「希望の対抗軸を創り出そう」

渡辺眞知子(東京1区市民連合共同代表)

はじめに

 私は弟の自死を契機にキリスト者になり、日本聖書神学校(東京 目白)に入学しましたが、教員のハラスメントに遭い言葉が出なくなりました。単位の代替取得を他の二つの神学校で認めてもらい、心のバランスを取るために東洋英和女学院大学社会人大学院に籍を置いて卒業をめざしました。

卒業後は監獄人権センターでのボランティアを初め、社会の中で弱い立場にいる方を支える活動に参加し、関わってきた市民団体は約340団体となり、東京1区市民連合の共同代表もつとめています。

どうして自民党が単独で3分の2を超える316議席を獲得できたのか、その理由を6つにまとめました。

1.厳冬期の急な解散・総選挙、オリンピック報道

通常国会冒頭での解散は必然的に厳冬期の総選挙となり、極めて制約の多い選挙となりました。地方の豪雪地帯では、街頭演説などの選挙運動が大きな制限を受け、投票所へ足を運ぶことが困難となり、期日前投票すらままならない地域も少なくありませんでした。

高齢者など動画配信やSNSを通じた情報が得られない層ほど、天候の影響を直接受け、都市と地方、有権者の年齢による情報の取得と投票機会の格差がさらに拡大しました。

短期決戦と厳冬期という二つの条件が重なり、政策論争や熟慮を前提とする民主的選択の空間が狭められ、選挙環境そのものが与党に有利な条件となったと言えます。

加えて今回の総選挙は冬季五輪の開催期間と重なり、例えば投票日のニュースは、金メダルのニュースに続き大雪に関する注意が伝えられ、その後にようやく「今日は衆院選の投票日です」と告げられるなど、選挙の大切さが充分に伝えられませんでした。

2.メディア、SNS の印象操作により、偽りの高市像が広められた

高市政権発足時メディアは「憲政史上初めて女性の首相が誕生」と持ち上げましたが、高市氏の本質は保守強硬派で、日本国憲法の改正に言及し、靖国神社を繰り返し参拝し、同性婚や夫婦別姓を認める動きにも反対してきた人です。

私は政教分離の会で、高市氏が総務大臣の時に行った靖国神社参拝、玉串料奉納に対して抗議声明を送り、2012年の高市氏の生活保護についての発言「さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとか、弱者のふりをして少しでも得をしようとか、そんな国民ばかりになったら日本国は滅びてしまいます」、

2016年の「放送法違反による電波停止命令を是認する発言」に、恐ろしさを感じていました。高市氏は原子力空母ジョージ・ワシントンの船上で、トランプの横で右手を高く上げて跳びはねるなど、露骨にアメリカに媚びる人でもありました。

昨年12月の合同世論調査(産経新聞とFNN(フジニュースネットワークによる)の高市内閣の支持率は75.9%で、18~29歳が92.4%、30代が83.1%と、これまで新興政党に流れていた若者の層で圧倒的な支持を獲得してきました。この高い支持率は、豊富な資金力によってメディア、SNSによって意図的に作り出されてきたものと言えます。

3.高市発言は不正確で、政治家としての致命的な欠陥を持っているが、市民にはわかりやすく身近に感じられる。

ある若い女性は高市氏を支持する理由を「わかりやすくはっきりと話すから」だと言い、高市氏は親近感があり身近に感じる、と言います。高市氏のハンドバッグ、高市が使うペンはすべて売り切れ、高市の推し活(自分のイチオシを決めて、応援する活動)はサナ活と呼ばれるまでになりました。このサナ活という言葉は、昨年12月の予算委員会で沖縄選出の自民党衆院議員の島尻あい子氏によって、高市氏をヨイショする文脈の質問でも使われました。

