「自民党大会における自衛官の「君が代」歌唱事件の新聞社説」

新倉修2026年5月1日(労働者祝祭日に)

 以下の讀賣の社説には、共感する部分が多いですが、緊張感という漠然としたものではなく、組織として、シビリアン・コントルールが損われている状態であることに危機感を持っていないのが、最も大きな問題です。防衛大臣は、連絡体制というレベルで(防衛省の内局や内閣官房長官=元防衛大臣のもっている)危機感を共有させられているようですが、自分では全くシビリアン・コントルールという組織原則に危機感を持っていないようです(持っていれば、自分が知らないところで、自衛官が国歌斉唱のリードを取り、ホテルのロビーでお褒めのお言葉をかけ、記念写真を撮り、SNSに投稿しなかったでしょう)。

 しかも、武器三原則の改定について閣議決定する前に、防衛大臣は防衛省の職員=制服の自衛官とともに、オーストラリアを訪問し、フリーゲート艦を多数輸出する契約を結んだそうです。オーストラリアは、友好国で準同盟国だとしても、紛争当事国ではないものの、対中国包囲網づくりのパートナーであり、オーストラリアの軍人が日本の領域内で死刑相当の犯罪をしても、裁判権をオーストラリアに委ねる(好意的取扱でごまかして)という協定を結んでいます。共同演習という戦争準備行為を共同することに踏み出している現状を踏まえると、抑止力の強化という名のもとに軍拡が進められ、産業振興に役立つと産業の軍事化(軍産複合体に骨の髄まで侵されているアメリカにならって)を進めるという文脈での一連の動きがあります。ある識者によると、日出生台での戦車隊(かつては特車と呼ばれいた)の砲弾暴発事故について、韓国が日本の10式戦車と同型の戦車を100台ウクライナに輸出した実績にうらやみ、戦車の「戦争当事国」への輸出すら展望して、性能アップを目指していたところ発生した「砲弾暴発事故」に防衛産業も防衛省も焦りを隠せないという解説がありました。抗いがたい怪物のような「肥大化するシビリアン・コントロールを欠いた軍隊」は、果たして人間の尊厳や個人の尊重の原理に合致するのでしょうか。

【読売新聞】

政治的な中立 自民も自衛隊も緊張感足りぬhttps://www.yomiuri.co.jp/editorial/20260426-GYT1T00269/

【朝日新聞】

自民党大会で自衛官が国歌斉唱 けじめなく揺らぐ政治的中立https://www.asahi.com/articles/ASV4H2TQJV4HUSPT00JM.html

【毎日新聞】

自民党大会に自衛官 中立を損ねる政治利用だ

https://mainichi.jp/articles/20260421/ddm/005/070/113000c

【東京新聞】

自民大会で国歌 自衛隊の政治利用慎め

https://www.tokyo-np.co.jp/article/481854

【北海道新聞】

自民党と自衛隊 見過ごせぬ政治利用だ

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1301407

【中国新聞】

自民党大会で自衛官歌唱 政治的中立といえるのか

https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/818420


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