東裁判は、
日本の歴史認識をテストするバロメータ

1998年3月12日、
第10回公判報告集会での発言

劉 彩品


東さんは南京で最も有名な日本人ではないかと思います。 多くの人が東さんのお名前を知っています。 80すぎの知合いに、 東さんの裁判で出てくる自動車の車種のことを訊ねようとして、 「トン・スーラン(東史郎の中国読み)・・」と一言いっただけで、 説明せずに分かってくれました。 同僚の小学生の孫も、「トン・スーランのこと知っているよ」と言います。 東さんの裁判が敗訴になったニュースは、『人民日報』をはじめ、 『解放日報』、『南京日報』、『中央電視局』、『南京電視局』と様々な新聞、 テレビ局で報道され、裁判支援の要請が中国の新聞で報道された時、 南京の市民は熱心に資料、情報を提供しました。

何故、中国で東さんのことがこれほどの反響を呼び起こしているのでしょうか。 東さんに対して感動的な記憶をもっているからです。 1987年、50年ぶりに南京へ来た東さんは南京大虐殺記念館を訪れました。 記念館は多くの南京市民が集団虐殺された場所に建てられています。 その場所で、東さんは跪き「南京人に謝罪します」と言いました。 いつまでも跪いている東さんを見て、記念館にいた中国人は感動しました。 新聞記者はそれを記事にし、その記事を見た私たち、 南京に住む者も感動しました。

60年前、日本を離れる東さんたちは、日本帝国の皇軍でしたが、 上海に上陸した途端に「日本鬼子(リーベンクェイズ)」、鬼になりました。 南京で大虐殺をした彼らを中国人は、「獣兵」と呼ぶようになりました。 60年後、かつて中国人を殺した現場に跪いて南京人に謝罪した東さんを、 中国人は「人間」として見るようになりました。 その東さんが日本の法廷で敗訴になった後、中国の新聞では、 「勇気ある元日本兵・東史郎」と報道しています。 日本軍の暴虐を暴露し、自己の犯した罪を反省した東さんを、 中国人は歴史を「尊重する人」として賞賛し、 友人として見なすようになりました。

1980年代に入って、日本では教科書問題、首相、閣僚の靖国神社参拝、 南京大虐殺を否定するなど、 中国人の感情を逆なでするような動きが次々と起こりました。 中国人の目には、そのような動きは、「第二次の虐殺」、 「再度の虐殺」とうつります。 過去の記憶を呼び覚まし、再び憎悪を駆り立てるのです。 怒りと軽蔑を込めて「日本・自己の犯罪を認めようとしない国家」(江蘇出版社) と言われるようになった。 そのような日本で進行する東さんの裁判を中国の人たちが支援し、 重視しているのは、不当な扱いを受けている友人への支援というだけではなく、 歴史を尊重する一人の元兵士が 日本の社会でどのような処遇を受けるのかに注目しているのです。

先ほど丹羽弁護士が、アメリカ・カナダから届いたファックスを見せましたが、 東裁判はいまや国際的に注目されています。 東さんが一審で敗訴になった時、 所謂”自由主義史観”を標榜する者たちが我が意をえたりとばかりに 「南京大虐殺がなかったことが証明された」かのように書き立てましたが、 それは世界の常識をもっていない犬の遠吠えのようなものであります。 東裁判によって南京大虐殺が証明されるなど誰も思っていません。 南京大虐殺が事実であることはもはや世界の常識です。 世界の人々が東裁判に注目しているのは、 この裁判が今日の日本国・日本の司法・日本社会の歴史認識をテストする バロメータであるからである。

東裁判は、東さんの『わが南京プラト−ン』に書かれていることが”真実か否か” を争っているかのようにみえますが、 敵(橋本の黒幕)の本意は”真実か否か”ではありません。 彼らは、東さんのような元軍人が次々と現れ、 いままで嘘を包んできた紙が燃えてしまうことを恐れているのだと私は思います。 東さんが真実を語り始めたら、 福知山20連隊の戦友会はすぐず東さんを除名しました。 偕行社も「南京大虐殺の虚構」を証明するために兵士達の証言を取ろうとしたが、 証言の多くが、確かに非道い事をしたことで、 「中国人にお詫びしなければならない」 という偕行社にとって大変皮肉な結果になった。 彼らは、半世紀以上、包み隠してきた数々の残虐非道な暴挙が暴かれるのを恐れ、 東さんを裁判にかけて、破れかけている包み紙を補強しようとしたようです。 心に憲兵の服をきた(と東さんが言っている)人たちの意に反して、 紙の穴をどんどん広げることが、 日本のアジア侵略の犯罪事実をあばくことに繋がります。

東さんに始めてお会いしたのは、 1996年12月東京高裁の810号法廷でした。 傍聴席は、白髪のおじいさんが目立っていました。 偕行社の元軍人達と後で聞いた。東さんの支援者はわずか数人でした。 その時、東さんは「私は3年間、丹後から東京まで一人で通いました」 と寂しく言っておりました。 一年過ぎて、今日の810号法廷の東支援団は100人を超え、 偕行社のおじいさん達を廊下に閉め出しました。 東さんはもう一人ではありません。 大勢の方が支援しています。支援の輪は確実に広がっています。 日本のみならず、世界に広がろうとしています。

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