わたしの雑記帳

2004/5/13 「空海と高野山」展


今日、上野の東京国立博物館で16日まで開催されている「空海と高野山」展をみてきました。
先日、父の納骨で京都に行ってきて、久しぶりに広隆寺に行って、仏像たちと再会してきました。いろんな思いがよぎりました。この寺へは、今は亡き私の祖父と一緒に何度か訪れたこともありました。仏像に再会したことで、思いがけず、祖父の思いでとも再会しました。

大学時代、友人と旅行して仏像についていろいろ教わって以来、仏像鑑賞が趣味になりました。
何百年の時を経て、出会えたことの奇蹟。そして、おそらく私が死んだあとも生き続ける彼ら。
人の顔と名前をなかなか覚えられない私は、仏像もどんなにしっかりと脳裏に刻み込みたいと思ってもすぐに忘れてしまいます。観るたびに新たな仏像のような気がしてしまいます。かといって、カタログや絵はがきを買っても、そこに写っているのはもはや別ものなのです。いつの間にか、絵はがきのイメージにすり替わっていることがあって、再び観に行ったときに、そのギャップに驚くことさえあります。

20年近く前、結婚して間もない頃、仕事の休みがとれたので、2月にひとりで高野山の宿坊に泊めてもらいに行きました。時期が時期だったので、山全体が閑散としており、宿坊でも、なんとなく訳有りに見られているような感じでした。陳列されていた仏像の整った全身、残る色彩のあでやかさ、神々しさ。山全体の持つ神秘的な雰囲気のなかで、いっそう印象深いものとなりました。
その後、やはり上野の東京国立博物館で弘法大師展と密教美術展が開かれたときに、行きました。
そして今回が3度目。

元々、宗教心ではなく、美術鑑賞としてみる私です。最初の頃は寺の薄暗いなかで、遠く離れていて細部までは見られないものが、間近で見られることに感動していました。なかには秘仏として、寺を訪れても一般の参拝客には見せてくれず、檀家や何年、あるいは何十年、何百年に一度、虫干しや改築時に見せてくれるものもあります。
しかし今回、京都の寺に行ってきたばかりだから、なおさら思うのでしょうか。やはり仏像は寺に在るのがふさわしいと感じました。常設展に置かれていて、帰る寺のない仏像がなんだか可哀想に思えました。

私は特定の宗教を持っていません。でも信仰心がないわけでもありません。どんな宗教であれ、信じる心を尊いものだと思っています。私にって仏像は単なる美術品ではなく、多くの人々の信仰の対象としての美に心惹かれるのです。
最近、自分のこの気持ちにぴったりの言葉と出合いました。「ハイヤーパワー」という言葉を本のなかでみつけたとき、私のこの信ずる気持ちにようやく名前がつきました。人智を超えた存在というものを小さい頃からずっと、私は今でも信じ続けています。

その時の気分で、同じものを見ても違ってみえることがあります。それは私のその時の気分が反映されたものなのでしょうか。あるいは年とともに、目が開かれていったと自負してもよいのでしょうか。
私は仏像のなかでも、憤怒形が好きです。とくに不動明王が好きです。理由はよくわかりません。
今回、私は仏像のなかになぜか、哀しみをみました。特に運慶作の仏像のなかに、今にも泣き出したいような哀しみと苦悩を感じました。それは不動明王のなかにも強く感じられました。
もしかすると、犯罪被害者の人たちの感情を重ねて考えているのかもしれません。理不尽に子を殺された親たちの顔が憤怒の形相にだぶって見えました。そこには怒りだけでなく、強い哀しみがあります。そして他の雑念が入る余地のない神々しさ。さらにそこには、祈りの心があります。

不思議なことに、哀しみを感じるのは運慶の作ばかりです。快慶の作には神々しさ、慈悲の心が感じられましたが、哀しみは感じませんでした。そしてなぜか、写真の仏像からも、同じものでありながら感じることができませんでした。

前にカタログを購入していることもあって、今回は買いませんでした。同じ仏像であっても、まったく同じ感情をもって観ることは二度とないでしょう。きっと、人と人との出合いのように、一期一会なのです。そして、会いたくなったら、また高野山にでも、会いにいけばいいやと思いました。

昨年は本の執筆やジェントルハートの活動その他に追われていたこともあって、趣味的なものをだいぶセープしていました。今も、未整理の資料が山のようにあります。早く、これを他のひととも共有できる形に持っていきたいという焦りがあります。やりたいこと、やらなくてはならないと思っていることがいっぱいあって、逆にどれも手が付きかねているような状況です。博物館などに行っている時間はないと4月から、同展が開催されているのを知りつつ、躊躇していました。もうあと数日という時になって、やっぱり行きたい、でないと後悔しそう、そう思って重い腰をあげました。

迷ったときには、自分が動くほうを選択する。何もしなかったと後悔するよりは、動いてその結果を悔やむほうがいい。それを信条にしてきました。いつの間にか、動きが鈍くなっていたようです。
そして、近視眼的になるとものごとはかえって見えにくくなる。時には全部忘れて、離れてみることも必要。いつも使わない心の部分を刺激するのは大きなプラス。そう思って、演劇なども見に行っていましたが、経済的なこともあり、前ほどは頻繁に心の休養と栄養をとりには行けなくなりました。
こうやっているうちにきっと、どんどん心が固くなっちゃうんだ。
ひとつのことを追い続けることも大切。でも、自分で自分を狭めないように。心の栄養はとれるときにしっかりとっておこう。それがきっと次に戦闘準備にはいったときに、私の体力となっているはず。

忘れないために、雑記帳に書くことにしました。




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