ホームレス自立支援法と野宿者の人権

笹沼弘志(静岡大学)

1 ホームレス法における「自立」の支援とは何か

 本年8月7日、ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法が公布、施行された(衆議院厚労委で法案が可決された際に同時に決議された同法の運用に関する件は、本法と一体のものである)*。この法律は、だれでも地域の中で幸せに生きていく権利を憲法、生活保護法により保障されているはずなのに、国や地方公共団体が住居を含む最低生活保障義務を果たしていないため、公園や路上など人が住むのにふさわしくない場所で寝起きすることを余儀なくされているホームレスの人々がいることを反省し、ホームレスの人々の自立の支援や、ホームレス状態に陥りそうな状態にある人への生活上の支援を行うことを目的としたものである。(1条・2条)

 この法律については、草案段階から、その根本思想を表す「自立」という言葉をめぐって議論が展開されてきた。そもそも「自立」とはいったい何なのだろうか。自立という言葉は古い伝統的な理解からすれば、他人の援助を受けず、独力で生きていくことである。しかし、社会福祉の領域では近年、内外の障害者運動の影響を受け、大きく自立観念が転換してきた。その「新しい自立」とは、様々な援助を受けながら、自分で自分の生き方を決めていくこと、言い換えれば地域の中で自分の幸せを求めて生きていくことを意味するものである。

 一般的に野宿者は「自立」していないと見なされているが、会社のやっかいにもならず、生活保護も受けずに独力で生きているという意味では、まさに野宿者こそ古い意味で最も「自立」した生き方をしている人だともいえる。ただ、これは「強制された自立」にすぎない。

 ホームレス自立支援法の「自立支援」とは新しい自立観に基づくものである。

 野宿から脱して、地域の中でいろんな人々と関わりながら、自分の幸せを見つけていけるように援助することこそが、自立支援の意味である。古い自立観念をとったものだとしたら、「自立」している野宿者に対しては何もする必要がないということになろう。

2 ホームレス法における自立支援策

 ホームレス自立支援法による自立支援策には大きく住居の保障と就労の保障がある。それは、生活保護法による最低生活保障を底上げするものである。従って自立支援策は原則として生活保護法による最低生活基準を下回るものであってはならない。また、生活保護法に対して特別法のホームレス自立支援法が優先するといったことが安易に語られるが、ホームレス自立支援法には自立支援策の一環として生活保護法の適用が含まれており、生活保護に対し自立支援策が優先させられるべき法的根拠はない。むしろ、ホームレスの人々のニーズと本人の希望に応じて生活保護か自立支援策か、あるいはその併用かが決められるべきものだ。本法が従来、住居がないとか、単に働けるからと言った理由で違法に生活保護から排除されてきた野宿者にも、当然ながら生活保護を受ける権利があるのだという点を明確にし、適切に保護を適用すべきだと定めたことは非常に大きな意義を有する(3条1項3号、運用に関する決議6)。

 しかし、ホームレス自立支援法は自立支援策が具体的にはどんなものであるべきか定めていない。それは、国の基本方針及び地方公共団体の実施計画によって決められることになる。地方公共団体は、一律に自立支援策を実施すべき義務を負うが(6条)、実施計画については必要が有れば策定するものとされている(9条1,2項)。つまり、計画を立てねば自立支援策をスムーズに実施できないところは計画を立てる必要があるが、計画を立てなくとも自立支援策を十分に円滑に実施可能な場合は策定しなくても良いということだ。地方自治体が実施計画を策定する場合には民間団体の意見を聴かねばならない(9条3項)。

 自立支援策は、国が財政その他の必要な援助を行いながら地方公共団体や民間団体によって実施されていくことになる。 

 ところで、この法律により実施されることになる自立の支援策とはいったいどのようなものなのか。というより、具体的には実施計画で決まるのだから、われわれがどのようなものであるべきかをどんどん提言して行かねばならない。自立支援法の成否も、当事者や支援団体がどれだけ具体的構想を提起できるかにかかっている。自立支援策が従来の出口のない自立支援事業のようなものを越え出るようなものでなければ失敗は目に見えている。

 それではどのようなものが自立支援策として考えられるだろうか。安定した住居と雇用の確保に絞りいくつか具体的な提言をしてみよう。

(1)自立支援策の最低基準

 先ず、確認しておくべきことだが、自立支援策によって提供される住居や生活費等は、健康で文化的な最低生活を営み得るような水準のものでなければならない。ホームレス法による自立支援策も憲法及び生活保護法により定められる最低生活基準による統制を受ける。従って、自立支援センターやシェルターなどの施設も生活保護法による宿所提供施設の基準を下回るものであってはならない。宿提は複数世帯を同居させることを禁止している。よって単身世帯の場合には個室が原則となる。また、自立の意思のあるホームレスの人々を入所させる施設においては過度の管理規則は不要であるというだけでなく、自己決定を尊重して自主管理あるいは最低限、管理運営への参加を認めるべきである。

