ニュース第64号 01年1月号より

「かえる」「つくる」「つなぐ」

  −社会変革を担うアメリカ環境NPOから学ぶもの−

 

北海道大学 柿澤宏昭

 

◇アメリカで印象に残ったこと

  以前からアメリカ合州国の森林保全の制度に関心があり、調査でいろいろな役所で話を聞いてきたのですが、そのなかで次のようなことが印象に残っています。

1. 役所のスローガンが「市民参加」から「協動」に変わってきたこと。市民参加はもう時代遅れで、役所と市民が同等の立場で一緒にものごとを決めていこうとしている。

2. 役所の職員がお互いに、どれだけ住民・NPOとネットワークをもち、どれだけ一緒に仕事をしているかを張り合っていたこと。

 市民、NPOが社会の主役として明確に位置付けられていることがうかがえると思います。もちろん、自然にこのような状況が生まれたのではなく、長年にわたる市民セクターの活動蓄積によるものです。そこで森林保全を例に取りながらNPO事情について述べてみます。

◇「かえる」NPO

 アメリカの環境保護団体というと、シエラクラブやオーデュボン協会といったところが有名ですが、これら団体は100年以上の歴史を持ち、会員数は数十万人を数えます。政府や議会に対する太いパイプをもった圧力団体として、木材生産を重視する森林局に対して、生態系保全にむけた転換を要求してきました。一方、1970年代に入ると、このような主流派団体の活動に飽き足りない人々がグリーンピースなど急進的な環境NPOを結成して、より直接的な行動を繰り広げるようになります。

 このような活動によって、例えばアメリカ国有林の経営方針は木材生産中心から生態系保全へと大きく転換してきましたし、絶滅危惧種法や環境アセスメントの法制化など重要な政策転換が実現してきました。そうした点でこれらNPOは強い社会的な影響力を生かして、大きな流れを「かえる」NPOということができます。

◇「つくる」NPO

 さて、「かえる」NPOは環境保全に向けた大きな方針転換に役割を果たしてきましたが、そのなかで新しい課題も認識されてきました。劣化してきた環境を修復すること、両極化してしまった開発対保護の意見対立を建設的な対話へとつなげ、新しい時代の森林保全の枠組みをつくるということなどです。

 こうした課題に挑戦するため、新たなNPOが全国各地に次々と結成されていますが、その多くは地域を単位として地道に活動するグループです。自分達の住んでいる地域の環境をよりよくしたい、不毛な対立を乗り越えてなんとか明日のビジョンを描けるような活動をつくりたいということを出発点に取り組みを始めているのです。

例えば北西部のある地域で活動しているNPOは、地域資源管理について異なる意見もつ木材業者、環境保護運動家、政府機関、農業者などによる協働関係を形成しながら、様々な補助金などを活用して土地所有者などとともに河畔林造成などの事業を行なったり、地域木材認証制度の検討などを行なっています。NPOが中心になって地域の人々・行政と新しい関係を「つくり」ながら、より良い地域「づくり」をしているといえます。

◇「つなぐ」NPO

 さて、以上のように地域の環境を地域で考え解決していくことは極めて重要なのですが、地域レベルのNPOの多くは小規模で、活動のノウハウや専門知識をもっていません。そこで、地域NPOをつなぎ、支援するネットワーク型NPO−「つなぐ」NPOが生まれてきました。

 有名なのは流域保全に関わるリバーネットワークです。アメリカでは森林も含めて自然資源を流域単位で保全していこうということが大きな流れになっていますが、流域保全はそれぞれの流域が主体になって行なわれるべきであり、それを結び支援する組織が必要であるということで結成されたのがこの組織です。

 ですから、自ら様々な活動を行なうというよりは、各地域の経験の交流、地域NPO設立の支援、専門的知識の支援、などを中心的な課題としています。また、広いアメリカ全国をひとつのネットワークでカバーするのは困難なので、地域・州などを単位としてネットワークを多段階的に張り巡らしつつあります。

◇市民による社会変革に向けて

 このように様々な性格をもったNPOが織り成す多様かつ膨大な活動があって、アメリカの市民セクターが大きな力を発揮しています。そして、それは、地域の環境と生活を守り充実させるために、生活主体である市民が主人公であるべきだ、という思いから出発しています。またこの思いを実現するために、ネットワークの形成などきちんとした戦略もつくっていることも重要です。

 ここでは「かえる」「つくる」「つなぐ」と分けましたが、それぞれのNPOは多かれ少なかれこの三つの性格をあわせもっています。それぞれの活動が、世の中の流れを生活の質を重視するものへと「かえる」、分断された人と人・人と自然を「つなぐ」、そして市民主体の社会を「つくる」ことを何らかの形で目標にしているからです。この目標こそが21世紀の社会の目標であり、市民が主体にならない限りは実現できない目標といえるでしょう。そして、これを行政に認識させるだけの市民の活動があって、冒頭で紹介したような行政の発言が出てくるのです。

 こうした厚みのある市民セクターは一朝一夕でできるものではありませんが、日本でもその基盤はできつつあります。特に森林ボランティアは、都市住民が汗を流しつつ山村住民と関わるという点で、世界にも類例がない地に足がついた活動であり、アメリカなどとは別の形で市民セクターを展開させる可能性があるように思います。

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