www.jca.apc.org/praca/back_cont/01/01ivone.html   参照 )

日本のバスジャック事件との対比ということで言えば、動機はまるで違う。元々、バスジャックを計画して佐賀発福岡・天神行きの西鉄定期高速バス「わかくす号」に乗り込んだ日本のバスジャックの少年。一方で、ブラジルではけっしてめずらしくないバス強盗として乗り込んだ青年が、退き際を誤り、逃げ道をなくして、バスに立てこもらざるを得なかったブラジルの事件。
しかし、共通点も多い。警察官、特殊部隊の包囲。押し寄せた大勢のマスコミ。事件は生中継され、国民が固唾をのんで見守った。男性を降ろして人質は女性のみ。警察とのにらみ合い。状況はこう着し、日本の事件では15時間半、ブラジルの事件では5時間、解決までに時間がかかっている。そして、人質が犠牲になってしまったという最悪の事態。

サンドロの過去は悲惨だ。父親は顔も知らない。母親は彼が子どもの頃、目の前で殺されている。祖母の家を出て路上暮らしを始めた。たどり着いたのは、カンデラーリア聖堂前の広場。ここで、多くのストリートチルドレンたちと寝食を共にしていた。
多くの国のストリートチルドレンたちがそうであるように、ドラッグが子どもたちを蝕んでいく。一時の快楽を与えてくれることとの引き替えに、路上生活から抜け出せなくさせる。ブラジルでは「コーラ」と呼ばれる接着剤。「(1995年当時)コーラは今やブラジル全土に広がっている。サンパウロやリオはもとより、各州の地方都市ですら、路上で暮らす子ども達の90パーセント以上はコーラを常習している。」(「路上の瞳」より)
そして粗悪な麻薬。「麻薬を研究する医師によれば、クラッキはコカインよりも早く中毒に陥る傾向があるという。というのは、クラッキは粗悪であるがため、効き目が早く消失し、使用者はその効果をより得るために、回数を重ねて吸うようになってしまうというのだ。その結果、体や精神へのダメージも急激に大きくなるという。」(同上)
こうしたドラッグは、幻覚を見せたり、子どもたちを暴力的、攻撃的にさせる。

木村ゆりさんによれば、ドラッグ中毒に陥った子どもたちは、生活のための盗み以外に、ドラッグを買う金をつくるための犯罪を重ねるようになる。万引きやひったくりから、路上強盗まで。ドラッグを得る金をつくるためなら、時として、人を傷つけること、殺すことさえ厭わなくなる。マフィアたちは、ストリートチルドレンたちに、最初はやさしい言葉をかけ、食べ物を与えて、無料でドラッグを与える。中毒に陥った頃あいをみて、金をとりはじめる。金が払えなければ、売人として使う(このあたり、日本でもまるで同じ状況がある)。そして、たまったツケが払えなくなったり、売人としても役に立たなくなると、口封じをかねて殺してしまう。

生活のためではなく、ドラッグのために大金を必要とし、そのための手段を選ばない子どもたち。町中から嫌悪の対象となる。一方で、「他に職がなければ警官になる」という、安い給料でこき使われる警官たちは、警官になっても教育の機会さえろくに与えられない。商店主らから排除のための金をもらって、あるいは自らのストレス発散として、路上の子どもたちに暴力を振るう。
アムネスティの映画チラシによれば、「公式発表によると、サンパウロ州では警官により915人が殺害されており、前年比11パーセント増である。リオジャネイロ州では1月11月までで、州警察により市民1195人が殺害され、32.7パーセント増加した」とある。いつの時点での公式発表なのかは書いていないのでわからないが、木村さんによれば、1993年の大虐殺のあと、世界の非難を浴びたこともあって、1994年あたりからは表立っての殺害は少なくなったという。もちろん、殺さないまでも、暴力や子どもたちの持ち物を焼く、レイプなどは日常的にあるという。

