『亜空間通信』153号(2002/02/05) 阿修羅投稿を再録

日経の具体例:大手メディアの雇われ記者の勘違い思い上がり戦争扇動への転落

送信日時 : 2002年 2月 5日

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『亜空間通信』153号(2002/02/05)
【日経の具体例:大手メディアの雇われ記者の勘違い思い上がり戦争扇動への転落】

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 転送、転載、引用、訳出、大歓迎!

 我が家の唯一の宅配紙は日経であるが、わが電網宝庫読者が各種日刊紙の切り抜きを提供してくれる。

 商業紙の主要なものと日本共産党の中央機関紙『しんぶん赤旗』の切り抜きを見る限りでは、依然として、9.11.アメリカ攻撃をイスラエルやアメリカの謀略と疑う論調は出てこない。むしろ、逆である。呆れたことだ。丸っきり、戦前の日本軍国主義華やかなりし頃の大政翼賛会的、陸軍報道班報道そのままである。

 9.11.アメリカ攻撃からアフガン侵略戦争への軌跡は、今や、誰の目にも、いや、まともな神経の者の目にはかな、歴然も歴然である。なりふり構わずの石油・天然ガス・パイプライン計画推進、パレスチナ爆撃などからも明らかなように、狙いあっての開戦口実作りの謀略だったことを、アメリカの世界政策、イスラエルの拡張政策自体が、露骨に立証してみせてくれているのである。ところが、ところが、少し前のことになるが、。。。

 昨年末、アメリカとイスラエルの大手報道を検証して、日経の国際部に直接、「情報提供」と言って電話をつないでもらった。アルバイトの学生が電話番をしていることが多いので当方の立場を名乗り、「記者の方ですか」と聞くと、太い横柄な声で「脇です」と返ってきた。

 脇「しょうぞう」(庄三だったかな)とかいう論説委員だか編集委員だかとは、ユーゴ戦争の時期に電話で直接話したことがある。アメリカの爆撃開始の口実となったラチャク村の「村民大量虐殺」事件について、少しは疑問を抱く記事の末尾に署名があったから、名指しで電話をしてみたのだった。この件は、わが電網宝庫に納めてある。だから、当方の立場を名乗ったので、私という相手が分かって「脇です」となったようである。

 で、私の「モサド謀略説」の根拠となるアメリカとイスラエルの大手報道を告げると、脇は、怒鳴るように大声で、「ビンラディンに間違いはない」と主張した。根拠を聞くと、「日経で6月(昨年のこと)にビンラディンの犯行予告を報じている」と来た。「しかし、日時や場所まで明確だったか」と問い返すと黙ってしまった。

 この経過には呆れていたのだが、日経の「読者応答センター」に問い合わせても、データベースで記事が出てこないらしい。気になりながら一ヶ月以上も過ぎてしまったが、昨日(2002/02/04)、武蔵野市の中央図書館にて縮刷版の索引から割り出して、複写してきた。スキャナーで読み込んで校正した。以下の記事である。

『日本経済新聞』(2001.06.25.夕)
ラーディン氏/米施設へ攻撃準備か/米軍、最大級の警戒態勢

【パーレーン24日=岐部秀光】アラビア語衛星放送局MBCは、サウジアラビア出身で一九九八年の米大使館同時爆破事件などの黒幕とされるウサマ・ビン・ラーディン氏が二週間以内にも米国の施設を対象に攻撃を実施する準備を進めていると伝えた。

 アフガニスタンで同氏に会った記者によると、ビン・ラーディン支持者らが「今後二週間のうちに驚くべきことが起こるだろう」と発言した。パレスチナの衝突を巡り、イスラエルが攻撃の標的となる可能性もあるという。

 一方、湾岸地域に展開している米軍は最大級の警戒態勢に人った。米第五艦隊本部のあるパーレーンで、警戒度を最高の「D」に引き上げたほか、同国にある米大使館も二十三日、来訪者に対する業務を中止した。米海兵隊もヨルダンで実施していた訓練を早々に切り上げている。米国からの報道によると、米国務省は全世界の在外米国人向けに警報を発したという。

 以上で引用終わり。

 これを読めば、「犯行予告」なるものの日時は昨年6月24日から「二週間以内にも」という時期であり、その部分の情報は「ビン・ラーディン支持者ら」の言なのである。こんなものが、9月11日の事件の「主犯」の証拠だなどとは、いかな操り人形のブッシュ坊やですら言ってはいない。ああ、呆れた。

 あああ、やんなっちゃった。あああ、驚いた。
 (牧伸二だったかのウクレレ漫談風)

 問題は、しかし、この種の「思い込み」か、または政策的か、似たような傲慢な自社、自党、または自己報道の押し通し、居直りが、非常に多いことである。読売のナベツネが一番分かりやすい典型だが、簡単に言うとメディアの私物化である。しかも、この状況は、最初に述べたように、丸っきり、戦前の日本軍国主義華やかなりし頃の大政翼賛会的、陸軍報道班報道そのままなのである。

 今、電網も含めて、少数意見の発表の場も増えてはいるが、様相の変化だけであって、基本は変っていない。裸の猿の歴史は、やはり、弱肉強食の法則を逃れることができない宿命にあるのかもしれない。

 多くの上昇志向型の裸の猿どもは、寄らば大樹の蔭とか、長いものには巻かれろとか、世渡り上手の藝を披露する。でも、でも、私は、そげな法則に屈するのは嫌いだから、勝敗にこだわらずに戦い抜くのである。ああ、破滅型なのだ!

 以上。


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