Political Criminology

ネチケットというもの

 ネチケットというのは、ネットワーク上のエチケットのことをいう。規則やルールではない。一種の社会常識の範囲に属するものとされている。法と道徳とは違うということがよく法学の世界などでは言われる。しかしそもそも規則やルールといったものが、なかなか全員一致で作れないネットワーク社会にとっては、常識というのも、同じようになかなかわかりにくい存在だ。一般社会でそれを補完してくれる地域社会のようなものも、ネットワーク上にはなかなか存在しない。その結果、ネチケットということばで自分の独善的な道徳を押し付けてくる輩もいれば、ネチケットないし取り決めといったことを口にするだけで攻撃してくる人々もいるということになる。しかしとりあえず、一般的にネチケットと呼ばれているのは、インターネット標準文書(RFC)1855に記載されている内容であると考えてよいだろう。(翻訳は、ネチケット・ガイドライン日本語訳参照。)

 どんな社会の常識にも、それなりの淵源がある。ネチケットの場合、その淵源にはいくつかのパターンがありそうだ。

 まずネットワークに付随する制限事項に起因するものがある。インターネットのトラフィックの増加や、サーバへの負担が問題となるような行為の場合がこれにあたる。たとえば身近なところでは、いわゆる半角カタカナをネットワーク上では使ってはならないなどというものがある。これはいわゆる半角カタカナがUNIXシステムではサポートされていないということから来ているものである(詳細)。同様に非ASCIIの文字の使用にも注意が必要である。

 メールの一行の長さを半角65文字程度にして行ごとに改行を入れろというものや、署名(シグネチャ)は4行程度というのも同じような意味がある。特にかつてのように接続スピードが遅かった時代には、長いメールや一行の幅が多いメールなどを読むための環境が整っていなかった。場合によっては折り返し表示ができないために画面からはみ出してしまってメッセージが読めなくなることもあった。長いメールやシグネチャの行数の多いメールなどの場合は、単純に受信のためにかかる時間が、半端ではなく、かかったりしていた。そうした経験の中でこうした制限が生まれてきたのだと考えられる。

 いわゆるチェーンメールが禁じられるのも、実はこの種の問題に起因する。チェーンメールとは転送を無制限に奨励しているメールである。そのために、同じ文言が次々といろいろな人々に転送され、最終的には幾何級数的に本数が増殖していくことになる。多くはねずみ講めいたものや、デマ情報なのでそういった性格のほうが注目を浴びているかもしれない。メール受信だけで感染するという触れ込みで有名な偽ウィルス騒動など、悪質ないたずら事件が記憶に新しいところである。だがチェーンメールがなぜ問題なのかという文脈はそれとは別である。チェーンメールの問題は、実はオリジナルの作成者の意図にしろ中間に立つ転送者の意図にしろ、とりあえず二の次なのである。転送を無制限に奨励することのほうが問題なのだ。日本海の原油流出事故が起きたとき、原油の除去作業に関連して支援の呼びかけがされたことがある。できるだけ多くの人に知ってもらいたいという趣旨から多くの人が転送を奨励した。この各人の善意にもとづく行動は、しかしネットワークの常識からすると、無制限にトラフィックを増加させ、場合によっては各人のメールボックスをいっぱいにし、サーバのメール受信システムに脅威を与える大迷惑行為の範疇にはいるのである。

 ネチケットをめぐる話として、もう一方の極にあるのは、ネットワーク社会の「社会常識」ともいうべき部分。つまり会議室にはじめて書き込む場合には挨拶をせよとか、宣伝広告的な発言(Spamと呼ばれる)は避けるべきであるといったような助言めいた道徳である。だがよく見てみると、この種の道徳には使い勝手の問題以外に二つのターゲットがあることが分かってくる。つまり、プライバシー問題とネット上の罵倒合戦(Flame)対策である。そのこともあり、ネチケットの大部分は会議室システムやメールのやり取りに関わる点に集中している。

 プライバシーに関しては、まず、みずからのプライバシー公開についての注意が喚起されている。プライバシーは基本的に自分で守らなければ、誰も守ってはくれない。一方で、匿名性を保障するようなニックネームによる活動は、歓迎されない場もあることを知っておくべきだろう。適切なホストを使用して、適正なアドレスを使用することが、特にインターネット社会では要求されている。これには一方で、ネットワーク上では「匿名参加」や「なりすまし」が比較的容易におこなえるという現実を背景にしている。(使われることの多い、書き込みIP表示というのも、実は容易く詐称が可能である。)

 「罵倒合戦」とは、ネットワーク上での代表的な紛争形態である。会議室、ネットニュース、メーリングリスト、チャットなどを問わず、会話を中心とする場では、ネットワーク参加者同士の人格攻撃や、プライバシー侵害行為、名誉毀損行為などが発生する危険性がある。程度と場合によっては、刑事上の責任を問われることもある。そこで、そうした紛争を避ける手段がネチケットの名目の下で奨励されている。過去の投稿記事をよく読んだ上で参加するとか、問題を起こしそうな発言についてはそのような内容である旨を表示するようにするとか。一般社会の道徳と同じ流れにあるとはいえ、ネットワーク社会には、その特殊性を踏まえて、それなりの解決方法の模索がされている。特にネットワーク上には通常、現実的な強い調停者がいないため、あくまでも自主努力による解決が目指される点が特徴だろう。それをネチケットということばで表現しているのである。

 むろんこうした道徳的な指針を、権威あるもののように振り回すことはできないし、それ自体、ネットワークの道徳に反する。あくまでも参加者一人一人の自主性を重んじつつ、秩序を維持しようというのが、この種のコードの意味である。

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