日歯連盟訴訟で問われているもの

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 この文章は全国の保険医の集まりである全国保険医団体連合会の機関紙である「月刊保団連」(2001年5月号)に寄稿したものです。最近、KSDのみならず医師会、歯科医師会、土地改良区などの公益法人がそれぞれに「なんとか政治連盟」という政治団体をつくり、自民党職域支部もつくって、政治資金の寄付、党費の立替などをおこなっていることが、国会や新聞でも取り上げられています。以下にある小論は、その歯科医師界における問題点を訴えた日歯連鹿児島訴訟を紹介したものです。7月には、福岡でも、同様の「退会の自由」をめぐっての訴えがなされます。

日歯連盟訴訟とは
 鹿児島県鹿屋市の歯科医師・近藤彰さんが市の歯科医師会の会合に出席したところ、○×のついた会員名簿が配布された。選挙に立候補しようとした特定の候補者に対する後援会員集めに対する「貢献度」を評価したもの。近藤さんは「こんなことをしてよいのだろうか」と素朴な疑問と反発を感じた。そこから、この訴訟は事実上始まった。
 歯科医師の間で特定候補者の支援活動を中心に行っているのは日本歯科連盟(以下、連盟とよぶ)である。連盟と特定の政治家・政党とのつながり、日本歯科医師会(以下、日歯とよぶ)と連盟との渾然一体の実情に「なんとかしなくては」と思った近藤さんは、1995年に、連盟に対して、退会届を提出した。しかし、帰ってきた返事は?
 「貴殿が社団法人日本歯科医師会に残ったまま当連盟だけを退会することは、両団体の定款、規約の目的趣旨及び確立した慣行に反するものとして重ねて不承認になりました。よって、貴殿の当連盟に対する退会届は認められません。当連盟を退会する場合は、日本歯科医師会及び当連盟の双方に対し同時に退会の手続きをしてください。」(99年4月23日の通知書)。
 「連盟にはもう入っていたくないから、やめさせてほしい」と申し出たのに、「連盟だけ抜けるわけにはいきません。日歯もいっしょにやめてください」という回答だった。近藤さんは、日歯の活動は地域に働く歯科医師として重要不可欠な内容が含まれているから、自分には必要だと考えていた。だから、日歯は止めなかった。しかし、連盟に退会の意思を示したにもかかわらず、連盟会費はなお口座から引き落とされつづけた。
 そこで、「残念ではあるが外部の力=法律の力を借りてでもこんなことは改革しなければ」と訴訟を考えた。提訴についての消極的な意見もあったが、全国の歯科医師に『全国保険医新聞』などで参加をよびかけたところ、9人の仲間が原告に名乗りをあげた。そして、98年10月5日に鹿児島地裁に提訴したのである。連盟は退会を確認して、退会の意思表示を行ったときから今までの連盟会費徴収分を「不当利得」だから返還しなさいというのが訴状の主旨であった。