夜、路上の子どもたちが寝ているところに、警官がこっそりと忍びよって、コンクリートブロックで頭を割って殺害するという事件はそれ以前からあった。その日は昼間、暴力を振るって子どもたちに反撃を受けた警官が夜、銃をもってあらわれた。暗闇のなかでいきなり、銃を乱射して7人の子どもたちが殺害された。少年だったサンドロも、その場にいて、仲間が次々と死んでいくのを目の当たりにした。母親に次いで、目の前で大切なひとを殺された。サンドロ自身も死の恐怖を感じたことだろう。

映画では、サンドロが過去に犯した強盗などの罪で収監されたという監獄の状況を映し出していた。定員の3倍以上もの人間が詰め込まれ、寝ころぶスペースさえない。半分が立って、半分が交替で寝るという劣悪な環境。ワイロの横行。金をもつマフィアだけが優遇され、金のないものは見せしめに酷い目にあう。毎日、当たり前のように繰り広げられる暴行。監獄のなかで、囚人たちは反省ではなく、怒りの心を募らせる。
事件になったとき、二度とあの場所にだけは戻りたくはないという切羽詰まった恐怖が、サンドロの心を支配していたかもしれない。

そんなサンドロにも、まともに人生をやり直したいと思う時期もあった。地道に働いて家庭をもつという、ささやかな夢。その夢さえ叶わなかった。教育を受けていないことで、読み書きさえできない。職業体験もない。まともな職につきたくとも、すでに経済が崩壊しているブラジルで、元ストリートチルドレンが働く場所はない。強盗などをして日銭を稼ぐしかなかった。
そのサンドロは、母親と慕い、親子のように一緒に暮らしたことのある女性に、「いつかテレビに出て、世間の注目を浴びるようになりたい」と言ったという。その時は、自分が将来、バスジャック犯として、世間を騒がせるなどとは思ってもみなかっただろう。ひとから認められてこなかった。愛を実感してこなかった。自己価値の低い少年が、世間から認められることで、自尊感情を取り戻したいと思ったのではないか。

奇しくも、日本のバスジャック少年も、当初は動機について語りたがらなかったが、事件から日がたつにつれ、次のように述べたという。「まず、少年は、捜査本部の調べに対し、『昨年5月に高校を中退してから世間をアッと驚かせたいと考えていた』と事件に至る心境を語り、事件が発生した5月3日に入院先の病院から一時帰宅した時のことを『世間の雰囲気が気に入らなかった』と供述した。また、動機については『派手なことをして、社会に自分をアピールしたかった』と供述し、『バスジャックでなくても、何か目立てばよかった』ともらしたという。」(「17歳のこころ −その闇と病理− /片田珠美著/NHKブックス2003年7月30日発行)

世の中から見捨てられ、監獄のなかで怒りの感情をふくらませたであろうサンドロ。一方で、時限が違うと言われてしまうかもしれないが、本人にとっては生死を分けるほど辛い「いじめ」を体験し、入院先の国立療養所のなかで、さらに怒りを募らせていたであろう日本の少年。それなりに、やって行こうと思ったことはあった。しかし、厳しい現実の前に挫折してしまった。世間への怒り、自分への歯がゆさ。

そして、私がいちばん「偶然の一致」を感じるのは、人質になった女性たち。
「このバスのなかで一番不幸なひとは誰だかわかる?それはあなたよ」。サンドロに向かって、そう言った少女。
西鉄バスのなかで、少年に刺されひん死の重傷を負った女性は、それでも少年のことを憎みきれなかった。同じセリフこそなかったが、彼女の胸にも同じ思いがあったのではないだろうか。事件の検証を行ったテレビの特別番組で、女性は言った。「絶対に死ねないと思いました。私が死んだら、少年を殺人犯にしてしまうから」と。

サンドロには、少女の思いが通じた。日本の少年には、それが通じなかった。その分、病理は深かったのではないか。
極限の状態のなかでも、ひとを信じる、信じない。2人の違いはどこから来るのだろう。それまでに築いてきた人間関係にその鍵があるのではないかと考える。
サンドロは過酷な境遇のなかで、それでも実の叔母、母と慕う女性、ストリートチルドレンを支援するイボネさん、そして路上の仲間たちと濃密な関係を築いてきた。そのなかで、ひとを信じること、ひとの思いを受けとめることを学んできたのだろう。

