雑誌『憎まれ愚痴』編集長の頂門の毒針

米仕様オタクvs世渡り下手大工のっそり十兵衛

かき集め情報を切り貼りする「オタク秀才」大量生産

(2000.1.7)

2000.1.7.mail再録。

 Web雑誌『憎まれ愚痴』編集長、兼々、木村愛二です。

 かねてより気掛かりだった「インターネット・オタク」激増への憂いに関して、まさにピッタリの記事が現われました。以下、インターネット先進国の現状ですが、先に誤解なきよう字句に付いてのみ注釈すると、記事の冒頭の「新千年紀に入った」という表現について、日経「読者応答室」に確認したところ、「社としては政府の確認通りに21世紀は来年からとしている」とのことだったので、安心しました。これは執筆した記者の個人的な思い込み表現のようです。


『日本経済新聞』(2000.1.6)
「地球回覧」欄

 『米の世界知らず』深刻化
距離感縮めたネットの功罪

ワシントン支局長 小孫茂

 米国は空前の好況を持続して二○○○年を迎えた。史上最強を誇るその国が、自ら生み出したコンピューターの誤作動による二○○○年問題に最も緊張して新千年紀に入ったのは皮肉だが、この国にはもう一つ気になる点がある。

「世間知らず」ならぬ「世界知らず」症状の確実な進行だ。世界との距離感をなくすインターネットの副作用で自覚が薄い分、問題は一段とやっかいだ。

教育現場は激変

 半月ほど前、全米各州の学校の先生による教育懇談会がワシシトンであった。テーマは「インターネットの功罪」だった。コロラド州からきた小学校教師の報告に関心が集まった。

「本の感想文を宿題に出すと、インターネットで要約を引き出し、感想を書いてくる生徒が増えた。生徒は本を一層読まなくなった」

 もっとわかりやすい例は外国の学習だ。

「フランスの歴史を課題にすると、多くの生徒がインターネットで取り出した凱旋門やエッフェル塔の写真を付けて旅行案内のようなリポートをまとめてくる。体裁は整っているが、フランスがどんな歴史を持った国かは勉強して来ない」

 先生の結論はこうだ。「インターネットの効用は大きい。でも、その利用を初等教育で認めすぎると、知識はお手軽で画一的になり、結果的に生徒の知識は現実と食い違ってしまう」。これには多くの先生がしきりにうなずいていた。家庭の約半分にパソコンがあり、その八割以上がインターネットに接続している米国ならではの悩みだろう。

 パソコンやインターネットの普及は、確かに米国の教育を大きく変えている。特に株式市場の機能や電子商取引のノウハウといった社会人としてすぐに役立ついわば「実学」教育は急ピッチで進む。そこから育つ人材が米経済の拡大を待続させる原動力になることは間違いない。

文化も米国仕様

 一方では、インターネットで必要な情報だけつまみ食いできるため、いまの米国との距離感や違いを教える地理や歴史の学習は問題含みになった。これが教育現場での副作用だ。「世界についての認識不足は深刻だ」と米科学財団のL・ルーサー氏はいう。

 米国の学生はかねて地理が不得意だが、最近の調査では「世界地図をみて地中梅を示せない中学生が50%を超えた」という。「インターネットで断片的な情報を手早く収集するのはうまくなったが、欧州の全体像がぼやけてしまった」とルーサー氏。アジア認識についてはベトナム戦争当時の学生の方がましだったという。

 もちろん、この風潮の要因は「強い米国」にある。米好況の波に乗ろうと世界中から人、もの、カネがさらに集まって来る。多民族社会ぶりに拍車がかかるだげでなく、最近はそうした異文化の大半が米国定着に容易な「米国仕様」で入っで来る。

 しかもインターネットを通じ、外国の生情報も英語の米国仕様ですぐ入手できるようになった。かつてのソ連のような直接の脅威もないから、学生が外国語で外国を学ぶ動機はますます薄れてゆく。世界知らずぶりば、最有力といわれる大続領候補だけの問題ではない。

不協和音絶えず

 経済・技術の分野で他国を圧倒する米国の求心力と物理的な距離感をなくすインターネットの効用とが相まって、「米国内とパソコン画面だけで世界を感じる層が増える」(米ブルッキングス研究所のR・ハース部長)構図だ。「米国=世界」という錯覚に一段と拍車がかかる。

 それが米国でインターネットを通じた電子商取引が急拡大する一因かもしれない。外国から商品を買い付ける個人にとって、「関心は商品の性能と値段だけ。米国製か外国製かは重要ではなく、そうとは知らずに外国製品を買う例も増えた」と米外交評議会のB・ストークス氏はみる。

 米国の政治家がこうした傾向に合わせて政策を進めるせいもあって、世界との不協和音は絶えない。米独り勝ちの期間が長ければ長いほど、米国の若い世代にこうした錯覚が広がり、他国との摩擦は深刻になる。

 異文化を運び込む移民の頭脳が新技術・ソフト開発の原動力にもなるから、米経済の好循環はなかなか崩れない。米経済をバブル視して崩壊を待つのてはなく、日欧などが早くライバルに返り咲くしか、この米国問題を和らげる方法はない。


 さて、しかし、この種の「米仕様オタク」現象は、私の考えでは決して、インターネット時代に始まったものではありません。戦後の貧乏暮らしのわが家の居間に、父親が、当時はたったの一冊だった平凡社の百科事典を備えた時期に、アメリカの天才的な子供が百科事典を暗記する話を新聞で読んだ記憶があります。私は当時、丸暗記が嫌いな演劇部の大道具作り専門だったので、何だか薄気味が悪い思いをしました。

 なお、私が「オタク」に与えている定義は、百科事典、便覧型の岩波新書などの情報を、収集し、切り貼りすることの上手な、しかし、それらの既存便覧情報を、自分の手で調べ直し、自分の頭で疑い、分析し直すことをしない「世渡り上手の秀才」のことです。

 規格商品と同様の大量生産・大量消費文化。その断片を丸暗記する「米仕様オタク秀才」の激増。アメリカかぶれが主流の日本でも、今まさに、私が直面する「ガス室」問題において顕著に現われたように、その種の「米仕様オタク秀才」が、大量生産されています。かき集めの情報を切り貼りするのは、お上手のようですが、世界の現実以前に、実際に物を作った経験のない、設計図すら書けない「米仕様オタク秀才」。これは怖いですね。

 私が一番好きなのは、幸田露伴(1867-1947)の出世作『五重の塔』の主人公、「腕はいいが世渡りの才覚のつたない大工」のっそり十兵衛です。

 以上。


『1寸の虫の5分の毒針』
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