高市氏は批判に対して感情的に反応しやすく、過去の国会答弁でその弱点が露呈したこともあり、選挙期間中唯一の党首討論だったNHKの党首討論を欠席したのも、弱点があらわになる可能性のある場面を極力避けたのだと思われます。選挙は人気投票のように行われ、物価高騰など、生活への不満や怒りが「高市さんなら何とかしてくれる」という漠然とした期待感になり、票に結び付きました。

4.軽視されてきた日本の主権者教育

主権者教育とは、国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権者を育成していくことです。長年の自民党政府のもとで主権者教育は充分に行われず、若者の政治的関心の低さを生み出してきました。

日本では、「個人的なことは全て政治的なこと」という価値観は共有されていません。戦後の政治教育は、1947年の教育基本法によって定められ、現行の教育基本法でも「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とされています。

戦前の軍国主義教育とは異なる、政治の基本的知識に基づく政治的批判力、判断力を養う主権者教育は、民主主義社会を築くための必須の条件です。

スウェーデンは過去50年間、国政選挙での投票率が80%を下回ったことがない国ですが、主権者教育は民主主義(デモクラシー)の教育として行われてきました。またドイツでは政治教育における政治的中立性を保つための基本原則「ボイテルスバッハコンセンサス」(1976)に基づき、学校では特定の意見に誘導せず、論争のある問題を論争として扱い、生徒自身の関心に基づいて学びを深める教育が行われています。

5.選挙制度の問題

有権者のうち小選挙区で自民候補に投票したのは26%ですが、自民党が289ある小選挙区の86%にあたる249選挙区で議席を獲得したのは小選挙区制に拠るものです。

6.失墜した中道改革連合

立憲民主党は綱領で「安保法制の違憲部分の廃止」を謳っていたのに、公明との新党立ち上げにあたり、政策のすり合わせを行い、明確に「合憲」とする立場へ転換しました。

原発について、立憲は「原発ゼロ社会の一日も早い実現」を掲げていたのに、中道では「安全性が確認され、実効性のある避難計画があり、地元の合意が得られた原発の再稼働を容認する方針」が基本政策になりました。

このように票の獲得を第一目的にして自らの政策を後退させた元立憲議員は結果として支持を失い、党幹部や重鎮が落選したのは当然の帰結とも言えます。立憲は公明に完全に飲み込まれてしまいました。

私が共同代表をつとめる東京1区では、2021年の衆院選で、海江田万里氏と政策協定を結び、共産、立憲、社民の統一候補として国会へ送り出しました。 

 中道改革連合の結党大会の日の1月22日、私は市民連合の仲間と共に海江田万里氏の国会事務所に出向き、海江田氏と懇談しました。海江田氏は「中道に入らず無所属では国会で活動できない。スパイ防止法に反対するなどこれまでの自分の政策は中道に入っても変わらない。」と言われました。しかし海江田氏は自民党の山田みき氏に敗れ落選しました。今となってはかなわぬことですが、立憲が中道に飲み込まれなければ、議員として活動できた立憲の議員はたくさんいたと思います。

8.終わりに

2026年2月27日首相官邸前の「平和憲法を守るための緊急アクション」(憲法9条壊すな!実行委員会とWE WANT OUR FUTUREの共催)には、3600人が参加しました。続く3月10日の国会正門前の同行動には、SNSで知った人若い人、初めて声を上げる人たち8000人(同発表)が集まり、「風が吹いても消えない」という抗議の意思の象徴であるペンライトを持ち、「戦争反対」、「高市やめろ」、「憲法変えるな」の声を夜空に響かせました。私も8000人の内の一人で、憲法前文、9条、99条をコールしました。3月19日の19日行動には11000人、3月25日の同緊急アクションには雨の中24000人が参加しました。

東京1区市民連合は2017年に結成され、2015年12月発足の全国組織「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の一つです。2月22日全国市民連合は、自らを新たに「“信じられる未来”へ ――市民連合」と名づけ、以下の声明を発表しました。

国会内での反戦・平和・改憲反対勢力は激減しましたが、市民連合の仲間と共に、決してあきらめることなく希望の対抗軸を創り出していきたいと思います。(2026.3.26) 


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