週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
まぐまぐメールマガジン再録版 Vol.57 2004.10.14

[20041014]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.57
木村書店Web公開シリーズ

 ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦!

等幅フォントで御覧下さい。
出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房)

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  第六章:バントゥの王国

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◆(第6章-9)シバの女王 ◆

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 わたしは、ザイールのシャバこそが、旧約聖書に名をとどめたシバの女王の、本拠地であったと考える。

 シバの女王は、ソロモンを訪ねた。彼女は富める国の女王であった。シバは、国名または地名であろう。そして、シバは、タルシシやオフィルと結びつけられていた。旧約聖書の章句もそうなっているし、オリエント史学者も、そう考えている。

 旧約聖書は、つぎのように、シバの女王の国が、金や、香料、宝石の特産地であることを物語っている。

 「シバの女王は主の名にかかわるソロモンの名声を聞いたので、難問をもってソロモンを試みようとたずねてきた。……そして彼女は金120タラントおよび多くの香料と宝石を王に贈った。シバの女王がソロモンに贈ったような多くの香料は再びこなかった」(『列王紀上』、10章)

 シャバは、金、銀、銅の主要産出国であった。このシャバから、大ジンバブウェのあるローデシアをぬけ、モザンビーク海岸のソファラ港にむけて、古くからの通商ルートが開かれていた。地図を参照していただきたい。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/afric-n.gif

 ソファラはまた、古代の宝庫、オフィルにちがいない。中世のアラブ商人は、このソファラから、金、銀、銅、鉄、象牙を求め、インドや、地中海方面に売りさばき、巨利を博していた。アラブ人の通商ルートは、古代のフェニキア人のそれを受けついだものである。タルシシ、オフィル、シャバ(シバ)は、古くからの通商ルートであった。

 では、このわたしの考えに対して、ヨーロッパ系のオリエント史学者は、どうこたえるだろうか。彼らは、シバの女王の国は、アラビア半島の一士候国だったのだろうか、と主張している。だが、アラブ人はあくまで、仲介貿易業者として栄えたのである。現代でも、スエズ運河は、東西貿易の要衝となっているが、この位置づけは、古代でも中世でも、全く同じだった。しかも、アラビア半島からは、金、銀、銅の大量の産出はみられない。その他の物的証拠も、全く提出されていない。

 その上、オリエント史学者は一時期、わたしと基本的に同じ考えを、大々的に発表したことがある。彼らは、大ジンバブウェの発見に狂喜して、ただちにここはオフィルだ、シバの女王の国だ、と断定したのであった。つまり彼らは、金産国の位置づけ、古代・中世の通商ルートの位置づけなどにもとづいて、東アフリカや中央アフリカを、最大の候補地と考えていた。

 なぜ、この考え方が撤回されたのだろうか。わたしには、この「現代の謎」を解くべき物的証拠はない。しかし、「心証」は明確である。それは、大ジンバブウェの建設者が、生粋のアフリカ人であり、黒色人である、という事実が明らかになったからにほかならない。あこがれのシバの女王が、黒色人では都合が悪い、と考えたからにほかならない。

 だが、旧約聖書のどこにも、シバの女王の人種的特徴は、描かれてはいなかった。その逆に、ソロモンの時代に大活躍したフェニキア人は、カルタゴの神殿の石槨に、明確な黒色人の特徴を示す貴婦人を、女神そのもののように葬っていた。シバの女王も、黒色人であったと考えるべきであろう。この「心理的」障害さえ突破すれば、すべては解決する。

 さて、ザイールでは、シャバを銅のよび名にしている。しかし、わたしは、シャバは本来、金属の総称だったのではなかろうかと思う。シャバ州は、銅を大量に産するので、この総称が銅のみを示すようになり、他の金属には別のよび名がつけられた、と考えられる。こういう事例は沢山ある。たとえば日本では、カネが総称で、コガネ、シロガネ、アカガネ、クロガネといった。そして、ただカネといえば、鉄を意味していたり、青銅の鐘を意味したり、金・銀・銅を意味したりする。

 では、金属の総称としてのシャバは、ほかの国につたわらなかっただろうか。

 わたしはまず、古代エジプト語のバ(鉄、金属)を思いだす。そして、シャバ、カバ、ケム・バ、つまり、化学(アルケミア)による金属、と解釈する。日本語のカネもこれと無縁ではないだろう。

 つづいて、古代エジプトの第25クシュ(エチオピア)王朝のファラオに、シャバ、シャバタカ、がいたことも指摘したい。この王朝は、少なくとも、中央アフリカのウガンダまでを領土としていた。シャバ州そのものとの関係もあるかもしれないが、金属生産を国力の背景としていた、とも解釈できる。残念ながら、クシュ(エチオピア)帝国の本来の言語が、未解読なために、全くわかっていない。しかし、わたしは、こういう基本的な単語のつながりには、かなりの確信を抱いてもよいと思う。

 さらに面白いことには、この王朝のファラオに、もうひとり、タハルカがいる。タを、古代エジプト語の土地または国と考えれば、ハルカの国の王者、と結びつけうる。そして、ハルカは、すでに指摘したバルカン半島(またはタバルカイン)と結びつけうる。また、プラトンのアトランティス説話には、オリュハルコンという特別な金属の名前がでてくる。ハルカ、ハルコン、バルカン、バルカインという語根は、どうも、金属と関係があるようだ。

 さて、以上のコトバの謎は、指摘にとどめておきたい。いずれにしても、シバの女王をめぐる歴史は、せいぜい紀元前10世紀前後のことである。このへんを、アフリカ史のピラミッドの中段として、また、踏み台として、もう一度、紀元前6000年頃の事件をふりかえってみたい。

 まず、ルヴェンゾリの大爆発は、周囲にどういう影響をもたらしたであろうか。

次回配信は、第6章-10「太陽神ラー」です。

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