平和的生存権と戦争被害受忍論について思うこと

北澤貞男 (弁護士)

2026年4月2日

1 戦前の1939年12月に生れ、戦後教育を受けて成長した。大志もなく司法試験を受け、1966年4月から2004年12月の誕生日前日の定年まで裁判官を務めた。父とおじ2人は徴兵されたが、いずれも無事に復員し、自分は徴兵される心配もなく、平和のうちに生存することができた。定年退官後は埼玉弁護士会に所属し、弁護士としてささやかに活動した。

2 弁護士としての活動では、中国残留孤児国賠請求事件と東京大空襲国賠等請求事件、そして安保法制違憲訴訟に関与した。いずれも平和的生存権を被侵害利益の基底に置いて理論構成をしたが、「平和」は理念ないし目的として抽象的概念で、その内容が一義的に定まるようなものではなく、憲法前文は基本的精神及び理念を表明したものにとどまり、憲法前文自体によって直ちに具体的権利として認められていると解することはできないとして、排斥されてしまった。また、一般民間人の戦争被害については、「国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民のすべてが多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を耐え忍ぶべく余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも戦争犠牲または戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかった」とするのが最高裁判決であり、戦争被害受忍論にほかならない。

3 このように、平和的生存権は未だに具体的権利として確立されていないのであり、一方、戦争被害受忍論は今だに通用力を保持している。日本国憲が施行されて78年が経過したにもかかわらず、不可解というほかない。

日本国憲法によって、軍事優先の天皇制国家が非軍事平和主義の国民主権国家に生まれ変わったはずなのに、不思議でならない。

4 しかも、最近の政治情勢を観ると、日本国憲法の基本理念が根底から崩されようとしている。この不気味さはどこにから生れているのであろうか。  

どうも自民党の保守派の潮流とは異なり、別の右翼的な潮流が幾つかあり、複数の政治勢力が生れている。中には、時代に明らかに逆行するものもあるが、それが国民のかなりの層の支持を受けているようである。

戦後教育の問題だとか、現代文明の病理だとか言ったところで、始まるものではない。社会科学的な分析が必要であるが、日本という国ないし社会の深層に問題があるような気がしてならない。、

戦争被害受忍論の克服について考えていた際に、ふと「官尊民卑」とか「四民平等」という言葉が脳裏に浮かんだ。これは階級社会における差別意識に関係した言葉であるが、建前が国民主権、国民平等に変わっても、国民の意識が簡単に変わるものではなく、古い意識が根強く残っているように思われた。特に国家権力に近い階層とそれ以外の民間人との間の差別意識である。例えば、国会議員にしても、普通選挙によって選出される国民の代表者であるが、いつの間にか国民の上に立つ意識が強くなり、一般国民の立場を下に見てしまうのではないかと思われるのである。そして、こうした傾向を温存しているのが象徴天皇制なのではないかと疑うようになった。天皇の国事行為とされている栄典の授与(憲法7条7号、14条3項)がそれを象徴しているのではないかと感じた。裁判官の場合であっても、その「官僚としての地位」によって勲章の等級が決められるのであるが、大方はそれをありがたく「拝受」しているようである。

政治による天皇制の利用が目立つようになった。皇室典範の改正が具体的に検討されているが、象徴天皇制をどのようなものとするかの議論が欠落しているようである。

5 平和的生存権の具体的権利性を確立し、戦争被害受忍論を克服することは国民的課題であり、これができなければ国民主権の平和国家になったとはいえないのではないかと思っている。これは国民一人一人の権利意識の問題であるから、とにかく自分がその意識をしっかり持ち、できる行動をしようと思っている。

以 上


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