ニュース第63号 00年12月号より

子どもたちと森へ 

香川県どんぐり銀行事務局 大石泰輔

 

◇探鳥会の一シーンから

 この日も朝から,たくさんの親子連れがドングリランドに集まった。紅葉が始まったドングリランドでY女史恒例の「クイズ」が始まる。子どもたちは真剣な眼差しでY女史にかじりつきになった。

 ドングリを食べる動物にはどんなものがいるかな?

 「リス」 「タヌキ」 「ドングリムシィ!」

 そうですね!それじゃ,どんぐりを食べる鳥がいるのを知っていますか?

 「ウグイスゥ!」(?) 「ホオジロォー」(??) 「カケスゥ」

 そう,カケスって鳥は頬にたくさんドングリを貯めて,その上にくちばしでドングリをくわえたまま空を飛びます。そして,森のあちこちに運んで,落ち葉の下にドングリを隠します。これは,後で,また掘り返して食べるつもりなのですが,よく食べ忘れられたドングリが芽を出します。ドングリの新しい森ができるとしたら,それはカケスのおかげかも知れませんね。

さて,どんぐりを食べる鳥にはもう一つ有名な鳥がいるの知らないかな? 「ヒヨドリィ」(?)

 ヒントをいいます。身体の一部が関係しています。

 「シリドリィー」 (ちがうっていうのに!)

 正解は,「オシドリ」です。水鳥はふつう藻や小魚を食べるのがふつうなのですが,オシドリはドングリが大好物です。スタート地点の池にはオシドリがやってきます。また,機会があったらそっとのぞいてみてください。「はーい。ありがとうございました。」子どもたちの元気な声がランド内にこだまし,日だまりで家族と一緒に大きなおにぎりをおいしそうに食べている子どもの姿を見ると,自然と優しい気持ちに包まれる。

◇香川の森の二つの変化

 香川県では,新しい森林への係わりへのきっかけづくりの「装置」として平成4年に「どんぐり銀行」活動をスタートさせ,現在までに1万人を超える森林保全を指向するゆるやかな市民ネットワークができあがっている。さらに,平成7年からは,県営森林公園の一角でありながら「飛び地」であるが故に,ほとんど利用者がなく荒れ放題になりかけていた公渕森林公園西植田地区31haを「ドングリランド」と名付けて,市民参加型の森林づくりのモデルフィールドとして,整備を進めている。

 この土地が,公園用地として買い上げられた昭和40年代には,ほぼ全域マツ林であった。そして,一時は松くい虫被害の蔓延を防止するために農薬空中散布も行われていたが,15年ほど前に,マツは一気に枯れてしまい,気がついてみると,アベマキ・クヌギが優占する落葉広葉樹林になっていた。このような林相の劇的変化は,ドングリランドに限ったことではなく,香川県の里山に普遍的に見られる現象である。

 しかし,かつて禿げ山になるほど森林利用が進み,マツしか生えないせき悪地に覆われていたたため,おそらく数百年間,常磐の緑を誇るマツ林を原風景としてきた地域の人たちは,このことをどう見ているのだろう。十数年間のこの移り変わりの様を職業柄,人一倍気にしてきた者としては,もう二度と見られないだろう生態学の教科書に書かれている「植生遷移」の壮大なドラマを見せられているような気がしてならない。

 最近,この森林と人間の疎遠を示す指標ともいえる新たな現象が,もう一つ加わり,香川の森林行政を悩ませている。それは,放棄されたモウソウチク林の拡大だ。ドングリランドの中心部には,キャンプ場がある(あった)が,ドングリランドの森づくりが始まった頃には,完全に竹藪で覆われ,キャンプ場の跡形もない状況であった。約5年がかりで伐って伐って伐りまくって,やっと最近,昔の状態に戻りつつあるが,手をゆるめると,春にはまた,あちこちにタケノコが顔を現すから厄介だ。

◇どんぐり銀行効果(?)

 しかし,大人たちのこんな悩みは子どもには関係ない。たぶん彼らは香川がマツタケの産地であったことも知らないし,禿げ山防止のために正月の松飾りが禁止になり,紙に印刷された門松が配られていたことも知る由もない。秋になると,家族で山にどんぐり拾いに出かけ,どんぐり銀行に預けに行くのは,今の香川県ではごく当たり前の光景になった。(そういえば逆に松ぼっくりが珍しくなってきたということか・・?)実際,「どんぐり,どんぐり・・」と独り言を言いながらどんぐり拾いに夢中になっている家族連れに山の中で出会うと,どんぐり銀行関係者としては,何となく背中がぞくっとしてしまう。

 県内でも山間部の子どもたちが,先生になぜ自分たちの近くの山には1D(どんぐり銀行では,アベマキ・クヌギは1個10D,それ以外は1個1Dという通貨体系をとっている。)しかないのかといって嘆くという話は,ある意味で県内のドングリの生息分布を気づかせている教育的効果を確認できる反面,どんぐり銀行の罪(?)を感じざるを得ない。おそらく今の人たちの心の中の森の姿は,経済の中の森ではなく環境としての森なのであろう。だから,考えただけでうんざりしそうなモウソウチクの伐採も嬉々としてやれるし,ふつうなら捨ててしまうような端材でも家に持って帰ろうとする。コクバカキ(松葉を拾い集めること)をしなければ風呂も焚けないし炊事もままならなかった時代の厳しい森林と人間の関係は,マツ林・里山という特殊な森林社会を維持してきたが,どんぐりの森の時代は,遊びのパワーで森林づくりということになるのだろうか。

◇森の贈り物

 ドングリランドでは,原則として毎月第2土曜日に行う森づくり行事のほか,花見・蛍見・お月見などのように季節の変わり目ごとの森の自然を楽しむ季楽教室や探鳥会・ネイチャーゲームをとおして森に親しむどんぐり学校を開催している。さらに,最近は,学校で「総合的な学習」が本格化するにつれ,平日の森林体験学習の場としての利用も増えてきた。子どもたちと森を歩くと,いつも驚かされるのは,彼らの「しなやかさ」である。ただの枯れ枝がいつの間にか「魔法の剣」になったり「へび」になったりする。また,目線が低いせいかいろんなものをすぐ見つける。世の中では,今後ますますデジタル化が進みIT社会になっていくだろうが,逆に,森の中で子どもが教えてくれるアナログなしなやかさを必須栄養素として吸収する必要性が高まるのではないだろうか。木材生産一辺倒で突き進んできた戦後林政だが,少なくとも公有林については,新しい森林サービスの提供が求められているとヒシヒシと感じる毎日である。

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