一方で、日本の少年は孤独だった。学校でのいじめ。誰も彼に味方するものはいなかったのだろう。そして、教師も助けてはくれなかった。傷つかない人間関係を求めて、ネットにはまった。そこでも、ネットの匿名性のなか、無責任な発言、悪意がうずまく。認められたいのに、認められない。彼の攻撃性はふくれあがった。
両親は彼を愛していたかもしれない。しかし、彼を恐れ、腫れ物を扱うように接した。人と人との生の感情のぶつかり合いはどれだけあったのだろうか。自分たちの手には負えないとして、専門家に預けた。切り捨てられたと少年は感じたのではないか。
そして、病院のなかでは、観察するものとされるもの。けっして対等にはなり得ない。どんなに優しげな言葉をかけられたとしても、心から信頼する気にはなれなかっただろう。
希薄な人間関係のなかで、自らも信頼されて、ひとを信じるという経験を積んで来なかった。
少年は精神鑑定の結果、「解離性障害」と診断されて、医療少年院に送致された。果たして、「治療」できるものなのか、あるいは、本当に「治療」の対象とされるべきもなのか、わたしにはわからない。
どちらが人間として不幸だったか。幸不幸を誰かと比較することは意味がないと思いつつ、経済的には恵まれていても、日本の少年のほうが不幸なのではないかという気にさせられた。

これから映画を観ようという人のためには衝撃のラストについて言及することは避けたいと思う。しかし、殺害された少女はけっして、ストリートチルドレンに無関心な人間ではなかった。自分自身も同じような貧しさのなかで育ち、そのなかからようやく平凡で幸せな人生を手に入れていた。いわば相対する人間ではなく、サンドロの側の人間だった。そのことをサンドロは知らなかった。
そして、佐賀で殺害された女性もまた、子どもたちの問題に真摯に向き合っていた、子どもたちの側に立っていた人間だったという。疲れて眠り混んでしまい、バスのなかの状況が掴めていなかったため、少年の指示にすぐに反応することができなかった。それをわざと寝たふりをしていたと感じた。怒りに任せて手にかけた。
自分たちをここまで追い込んだ、本来、復讐すべき相手ではなく、自分より弱いもの、そして自分たちを理解しようと手を差し伸べる人間に対して、凶行が及んでしまう悲劇。世の中の不条理がある。

ブラジルのバスジャック事件と日本のバスジャック事件。合わせ鏡のように、わたしには見えた。
そのなかで、疑問点も生まれた。
何度もチャンスがありながら、多くのマスコミが注目したことで狙撃することができなかったブラジルの警察。日本の警察も、もし、マスコミが生中継していなかったとしたら、世間の目がなかったしたら、15時間半という時間をかけずに、少年を狙撃して終わらせただろか。
自らバスに立てこもりながら、誰よりもバスから出たいと思っていたサンドロ。一方で、日本の少年はどうだったのだろう。バスから出たかったのか、それとも、ずっと誰かを盾にして、閉じこもっていたかったのだろうか。

日本はまだ、何とか経済水準を維持している。しかし、将来の保証はない。人びとの暮らしとともに、その感情をも支えている経済。その経済が崩壊したとき、ブラジルと同じ状況が起きるのではないか。先進国だと胸を張っている今の日本に、少年たちの凶行を止められるノウハウは何も蓄積されていないのではないかと懸念する。
不確かな時代を前に、私たちが今、なすべきことはたくさんある。

********

「バス174」は6月4日(土)から7月29日(金)まで、ライズX(エックス)(渋谷公園通りパルコ3前・ライズビル)にて上映される。ぜひ、ご覧いただきたい。
詳細は、インフォメーションコーナー(http://www.jca.apc.org/praca/event.html)にて。




HOME 検 索 BACK わたしの雑記帳・新