『亜空間通信』302号(2002/07/14) 阿修羅投稿を02.12再録

夏休み前にフランス革命記念日で米民主主義と合わせ仏共和制への疑問も沸騰中

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『亜空間通信』302号(2002/07/14)
【夏休み前にフランス革命記念日で米民主主義と合わせ仏共和制への疑問も沸騰中】

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 転送、転載、引用、訳出、大歓迎!

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 夏休みを少し返上。なぜか。このところ、気晴らしに古いイブ・モンタンのシャンソンを聴いたり歌ったりしているのに、すっかり忘れていたのだが、本日(2002/07/14)は、フランスの革命記念日だったのである。

 アメリカの民主主義「神話」の追及では、そもそものギリシャに遡る疑問を提出していたのだが、それなら本来、その中間に、アメリカよりも源流の欧州の神話をも問題にすべきところだった。

 別にフランスに遠慮したわけではない。かねてから気になっていた問題なのだが、まとめて論ずる時間がなかっただけのことである。

 ところが、本日(2002/07/14)、以下のような好個の記事が出現した。フランスの国歌、ラ・マルセイエーズの歌詞に関しては、当のフランスでも議論があったのだが、それを戦後生まれの若い日本人が書いて、日本の大手紙、それも経済専門を表看板とする日経が載せ、以下のごとく、近年では「経済摩擦のときの日本」までが仇扱いされたと描くところは、実に面白い。以下、全文そのままスキャン。

『日本経済新聞』(2002.07.14)「文化」欄

ラ・マルセイエーズ
鹿島茂
かしま・しげる
1949年横浜市生まれ、東大大学院博士課程修了。フランス文学者、共立女子大教授。「馬車が買いたい」でサントリ一学芸賞。「パリ風俗」で読売文学賞。

 七月十四日は、フランス共和国の革命記念日にして国民の祝日であるが、日本では通例、パリ祭と呼ばれている。戦前にルネ・クレール監督の「七月十四日」という映画が輸入されたとき、これを「革命記念日」としたのではとうてい検閲を通らないだろうと考えた配給会社が「パリ祭」と訳すという名案を思いつき、以後、日本では七月一十四日はパリ祭と呼ぱれるようになったと伝えられている。

 しかし、革命記念日をパリ祭にすり替える、いかにも日本的この操作には、検開逃れという以上のなにかがあるような気がする。つまり、これによって、確実に血みどろの内戦であったはずのフランス革命からまがまがしい要素が払拭され、その代わりに、おしやれで上品な「おふらんす」のイメージが新たに置かれたのである。

◇◇◇

 私も多くの日本人と同じようにこのイメージに捕らわれていた一人だった。ところが、大学一年のとき、習いたてのフランス語で、フランス国歌ラ・マルセイエーズを読解してみて、仰天した。

 なんという血みどろの、好戦的気分丸だしの残忍な歌であることよ。こんなスプラッター映画顔負けの歌をフランス人は歌って気分を高揚させ、国家的統一を確認しているのか! そのときの私の驚きを読者に分かちもってただくために、このラ・マルセイエーズの一番をできる限り忠実に直訳てみよう。

「行け、国家の子どもたちよ/栄光の日は来た/いまや、われらに対し、暴虐の/血塗られた旗が掲げられている1(繰り返し)/聞こえるか、野や畑で/残忍な兵士たちがわめき騒ぐのが?/やつらはやって来る、われわれの腕の中にまで/抱かれた息子や同志の喉をかき切りに/(ルフラン)/武器を持て、市民諸君、ただちに軍団を形づくれ/さあ、進もう! 進もう! (やつらの)不純な血でわれらが畑のうね溝を浸して見せるぞ」

 二番以下はもっと猛烈な歌詞が連ねられていて、訳すのもいやになるほどだ。いずれにしても、「君が代」の典雅な歌詞になれた日本人にとっては、一国の憲法に定められた国歌がこんな血ぬられた歌詞であるのはいかにも違和感がある。

 たとえばの話、フランス人は国歌斉唱のときに、この一番の最後の「さあ、進もう!進もう!(やつらの)不純な血でわれらが畑のうね溝を浸して見せるぞ」と高らかに歌いあげながら畑のうね溝に敵の血が川となって流れているイメージを思い浮かべるのだろうか? 