公益法人としての日歯と政治団体としての連盟
 被告である連盟は、日歯と連盟は同時入会・同時退会が「両団体の定款、規約の目的趣旨及び確立した慣行」だと主張する。なぜなら、連盟は「日歯の全会員によって組織する、目的のうえで日歯と関連一体の団体である。従って、日歯の全会員が被告の会員となることは、日歯としても当然のことである。」(被告側の準備書面から)。
 簡単に考えれば、会員がまったく重複する別団体をつくる面倒などしなくて、日歯一本でいいのではないかと考えるのが普通だろう。しかし、そうできないところに、この奇妙なしくみの特徴がある。日歯は公益法人である。法律上、公益法人は、「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とするものでなければならない」(96年に閣議決定された「公益法人の設立許可及び指導監督基準」)ので、特定の政党や政治家に対して支援・献金活動などを行ってはならない。そこで、特定の候補者を推薦し、支持するために政治資金規正法に基づく政治団体として連盟が別個につくられたのである。事実、連盟の理事長・山崎亮一氏の提出した「陳述書」の中に「活動成果」としてあげられているのは、参議院(全国区・比例)に「歯科界代表」として、1953年以来、自民党議員6人、自民党から新進党、自由党へと変遷した議員1人を当選させたことなどである。そして、この「国会議員の力を背景にして」歯科医に関する法律をさまざま成立させたことを誇っている。まさに、政界と歯科医業界のつながりの結節点になっているのが連盟である。
 政治団体である連盟は会計報告の提出を義務付けられており、その会計を知ることができる。1999年度には、自民党の政治資金団体である国民政治協会に6億6千万円ほどの寄付が行われているなど、会員から集めた会費約18億円の大半が特定政党の政治資金団体、政治家の資金管理団体への「寄付」それに各県の連盟への「交付金」に回されている。そして、各県連盟ではこの「交付金」をうけとり、政党・政治家の政治団体に「寄付」がなされる。鹿児島県連盟の場合では、「二階堂先生に感謝する会」(97年度20万円)や「自民党九州ブロック総決起大会」(96年度10万円)はじめ、ずらりと自民党系の議員の政治団体への寄付が記載されている(県選管への届出から)。
 さらに、鹿児島県連盟は、自民党鹿児島県連鹿児島県歯科医師連盟支部として、まるごと自民党に加盟し、連盟会員(つまりすべての日歯会員)に入党申し込み書を配布している。参議院比例代表候補の上位の順位になるためには,党員の獲得数が決め手になっていたからである。
 そもそも公益法人としての日歯と、政治団体としての連盟は、法的にみてその性格・権限が異なる別個の団体である。届け先の役所も異なる。ところが、連盟幹部の頭の中では「日歯は公益法人であるが故に、日歯の全会員をもって政治団体である被告連盟を組織し」(答弁書)と、両団体がまったく区別されることなく理解されている。問題にされるべきは、法の規定にもかかわらず、政治団体と公益法人との混同になんらの疑問さえ感じていない連盟・日歯の体質であろう。
 
入会・退会の自由は当然
 法律的な根拠によって強制加入団体である弁護士会・税理士会などとは異なって、連盟にしろ、日歯にしろ、いずれも任意団体であり、加入したいと思う人が入り、加入したくない人は入る必要はない。加入した会員も退会したいときには退会できるのが、私的な団体として当然のことである。だから、今回の日歯連盟訴訟の法的争点はごく単純なものである。原告の主張するように、連盟からの退会の意思を示したのだから、会費の未納など特段の事情がないかぎり、退会を認めなくてはならない。
 「一体であることを知って、日歯に加入したはずだ」とも被告はいうが、別個の団体をさも一体であるかのように説明してきたことこそが間違っているというべきだろう。
 連盟の規約第3条に「本連盟は、日本歯科医師会の会員をもって組織する。」とあることが「同時入会・同時退会」論の規約上の根拠とされているが、この規定自体は「連盟には日歯の会員以外は入れません」という会員資格を定めているだけであって(このように会員資格を限定すること自体は私的な団体としての自由である。)、連盟・日歯との「不可分一体」さらに、「同時入会・同時退会」を根拠づけるものではさらさらない。

憲法上の思想・良心の自由
 政治団体である連盟からの退会の自由がないことは、団体一般への加入・退会の自由にとどまらない憲法上の自由の侵害に関係してくる。どの政党を支持し、どの政治家を支援するかという政治的な考え方の自由は、とくに憲法19条が「思想・良心の自由」として保障しているものなのである。政治団体である連盟は、特定の政党・政治家を支持することに同意した歯科医の団体である。歯科医の中には、自民党を支持する人もいれば、その他の政党を支持する人もいるだろうし、どの政党も支持しない人もいるにちがいない。だからこそ、加入・退会の自由が保障されなくてはならない。強制的加入があってはならない。(公益法人である日歯が、その目的にそってなんらかの政治的行動をすること自体まで法は禁じていないが、特定の政党・政治家への支援・献金は法的に禁じられている。)「日歯に加入したければ、連盟にも加入せよ」「連盟をやめたければ、日歯もやめよ」という被告の論理は、政治団体への強制的加入の論理である。
 税理士会からの政治献金は違法であると税理士の牛島さんが訴えた南九州税理士会訴訟で、最高裁は「政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄である」と判決の中で述べている(最高裁第三小法廷1996年3月19日)。
 南日本税理士会訴訟は、加入が義務づけられている強制団体における「思想の自由」が問題となった事案だが、特定の政党や政治家に対する支援が禁止されている公益法人にも、上述の判決はそのままあてはまる。どの政党に寄付するかについては、投票の自由をもつ歯科医師個人が自主的に決定すべき事柄である。政治団体である連盟が特定政党・政治家を支援することはたしかに自由である。しかし、だからこそ、会員個人の政治的自由が保障されなくてはならない公益法人である日歯と、特定政党・政治家への支援を行う政治団体である連盟をしっかりと区別しなくてはならないのである。

