Edward Said Extra  サイード・オンラインコメント

中傷され、裏切られた民主主義。賞賛されながら、実際には面目を損なわれ、踏みにじられた民主主義。一握りの男たちが、この共和国の管理を引き受けるようになったからだ。まるで──まるでアラブの一国と同じだというかのように。いったい、だれが責任者なのかと問うのは正しいことだ。なぜなら、この政府が、すでにあまりに多くの困窮と悲惨に苦しんでいるこの世界に解き放ち、さらに多くの苦しみを加えようとしているこの戦争は、合衆国の国民をほんとうには代表してはいないからだ。


責任者は誰だ?
Who is in charge?
Al-Ahram Weekly 2003年3月6〜12日 No.628

ブッシュ政権が戦争に向かって一方的に容赦なく突き進んでいることは大いに憂慮すべきことである。その理由は多々あるが、ことアメリカ市民に関する限り、このグロテスクな見世物は民主主義のひどい破綻を意味している。おそろしく裕福で力の強い共和国が、ほんの一握りの人間たちの陰謀団によってハイジャックされてしまい(彼らはみな選挙で選ばれたわけではなく、従って民衆の圧力には感応しない)、ただあっさりと転覆されてしまったのだ。この戦争は近代史上もっとも不人気なものと言っても大げさではない。 戦争が始まる前から人々は反対を唱えており、その数は、この国の中だけでも、60年代から70年代にかけてヴェトナム戦争反対のデモが最高潮に達したときよりも多い。またヴェトナム戦争反対の大集会は戦争が始まって何年も経ってから起こったことにも注意してほしい。今回の戦争はまだ始まってもいないのだ。とはいえ、合衆国と忠実な子犬、どんどんおかしくなってきたトニー・ブレアの英国政府によってすでに過度に攻撃的で好戦的な措置がとられてはいる。

わたしは最近、戦争反対の立場を取っていることを批判されているが、そういう批判をしているのは文章もちゃんと読めないような輩で、わたしの発言がサダム・フセインや彼のおぞましい統治を暗に擁護するものだなどと主張する。クウェートでわたしを批判する人々に対しては、いまさら念を押さなければならないのかとも思うが、1985年にわたしが一度だけクウェートを訪問したおりに、当時の文部大臣ハッサン・アルイブラヒムとの公開の談話の中で、わたしがイラクのバース党体制への反対をおおやけに表明したことを思い出してほしい。わたしは文相に、彼の内閣がサダム・フセインへの財政支援によってアラブ・ファシズムをほう助していると非難したはずだ。それに対して、わたしに告げられたのは、クウェートはサダムの「ペルシャ人」(当時イラン人をこのように蔑称した)との戦いに何十億ドルも注ぎ込んだことを誇りに思っており、それはわたしのごとき者の理解を超える重要な闘争だということだった。はっきり覚えているが、わたしはサダム・フセインに追随するクウェート人たちに、サダムという人間や、彼がクウェートに抱いている悪意について警告した。だがそれは無駄に終わった。イラクの現体制が70年代に政権を握って以来ずっと、わたしはおおやけに反対の立場をとってきた。わたしはイラクを訪問したこともなければ、同政権の世俗主義や近代化という主張に騙されたこともないし(同時代人の多くが、イラクをシオニズムに対抗するアラブの兵器庫の主砲として称えたり、そのために働いたりした時期もあったが、わたしには愚かしい考えと感じられた)、その統治手法やファシスト的行動への軽蔑を隠したことも一度もない。にもかかわらず現在、イラク反体制派に属する特定の人々のばかげた言動についてのわたしの気持ちを口に出し、救いがたくもったいぶったアメリカ帝国主義の手先であると述べると、わたしは民主主義のない生活(それについては後でまた述べる)について何も知らない人間であり、それゆえ彼らの崇高な精神を正しく評価することができないのだと告げられる。ほとんど見過ごされている事実だが、カナン・ マキヤ教授は、ブッシュ大統領の民主主義への献身を褒め称えてから一週間もしないうちに、今度はサダムや軍-バース党が排除された後のイラク政権について合衆国が立てている計画を非難している。個人が政治的に崇拝する神々を取り替えるという習癖に陥ると、数限りなく宗旨替えをくり返すようになり、最終的にまったくの不名誉と当然の報いである忘却のなかに永住の地を見出すまで延々とそれを続けることになる。

だが、合衆国とその現在の行動に問題を戻そう。これまでいろいろな人に会い、いろいろな場所を訪れたが、戦争に賛成するという人物にはいまだ一人もお目にかかっていない。 さらにわるいことに、今ではたいていのアメリカ人が、今回の動員はもはや中止のできないところまで進んでおり、わたしたちは国の大きな不幸に瀕していると感じている。なによりもまず、民主党が、ごくわずかな例外を除いて、あっさりと大統領の側に転向してしまい、あやまった愛国心を意気地なくさらけ出したことを考えてみよう。議会のどこを見渡しても、目に入ってくるのはシオニスト・ロビー、右派キリスト教団体、軍産複合体の紛れもない標識である。この途方もない影響力を持った三つの少数派集団が共有しているのは、アラブ世界への敵意、急進的なシオニズムへの無軌道な支持、自分たちの見方が正統であるという分別のない確信である。この国の連邦議会の500の選挙区は、そのひとつひとつが、その中に防衛産業を抱えている。そのため、戦争は安全保障の問題ではなく、雇用の問題に転じている。 だが、それでは訊いてみたいが、いかにして、信じがたいほど高価な戦争が、景気後退や、ほぼ確実に破綻する社会保障システムや、膨れ上がる国債、公教育の大規模な破綻などを癒す特効薬になるというのだろうか。デモンストレーションはただの退化した群集行動のようなものだと見なされ、その一方で、偽善もはなはだしい虚言が絶対的な真実として、批判も反対も受けずにまかり通っている。

メディアは戦争遂行の一翼を担うものになってしまった。テレビからは、首尾一貫した反対の声が、それに少しは近いようなものも含めて完全に姿を消している。すべての主要チャネルはいまや、退役将校、元CIA工作員、テロリズム専門家、周知のネオコン(新保守主義者)たちを「顧問」として雇うようになっている。この人たちは胸糞の悪い専門語を使って、権威ありげにみせかけながら、その実は合衆国のしたことを国連からアラビアの砂漠にいたるまでことごとく擁護しているのだ。安全保障理事会のメンバーのうち[イラク攻撃についての新決議案めぐって]どちらに投票するかをまだ決めていない6つの小国に対して通信を傍受し、電話を盗聴するという合衆国の盗聴行為について、少しでも公表したのは主要日刊紙では一社のみ(ボルティモアの新聞)である。この国のいずれの主要メディアにおいても、反戦の声は聞くことも読むこともできない。アラブやムスリム(この世界の狂信者やテロリストたちという集団に、十把一絡げに分類された)の声やイスラエル批評の声は 、公共放送にも、「ニューヨーク・タイムズ」にも、「ニューヨーカー」にも、「USニュース・アンド・ワールド・リポート」にも、CNNにも、どこにもいっさい出てこない。 これらのメディアが、戦争の口実としてイラクが17の国連決議を無視していることにふれるときも、イスラエルが(合衆国の支持を受けて)無視している64の決議のことは決して言及されない。この12年のあいだにイラクの国民が味わってきた多大な苦しみについても、同じく言及されることはない。 嫌われ者のサダムが何をしてきたにせよ、まったく同様のことをイスラエルやシャロンもアメリカの支持のもとに行ってきたのであるが、後者については誰も何もいわず、ただ前者を声高に非難するばかりだ。このことは、国連はみずからの決議に従うべきだというブッシュたちの叱責が、まったくのまやかしであることを証明している。

