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ものづくりエッセイ

京都ものづくり塾塾長 滋野
週刊京都経済 連載記事

第1回 ものづくりのまち京都

京都ものづくり塾塾長である滋野が週刊京都経済に、「京都のものづくり」に関する連載記事を寄稿いたしました。発行元である京都経済新聞社様のご好意により、ものづくり塾のホームページ上でも掲載するはこびになりました。みなさんも、この記事をお読みいただき、京都のものづくりに関してじっくり考えていただけるきっかけにしていただければ嬉しく思います。

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第1回 ものづくりのまち京都

京都は「職人のまち」そして「ものづくりのまち」である。そういった場合、多くの人は「伝統産業」のことを連想されるであろう。

西陣織や、京友禅、清水焼、京菓子、京仏具などの伝統産業は皇族や貴族、為政者、家元や豪商といった「目の肥えた」人たちの要求によってそのレベルを高めてきた。今もなおこういった伝統工芸品がその技術、品質、意匠で高い評価を得ていることは周知のとおりである。

一方で、京セラやローム、村田製作所、堀場製作所、任天堂、ワコール、日本電産といった先端技術や、独創的な製品によって今日、国際的にも高い評価を得ている企業が京都には集積している。

伝統産業と先端産業、一見無関係に見える両者は、実はその技術の継承と応用・革新、また、厳しい目利き、ものづくりへの思い入れといった点においては、形を変えながらも連綿と受け継がれてきているように思うのである。私が京都を「ものづくりのまち」と位置付ける理由がそこにある。

これは、古くから文化伝統が息づき、諸工業が栄え、その技術を競っていたという歴史と蓄積、また、保守的且つ「目が肥えている」という土壌の中で、中途半端なものや、既存のものと競合するものは排除されるために、独創的なことをするよりほかなかった、という精神風土から来ている。このことが京都に「産業の伝統」と「ものづくり文化」を作り上げてきたのではないだろうか。

しかし、伝統産業はライフスタイルの劇的な変化のなかで、元来持っていた「革新性」を発揮できないままに衰退し、先端産業は本社こそ京都にあるものの、生産拠点はどんどん他地方・海外に流出している。そのためか、いくら先端技術を以って「京都企業」が株価10000円以上の高値で推移していても「京都に密着した文化を形成している」とはいいがたい状態である。

そんな、京都の「ものづくりのまち」としての衰退の危惧から、「産業の伝統」や「ものづくり文化」を地域経済や文化、また京都のまちの活性化につなげたいと思い、市民主体のボランタリーな活動が出来ないものだろうか、という視点から立ち上げたのが、現在主宰している「京都ものづくり塾」である。

次回は、「京都ものづくり塾」を企画し、立ち上げるに至った過程を述べていきたいと思う。

参考文献
石川昭・田中浩二『京都モデル』



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