連盟が必要だという意見に対し
 「医師会・歯科医師会は政治活動ができないから、連盟をつくって、自分たちの要求を政治に反映させる必要がある」とか「連盟の政治活動で、診療報酬の引き上げなど恩恵をうけているから、連盟は必要だ」などの意見もある。この「連盟=必要」論を考えてみよう。医師会・歯科医師会などが、医療保障制度や診療報酬の改善などの課題で、政府や国会に要求することは禁じられていないどころか、これまでも活発に行われてきたし、今後の医療の充実・発展のために大いに強化していかなくてはならない課題である。しかし、この課題の実現は、特定の政党や政治家への支援を目的とした政治団体である連盟だけを通じて、政党との「取引」によって行われるものではない。医師や歯科医の広範な合意と熱意に支えられて、医療界全体でまとまって行われてこそ成果があがる。連盟という特定政党や政治家とのむすびつきは、かえって、医療界の広範なまとまりを壊すことにもなりかねない。さらに、連盟という特定政党とのむすびつきによって、医療界に本当に必要な諸施策が、その政党の考え方にひきづられて、ゆがめられてしまう事態すら起こりうる。だからこそ、医師会・歯科医師会内部での個人の政治的信条を大切にすることと、医療に関する課題をしっかり要求・実現していくことはいわば両輪の課題なのである。

訴訟が提起する課題の大切さ
 日歯連盟訴訟が問題として提起した公益法人と政治団体の渾然一体、政治と業界の癒着の実態は、歯科医師の世界にとどまらない。昨今、政界をゆるがしたKSD汚職もまた同じようなしくみから起きてきた。公益法人であるKSD中小企業経営者福祉事業団では政治活動ができないため、「豊明会中小企業政治連盟」「KSD豊明会」という政治団体、さらに「自民党豊明会支部」までつくって、その政治団体を通じて、集めた会費から政界にカネを流していったのである。そして、自らの利益にかなった政策を実現しようとした。
 医師、看護婦などの医療団体も同様に、政治団体をつくって、政界と結びついている。国民医療の改善を目指す立場からすれば、特定政党や政治家との結びつきではなくして、国民の切実な要求を背景にして、医療に関する要求をしっかりと政府や国会に伝え、その実現を求めていく方法がとられるべきである。しかし、わが国の政治は往々にして、政界と業界との特別な結びつきによって左右されてきた。それが、繰り返される汚職事件の原因につながっている。企業献金、業界献金によって、政治家が「国民全体の代表者」ではなくて、特定の企業・団体・業界の利益に追随する形になり、政治をゆがめてきた。
 今回の訴訟の提起そして予想される勝訴判決によって、「特定の政党や政治家を支援するために、入りたいと思う人が入る」という連盟の本来の姿に立ち返らせることになるだろう。しかし、訴訟の意義は、たんに日歯・連盟の姿勢を正すだけにとどまらない。この訴訟は、日本の保守政治を裏から支えてきた政界と業界の癒着の現実を明らかにし、個人の政治的な自由を確保し、国民の自発的な政党支持・資金の寄付による民主政治の原則を実現していく憲法運動であると意義づけることができる。日本社会では「おかしいとは思うけれど、上がやっていることだから、波風をたてない方が」という意識がいまなお根強い。その中で「おかしいものは、おかしい」と立ち上がった10人の原告の勇気と支援する人たちの広がりは、健康な生活をしっかり保障し、国民のための医療を実現しようとする医療関係者の運動とも支え合って、「くらしの中に憲法を実現する」運動となっていくだろう。

 小栗 実(鹿児島大学)

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