森喜朗首相を刑事告発した理由

 自民党の1998年分と1999年分の政治資金収支報告のうち組織活動費の使途報告が真実のものではないとして、当時、自民党の会計責任者(幹事長)であった森喜朗衆議院議員(現首相)を、今月(2001年2月)6日、東京地検に刑事告発しました(告発状についてはこちらをごらんください)。この告発は、9日、正式受理されました(20日に判明)。
 告発したのは、「株主オンブズマン(代表:森岡孝二・関西大学教授)」の有志11名、評論家1名(佐高信さん)そして私を含む「政治改革オンブズパーソン(代表:小林武・南山大学教授)」等の憲法研究者有志8名の計20名です(その代理人・弁護士は36名)。
 「株主オンブズマン」の有志は、自民党への企業献金が事実上自民党の組織活動費となっていることに着目して、組織活動費の最終的な使途(秋に公表され都道府県「公報」掲載された地方分の政治資金収支報告書を含め)を調査、分析されました。
 その調査、分析によると、その使途報告書には自民党議員の名前は出てくるものの、それが実際どのように使用されたのか明らかでありませんでした。当該議員の資金管理団体もほとんど報告していなかったからです。
 この点につき自民党や自民党議員に質問状を出し(自民党議員に対する質問状)、自民党から回答があったのです(自民党に対する株主オンブズマンの質問状と自民党の回答)が、正直言って驚きました。「政策立案及び政策普及のための情報収集・調査分析、党組織拡大のためのPR活動等の政治活動に使われています」との回答だったからです。そうなると、党から議員が受けた組織活動費は「党から預かったカネ」であり、党にとっては当該議員に「預けたカネ」ということになりますから、政治資金規正法では「当該議員が最終的に使用した使途を党として報告」しなければならなくなるわけです。そこで、私たち憲法研究者有志も、政治資金規正法違反を確信して刑事告発に参加したのです。
 この告発は、当時の自民党会計責任者の政治資金規正法第12条違反(支出の虚偽記載・不実記載)で同法第25条に該当する罰(5年以下の禁固または100万円以下の罰金)の適用を求めるものです。ですから、森氏個人の責任を問うものではなく、政党である自民党の責任を問うもので、森首相の退陣を目的とするものではありません。政党の法的責任追及としての刑事告発としては、政党助成法上はすでに昨年2月私を含む憲法研究者が6党首(当時)を刑事告発したものがありますが、政治資金規正法上は全国でも初めてのことです。

 「政治改革オンブズパーソン」等の憲法研究者有志が、あえてこの刑事告発に加わった理由として、私は2つのことを指摘したいと思います。
 第一の理由。政治腐敗の温床となってきた企業献金は、1994年の「政治改革」5年後には全面禁止されるといわれていましたが、当時「政治改革」を推進した政党の公約に反し、また国民の期待に反し、いまだに禁止されていません。その上、自己の主要な政治資金源となるくらい高額な企業献金を受け取っている自民党は、高額な組織活動費の真実の使途を政治資金収支報告書に記載せず、本当の使途を隠していたわけです。これでは、自民党の組織活動費は「党の機密費」として機能しているに等しいから、これを社会に問う、ということです。
 第二の理由。1994年の「政治改革」では政党本位が目指され、選挙制度も政治資金制度も政党本位にされ、政党に憲法上根拠もない「特権」を与えてしまったのですが、自民党は政治資金(ここでは組織活動費)の真実の使途を報告せず、政党としての責任を果たしていないのです。これでは「政治改革」における政党本位という建前に反するものであり、「政治改革」のやり直しを主張する「政治改革オンブズパーソン」の有志はこれを社会に問う、ということです。

 繰り返しになりますが、この刑事告発は、森氏に首相を辞任させることが目的ではありません。いまだに止めない森首相に国民は苛立っているようですが、それを支えているのは自民党であり、他の連立政党である保守党と公明党です。これらの政党は昨年の衆議院議員総選挙で271議席を獲得し絶対安定多数を得ていますが、これは小選挙区本位の選挙制度が「人工的に生み出した多数派」です。その証拠に、比例代表選挙における各党の得票率で480の議席を比例配分すると、3党は合計で200しか議席を配分されないことが試算されるからです。これはすでに「政治改革オンブズパーソン」が指摘していたことです(声明「民意を正確に反映する選挙制度への改革を!― 第42回衆議院議員総選挙の結果の分析を通じて ―」/別表「1996年と2000年の総選挙結果と民主的議席配分の試算」)。
 衆議院議員の選挙制度が、多様な民意をできるだけ正確に反映できるようなもにになっていれば、少なくとも、現状のような国民の苛立ちは生じなかったからです。このような苛立ちを根本的に解消し、繰り返させないためには、選挙制度を真に民主的なもへと改正するしかないのです。
 私たちの刑事告発の趣旨を決して誤解しないで下さい。

2001年2月20日(火)
上脇 博之(北九州大学法学部助教授)

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