(2) 安定した住居の確保

 ア、生活保護法上の宿所提供施設の整備

  生活保護法は住居の無い要保護者が自力で住居を確保できない場合には最低限の措置として、宿所提供施設によって住宅扶助を現物給付する義務を定めている。施設の最低基準を定めた省令18号(66.7.1)では、定員が50人以上でなければならないとされているが、これを改訂すれば小規模の宿提を設置することも出きる。公営住宅や民間アパートの一部を宿提とすることもできよう。

 イ、公営住宅の活用

  厚生労働省と国土交通省が公営住宅に保証人無しで入居させるようにとの方針を出したため、公営住宅の活用が進んでいくことが期待される。

 ウ、民間住宅への入居支援策

 行政が不動産業者や大家との協力関係を作り、財政援助などをすれば、自立支援策または生活保護を利用する野宿者が保証人無しで賃貸契約を結べるようにすることも可能だろう。高齢者居住安定制度と類似の公的な家賃債務保証制度を導入することも合理的である。

 以上のような住居保障の方法を採り、居宅での自立支援を原則とすれば、施設収容を原則とする従来型の自立支援事業のように野宿の再生産を避け、地域での自立生活支援に大きな効果を上げることだろう。

(3)仕事の保障──安定した雇用の確保と就業機会の確保

 自立支援法の目玉は何と言っても安定した雇用の確保である。従来の自立支援事業では、単に職安で職探しをせよとの指導が行われたに過ぎないが、今度は仕事そのものが提供されることになる。しかし、安定した雇用の提供といっても具体的にはなかなか構想しにくく、就労自立を軸に据えることは困難であり、生活保護との併用による半就労・半福祉型に落ち着かざるを得ないだろう。稼働収入により最低生活費を稼げない限り、その不足分を生活保護により補足給付すべきである。

 安定した雇用の確保としては、まず第1にすべきことは、民間業者に野宿者を雇用するように義務づけたり、奨励策をとることである。これは障害者については、雇用調整金制度などにより既に実施されていることだ。政府はホームレス等試行雇用事業を打ち出しているが、これは逆に短期間で雇用を止める方向に傾く危険が強く、安定した雇用には結びつかないだろう。

 次に、最低生活を営み得るような安定した雇用には至らないかも知れないが、公的就労としてリサイクル、福祉その他の分野の仕事を提供する方法がある。

 また、野宿者や支援者の「起業」支援も有効だ。生活保護の生業扶助もどんどん活用していく必要がある。現在野宿者が従事している空き缶集めなどの「雑業」を自立支援策や生業扶助で援助していくという方法もある。  

 就業機会の確保策として、職業能力の開発等が上げられているが、野宿者の能力や必要に応じて職業訓練を実施することが必要である。また、一度就職したとしても諸事情で長続きしない場合もあり、就労支援員制度の導入により必要に応じた相談、援助などケースワークを行うことも必要だ。

3 排除は禁止された

 自立支援法の中でも、最も厳しい批判を浴びたのが、11条いわゆる「適正化」条項である。しかし、これは施設管理者に一方的に野宿者に立ち退きを迫ったり、荷物を撤去する権限を与えたものではない。実際には、排除禁止条項と言うべきものである。これまで行政は突然一方的に立ち退きを迫ったり、荷物の撤去をしてきたが、これは法の手続を無視しており、そもそも許されないことだった(最低限行政代執行の手続を採らねばならない)。

 新法は、公園や道路などで野宿していることにより、実害がある場合にのみ、自立支援策との連携をとって、法令の規定に基づいたうえで、初めて公共施設の管理者(行政に限らず公共施設を管理するJRなど民間企業等も含む)が野宿者にここを立ち退いていただけませんかとお願いすることができると定めた。

 つまり、次のような条件が満たされない限り、立ち退かなくてもよいことになったのである。ア、実害(しかも、かなり大きな被害)が発生していることを施設管理者が証明すること。苦情があったというだけでは立ち退きを要求することはできない。ホームレスの人々が余儀なく野宿せざるを得ない状態にあることを理解せずに苦情を述べ立てる者に対しては、ホームレスの人への理解を求め、人権について啓発しなければならない。イ、自立の支援策により安定した住居を提供すること。ウ、公園や道路の管理を定めた法令だけでなく、憲法や人権規約などの人権保障規定、生活保護法などを守ること。エ、野宿者自身が自発的に安定した住居などへ入居するのを待って、野宿者自身の同意を得て、初めてテントや荷物などの撤去を行うことが出きる。

 このように、11条は排除条項と言うよりも、排除禁止条項と言うべきものなのである。これは、自立支援法がホームレスの人々の人権と自立への意思すなわち、自己決定権の尊重を基本とする限り、当然のことである。

* ホームレス自立支援特別措置法について、詳しくは笹沼弘志「ホームレス自立支援法概説──問題点と活用可能性」野宿者人権資料センターShelter-less14号(2002年)を参照のこと。 

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