「地方分権」=幻想の中の米軍用地特措法「再」改悪

                     弁護士  松島 暁

  1.  一九九五年九月四日の米海兵隊員による少女暴行事件を契機に繰り広げられた沖縄のたたかいを今の時点(九九年四月)で振り返るなら、三つの大きな舞台があった。
     第一は、大田沖縄知事の土地・物件調書への代理署名拒否とそれに対する国の職務執行命令訴訟、第二が、軍用地の強制使用の是非の問われた沖縄県収用委員会での公開審理、そして第三が、普天間基地移転にともなう海上ヘリ基地の企みとそれに反対する名護市民のたたかいであった。
     第三の海上ヘリ基地については、住民投票運動を通じその狙いをほぼ挫折に追い込んだ。第一の職務執行命令訴訟は、九六年八月二八日、最高裁において大田知事の敗訴が最終的に確定はしたものの、楚辺通信所では米軍(国)の不法占拠を招来し、その他の軍用地でも期限切れ必至の情勢を生み出した。第二の公開審理の結果、九八年五月一九日、国から出されていた権利取得申請・明渡裁決申立について、一部却下(一三筆)の決定を下した。
     第一の代理署名と第二の公開審理は、いずれも米軍基地のための土地使用・収用手続きにおける「機関委任事務」制度、即ち、都道府県知事に委ねられた「代理署名権限」と収用委員会の「裁決権限」を用いたたたかいだった。ところが、これが大きく変えられようとしている。地方分権一括法案における米軍用地特措法の再度の改悪である。
  2.  九七年四月の米軍用地特措法改悪は、すでに不法占拠に至っている楚辺通信所と期限切れ必至となっていたその他の軍用地に対する手当て、継続使用の正当化を目的としていた。
     即ち、強制使用の対象として内閣総理大臣が使用認定を行った土地(「認定土地等」という)については、損失補償の担保を提供すれば「暫定使用」できるとした(特措法一五条一項本文)。しかも単に期限の切れた土地ばかりではない。裁決申請を収容委員会が不適法として却下した土地についても、建設大臣に行政不服審査法の審査請求を行えば暫定使用できるとするものであった(一五条一項但書)。収用委員会が認容の裁決(権利取得裁決・明渡裁決)を出せばもちろん強制使用できるし、却下裁決を出しても暫定使用できるのであるから、実質的は収用委員会の裁決権限を奪ってしまうに等しい改悪であった。
     第二の舞台、収用委員会・公開審理のたたかいに対する政治的反動立法が、先の特措法改悪であった。
  3.  そして第一の代理署名及び公告縦覧に対する攻撃が、今回の特措法再改悪の第一の狙いである。
     再改悪特措法案(以下では単に「改正案」という)では、先ず、土地・物件調書への都道府県知事の代理署名制度(土地収用法三六条五項)と裁決申請書の都道府県知事による公告・縦覧の代行の制度(土地収用法四二条四項)が廃止されることになっている(改正案一四条一項)。都道府県知事の中から「反乱分子」が生まれたとしても強制使用を妨害させないための第一の布石である。
     第二の布石が、市町村長からの「代理署名」権限と「公告縦覧」権限の剥奪である。現行の特措法では、土地・物件調書について所有者が署名押印を拒否した場合、市町村長が立会・代理署名をすることになっており(土地収用法三六条四項)、また、裁決申請書については、市町村長が公告縦覧することとされている(土地収用法四二条二項)。この事務を、今回、国の直接執行事務とするとしている(改正案一四条二項)。
     その結果、反戦地主が調書への署名押印を拒否すれば、直ちに内閣総理大臣(実際は「内閣総理大臣が指名する者」=防衛施設局の職員)が代理署名を行い、防衛施設局長が収用委員会に裁決申請をすれば、収用委員会は添附書類とともに裁決申請書を内閣総理大臣に送付しなければならず、内閣総理大臣が、直ちに申請書等を公告縦覧に供することになる(改正案一四条二項、土地収用法三六条四項、四二条一、二項)。九七年改悪は、二度と同じ失敗(失態)=不法占拠を繰り返さないための反動立法であった。
  4.  ところが、今回の「改正」は、沖縄のたたかいに対する「対抗策」にとどまらない。もう一つの大きな柱として、新規使用・収用を想定した「緊急裁決」制度(改正案一九条以下)の新設がある。
     すでに米軍用地として提供されている土地(認定土地等)以外であって、使用認定された土地について、明渡裁決の遅延によって使用・収用に支障の生ずるおそれのある場合に、防衛施設局長の申立により、収用委員会は緊急の裁決ができるとされている(改正案一九条一項)。しかも、収用委員会の裁決に期限(申立から五ヶ月以内、または、公告縦覧終了から二ヶ月以内)を付すことができるとされており(改正案一九条四項)、右期限内に裁決を収用委員会が行わなければ、内閣総理大臣が代わって(直接)裁決できることとなっているのである(改正案二三条一項)。さらに、収用委員会が却下の裁決をしたとしても、建設大臣に対する審査請求によってこれを取り消し、かつ、併せて内閣総理大臣は収用委員会に対し使用・収用の裁決を「指示」できるとし、それでも収用委員会が再度の却下裁決をすれば、内閣総理大臣が直接、裁決してしまうことまで制度化しようとしている(改正案二四条一項)。
  5.  このことの意味は極めて大きい。現在の米軍基地をそのまま維持するというのであれば、多少の抵抗はあっても暫定使用制度を使えばその目的を達することができるのであるから、一九条以下の「緊急裁決制度」の新設は不要である。対象となるのは「新規」の土地である。沖縄では普天間基地の移転先として北部の陸上が候補地となれば、その候補地内の民有地が適用の対象になるであろうし、本土においては「周辺事態」にともなう米軍への緊急の基地提供の手段となりかねない危険を有している。この法案は、本土を沖縄化=基地化する武器の意味を持つとともに、有事法制としての性格を有する。
  6.  このような悪法を許してはならない。しかもこれが、地方分権一括法案四七五本の一部として出されていることに注目すべきである。
     機関委任事務の廃止及び自治事務と法定受託事務への振り分け等を通じて明らかになった一括法案の特徴は、(1)農地保護・中小商店に関する規制の緩和、(2)福祉に関する中央政府事務を細かく法定することによる従来の国の地方に対する関与形態の追認、(3)多くの公共事業を法定受託事務に分類することによる「公共土木事業国家」の存続、(4)米軍の基地使用事務を国の直接執行事務とすることによる軍事・国防に関する国家意思の貫徹などにある。
     地方「自治」ではなく地方「分権」という言葉に示されるように、「地方分権一括法案」は新自由主義的な規制緩和・行革と車の両輪の関係にあり、その目指しているものは、国際社会への積極的「貢献」=軍事大国化と国内での活力ある「福祉」社会形成のための一大国家改造にある。
     したがって、特措法再改悪のたたかいにおいては、沖縄と連帯した本土のたたかい、周辺事態法に反対する勢力、福祉切捨て、労働規制撤廃にさらされる人々との連帯したたたかいが求められている。


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沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック