『煉獄のパスワード』(0-1)

電網木村書店 Web無料公開 2006.6.6

インターネット私家版公開への序文

 この小説は、汐文社から一九九一年に発行した四六判で三〇四頁の『最高裁長官殺人事件』の原型であり、一九八八年から一九八九年に掛けて執筆したものである。普通の単行本なら上下二巻に相当する長編である。

 『最高裁長官殺人事件』として発表した際、執筆当時の一九八八年の電子技術の水準から考案した近未来的殺人事件捜査に関しては、エレクトロニクスの専門家の友人から、その面白さが高く評価されたが、この後の十数年の急速な技術革新の結果、若干、実情とのずれが生じている。また、政治状況も急変した。しかし、そのことも含めて、この小説の近未来的な時空の構築は、時代が変わっても、それなりの意味を有すると思うので、あえて改訂をせずに、原型のままで、インターネット公開の私家版として発表するのである。

『最高裁長官殺人事件』は、以下のURLでインターネット公開している。
 http://www.jca.apc.org/~altmedka/saikousai.html

 縮小版の『最高裁長官殺人事件』を発表したのは、不本意ではあったが、それには事情がある。

 小説の場合は、題名で内容が分かるノンフィクションとは事情が違っている。芥川賞や直木賞を典型として、どこかの出版社の賞を得ないと、出版できないのが出版界の実情であった。このような縮小版作成の事情へのこだわりが、この原型のインターネット私家版公開の底辺に潜んでいる。

 もちろん、当時も自費出版という手段もあったが、それには、相当な資金が必要となる。その後のインターネットの発達が、印刷物では非常に高額の費用を必要とする長編小説の世間的な発表を容易にしてくれたという事情にも、この小説が辿った運命の面白さがある。

 この小説の執筆を始めた年、一九八八年は、日本テレビ相手の長期争議の終結の年でもあった。それ以前にも、『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』を発表していたし、争議の関係でも何冊かのメディア関係の著書を発表していたが、フリーの立場での初めての作品であった。

 そこで、縮小版『最高裁長官殺人事件』に続いて、一九九二年に発表した拙著『湾岸報道に偽りあり』では、巻末に、つぎの宣伝文を掲載した。

著者自ら裁判16年の想いを注いだ力作長編
本格政治サスペンス

最高裁長官殺人事件

 突如失踪した最高裁長官を極秘裏に追う《お庭番》チーム。特別誂えコンピュータ・システム《ヒミコ》が次々に暴く暗闇の過去。ベテラン情報部員の主人公は元防衛庁防衛局調査課の二等陸佐、影森智樹。危機管理? スキャンダル隠し班キャップは、美貌の内閣官房女性審議官。関東軍が持ち返った生アヘン隠匿強奪事件の陰に潜む戦後暗黒政治の人脈。智樹の恋人データ・サーチャー原口華枝の身に迫る危険。連続殺人の惨劇。防衛庁関係極秘資料を駆使して描く、自衛隊改憲派と右翼連合のクーデタ・シミュレーション。迫真の恐怖こそ現実の真の姿!

 一九八九年は、和暦では一月七日までが昭和六四年、翌日以降は平成元年である。この昭和六四年の一月七日、昭和天皇の「崩御」の日が、この小説の「Xデイ」であった。

 内容として関連する拙著、拙文には、以下がある。

『読売新聞・歴史検証』
 http://www.jca.apc.org/~altmedka/yom-13-4.html

『読売グループ新総帥《小林与三次》研究』(筆名・征矢野仁、鷹書房、1982年)
http://www.jca.apc.org/~altmedka/2016/yosoji-00.html

『創』1989年3月号
〈特集〉天皇報道の徹底検証
“天皇Xデー”マスコミ報道の舞台裏
“非常事態放送”「悪の華」からの収穫

初出:昭和が終って 『噂の真相』(89.5)
戦後秘史/伏せられ続けた日本帝国軍の中国「阿片戦略」の詳報
http://www.jca.apc.org/~altmedka/ahen.html

 マスコミの天皇Xデイ報道で「阿片戦略」に触れたものは、完全にゼロであった。商業マスコミだけではない。天皇批判で論陣を張る『赤旗』は、さきのXデイ報道に関して、「偽りの映像」と題する手厳しいテレビ批判を載せている。しかし、『赤旗』の戦争責任追及にさえ、阿片戦略は出てこない。

 プレXデイ期間中には映画『ラストエンペラー』の日本上映版のカット問題も起きた。

 日本上映版の試写会で、国際映画祭で写っていた「南京大虐殺」「生体実験」「阿片工場」の三シーンのカットが判明し、騒ぎになった。「南京大虐殺」の一部映像だけは復活したが、本物にあった映像説明のナレーションは省かれたままである。この際、「阿片工場」のカットは話題にもならなかった。

 この状況は、一九四五年、昭和二〇年に、中国の北京で敗戦を迎えた私にとっては、重大な歴史的事実の抹殺に等しい。その想いを、この小説にこめたのである。

[主要登場人物]➡ 目次へ移動

[主要参考文献]

『煉獄の誕生』(ル・ゴッフ、渡辺香根夫ほか訳、法政大学出版局)

『カーマ・スートラ』(バートン版、大場正史訳、角川文庫)

『カーマ・スートラ』『カーマ・スートラ美術版』(福田和彦、芳賀書店)

『カーマ・スートラの秘技』(福田和彦、BIG tomorrow, 1987.6)

『資料 日中/戦争期阿片政策』(江口圭一編著、岩波書店)

『続現代史資料12/阿片問題』(岡田芳政ほか編、みすず書房)

『日中アヘン戦争』(江口圭一、岩波書店)

『阿片と大砲』(山本常雄、PMC出版)

『戦争と日本阿片史』(二反長半、すばる書房)

『台湾統治と阿片問題』(劉明修、山川出版社)

『麻薬と戦争~日中戦争の秘密兵器』(山内三郎『人物往来』1965.9)

『十五年戦争史序説』(黒羽清隆、三省堂)

『皇軍″阿片″謀略』(千田夏光、汐文社)

『戦術論』(ニッコロ・マキアヴエッリ、浜田幸策訳、原書房)

『戦争論』(カルル・フォン・クラウゼヴィッツ、淡徳三郎訳、徳間書店)

『戦略論』(リデル・ハート、森沢亀鶴訳、原書房)

『現代戦略思想の系譜』(ピーター・パレット編、防衛大学校「戦争戦略の変遷」研究会訳、ダイヤモンド社)

『有事体制シリーズ・/国家緊急権の研究』『同・/全文・三矢作戦研究』『同・/治安行動の研究』(林茂夫編、晩聲社)


『最高裁長官殺人事件』の発表後には、つぎの関係資料が発表された。

『昭和陸軍“阿片謀略”の大罪―天保銭組はいかに企画・実行したか』
(藤瀬一哉、1992年、山手書房新社)

 藤瀬一哉は、陸士56期、陸軍大尉、陸上自衛隊陸将補、佐藤肇の筆名である。


序章 免罪の貢ぎ物