 おそらく、国歌として無意識に歌っているときには、だれも、いちいち歌詞の意味など考えもしないのだろう。しかし、無意識であればあるほど、歌詞は心の深層に沈殿する。そして、時至れば、それは鮮烈なイメージを伴って蘇ってくる。そう、われわれの腕に抱かれた息子の喉をかき切りにやってくるやつらを返り討ちにして、その血を畑のうね溝に流してくれるぞ、という、強烈なショーヴィズム(排外的愛国主義)の心情となって1

◇◇◇

 では、ここに歌われた「やつらはやって来る」のやつらとは誰なのか? 歌詞の続きを読めば、それはライン川の向こうに逃げた王党派の軍隊とそれを支援する外国の軍隊ということがわかる。

 なぜなら、ラ・マルセイエ-ズは、革命が最盛期を迎えようとしていた一七九二年に、現在の独仏国境の町ストラスブールを守備していたライン軍の工兵将校ルージェ=ド=リールが作詞作曲したものだからである。ちなみに、ラ・マルセイエーズと呼ばれるようになったのは、マルセーユからパリにやってきた義勇軍がこれを行進しながら歌ったためといわれている。いずれにしても、元はといえぱ国土を侵す敵を撃退するために動員された軍隊の行進歌だったのだ。

 しかし、それはわかったとしても、なぜ、この血みどろの排外主義的行進歌が、一八九五年以来、引き続いてフランス共和国の国歌として歌われてきたのだろうか?

 はっきり言ってしまえば、第二次大戦の終結までは、ラ・マルセイエーズの歌詞がフランス人にとって実感をもって感じられてきたからにほかならない。すなわち、普仏戦争の敗北以後、対独復讐主義はフランス人の国民的合意となっていたのだ。

◇◇◇

 だが、ナチス・ドイツの敗北で、ドイツが仮想敵国ではなくなったあとには、「やつら」とはだれを意味するようになったのか? そのときどきでフランスの行く手に立ちはだかる大国である。冷戦時代のソ連、ド・ゴールの時代のアメリカ、経済摩擦のときの日本、そして今はアングロ・サクソン的グローバリズムである。いずれも、フランス人は「われらに対し、暴虐の/血塗られた旗が掲げられている」と感じ、「(やつらの)不純な血でわれらが畑のうね溝を浸して見せるぞ」と、自らを鼓舞するのである。一言でいえば、ラ・マルセイエーズとは、侵略的な外国の存在を前提にしたナショナリズムの賛歌なのであり、それを国歌として定めるフランス共和国はナショナリズムの塊のような国家なのだ。ナショナリズムはル・ぺンの専売特許ではないのである。

 したがって、日本人が、革命記念日を「パリ祭」と言い換えるような薄っペらな文化的インタナショナリズムでフランスを捉えようとすると、強烈なしっぺ返しを受ける。七月十四日はたんに王政を覆した革命記念日であるばかりではない。侵略国を追い払うことで生まれたナショナリズムの誕生記念日でもあるのだ。

 以上で引用終わり。

 なお、訳語には一応の意見がある。冒頭の「国家」は、原語ではpatrieだから、「父の国」という意味が含まれる。この語は、patriotismeを生み、それが「文中のナショナリズム」と同じく「愛国心」と訳される。これこそが裸の猿の目下の状況下においても最大の「それが問題だ」なのである。サミュエル・ジョンソンの有名な警句、「愛国心は破落戸(または悪党)の奥の手」syはに関しては、911以後にも以下で私見を披露した。

 以上。


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