そういうわけでアメリカの国民は意図的に嘘を告げられており、彼らの利害はシニカルに偽って代弁され、偽って伝えられ、ブッシュ二世と彼のフンタ[クーデター後の軍事政権を指す言葉] の私的な戦争のほんとうの目的やねらいは、徹底した傲慢さで隠蔽されている。ウォルフォウィッツやフェイスやパールという、いずれも選挙で選ばれたわけではなく国防総省のドナルド・ラムズフェルド(彼も選挙を経ていない)のもとで働く官僚たちが、ある時期には(ネタニヤフが1996年に首相に選出された選挙戦のあいだ)彼の私設顧問という資格で、イスラエルは西岸地区とガザを併合し、オスロ和平プロセスを停止させるべきだと公然と主張し、イラクとの戦争(その後にイラン)や、非合法のイスラエル入植地の拡大を呼びかけていたということや、それが今では合衆国の政策になっているということも、いっさい問題ではないのだ。

同じく問題とならないのは、パレスチナ人に対するイスラエルの非道な政策──雑多な民間人の多数の死亡として記事の終わりに報道されるだけで(そもそも報道されることがあればだが)、これに匹敵する、あるいは及ばぬことさえあるようなサダムの犯罪と比較されることは決してない──は、すべて最終的には合衆国納税者が費用を負担することになるのだが、それについての相談や承認の手続きなどなにもないということだ。この2年間に、40,000人以上のパレスチナ人がひどい負傷を受け、およそ2,500人が殺された。このような行為を気まぐれに行っているイスラエル兵は、現代史上で最も長く続いている軍事占領において、一つの民の全体を処罰し恥をかかせるようにと指令されている。

また、これも問題にならないことだが、戦争準備が最終段階に入ったときから、アメリカの主要メディア(リベラル、中道、反動のどの立場であれ)には、アラブやムスリムからの批判の声が多少なりとも定期的に現れるようなことはまったくない。またこれも考えてほしいが、この戦争の主な立案者たちは、バーナード・ルイスやフワード・アジャミー(どちらもこの何十年、アラブ世界に住んだことはおろか近づいたこともない)のようないわゆる専門家はもちろんのこと、パウェルやライスやチェニー、あるいは偉大な神のブッシュご本人のような軍人や政治家も含めてだれひとり、ムスリムやアラブの世界について、イスラエルや石油企業や軍事的なメガネを通して見たもの以上のことは何も知らず、したがって、イラクに対するこのように重大な戦争が、そこで実際に生きている人々に何をもたらすかについてはまったくわかっていない。

また、ウォルフォウィッツやその部下ような男たちの、飾りのない純粋な傲慢さを考えてみてほしい。ほとんど眠りこけた議会を前に戦争の結果と費用について証言するよう要請されて、彼らは何ひとつ具体的な回答を与えずにこれをやり過ごしてのけた。400,000人の兵による10年間の軍事占領でほぼ1兆ドルが必要という陸軍参謀長官の証言は、事実上これによって忘れ去れることになった。

中傷され、裏切られた民主主義。賞賛されながら、実際には面目を損なわれ、踏みにじられた民主主義。一握りの男たちが、この共和国の管理を引き受けるようになったからだ。まるで──まるでアラブの一国と同じだというかのように。いったい、だれが責任者なのかと問うのは正しいことだ。なぜなら、この政府が、すでにあまりに多くの困窮と悲惨に苦しんでいるこの世界に解き放ち、さらに多くの苦しみを加えようとしているこの戦争は、合衆国の国民をほんとうには代表してはいないからだ。アメリカ人は、メディアが基本的に一握りの男たちに支配され、政府に対する懸念や不安を少しでも引き起こしそうなものは一つ残らず削除しているため、正しい情報を与えられていない。自分だけのファンタジーの世界から戦争について語る扇動家や従順な知識人について言えば、ムスリムやアラブであるというだけで何百万という人々を不幸に陥れるようなことを黙認する権利をいったい誰が彼らに与えたとというのか。国民を代表していないこの少数集団を除いては、いったいどんなアメリカ人が、すでに十分にたまっている反米感情をこのうえ増殖させるようなことを本気で望んでいるというのだろう。そんなアメリカ人はほとんどいないだろう。

ジョナサン・スウィフトよ、汝いまに生きてしあらば。


Home| Edward SaidNoam ChomskyOthers | LinksLyrics

Presented by RUR-55, Link free
(=^o^=)/ 連絡先: mailtomakiko@yahoo.com /Last modified: 3/13/03
8