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まぐまぐ メールマガジン 週刊『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』
再録版 Vol.40 2004.06.17 |
| [20040617]古代アフリカ・エジプト史への疑惑Vol.40 木村書店Web公開シリーズ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.40 2004.06.17 ━━ ■■■『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』■■■ 近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 等幅フォントで御覧下さい。 出典:木村愛二の同名著書(1974年・鷹書房) ●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉●叉∞叉∞叉∞叉∞叉● ┏┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┓ ┫ 第四章:鉄鍛冶師のカースト ┣ ┗┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┛ ◆(第4章−9)ミルラの秘蹟 ◆ ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ フランス人のド・ボーが書いた『アフリカ探険五千年史』によると、紀 元前2300年頃に死んだ古代エジプトの王女のミイラのそばから、アンチモ ンが発見された。この金属は鉄を触媒にして、輝安鉱という鉱石と一緒に 熱すると、還元され、分離してくるものである。 アンチモンはすでに、紀元前4000年頃から、陶器の壷の装飾などに使わ れはじめていた。しかし、これもエジプトには鉱石がない。そこでド・ボ ーは、現在の分布からして、ローデシア産の可能性ありと指摘している。 ローデシアは、すでに紹介したように、6万から7万にも達する鉱山遺跡 があるところだ。 一方、同じローデシアから、古代エジプトの神、オシリスの小像が発見 された。それには、紀元前15世紀のファラオ、トゥトモシス3世の碑銘が きざみこまれていた。また、ザイール(コンゴ)からも、紀元前7世紀と 年代づけられる別のオシリス小像が発見された。ザイールのシャバ(カタ ンガ)州にも、やはり、数千ないし数万の鉱山遺跡がある。ここでは、現 在でも、銅、ウラニウム鉱山などが開発されている。しかも、このシャバ を中心にして、南はローデシアから、北はルワンダ[巨人の多いワッシ民 族のいるところ]にかけては、つい最近まで、ルンダ帝国が勢威をほこっ ていた。このあたりに、中世の内陸貿易ルートが縦横につながっていた。 以上の事実、およびド・ボーの指摘から、どういう推測がなしうるだろ うか。 中央アフリカの鍛冶師、または土師部の女たちは、早くから、鉄だけで なく、アンチモン、ベンガラその他の金属粉末をつくりだすことを、学ん でいたのではないだろうか。そして、古代エジプト人は、そのような金属 粉末または金属塊を、必要としたのではなかろうか。壁画の顔料や、陶器 の模様として、いわば安全な場所にとじこめられたものは、現在につたわ っている。しかし、もしかすると、軟鉄しかとれない鉄鉱石を利用し、中 央アフリカから、ニッケル、コバルト、マンガンなどをとりよせて、特殊 鋼をつくっていたのではないだろうか。壁画や壷の絵の彩色は、その余技 として発達したものではないだろうか。 中央アフリカの土師部の女たちは、いろいろな場所の粘土から、さまざ まな色彩の土器が出来あがることを知っていた。出来あがった鉄が固くな ったり、軟かくなったり、時にはもろくなったりすることも知っていた。 この条件の下でこそ、諸金属の分離、精錬がはじまったのではないだろう か。わたしは、この謎の鍵を、「ミルラ」に求める。ミルラは、一般に、 神殿でつかう「没薬」として説明されているものである。 古代エジプトのファラオは、ミルラを求めて何度も南方に遠征隊を送っ ている。その記録は、第1王朝ないし第2王朝にはじまっている。第5王 朝(前2563〜2423)のサフラーは、南方の国プーントから、「8万枡のミ ルラ、6200斤のエレクトン(金と銀の合金)、2600斤の貴重木」(『アフ リカ探検五千年史』、p.8)を持ち返ったことを、記録にとどめている。 このプーントが、どこにあった国かということは、ミルラとはなにか、 ということともに、大変な謎である。従来のエジプト史・オリエント史学 者は、このプーントの国を、現在のエチオピアの北、ソマリアの海岸地帯 に求めつづけてきた。しかし、現在のソマリアやエチオピアからは、何ら の考古学的証拠も発見されていない。一方、セネガル人のディオプは、例 のロ−デシアで発見されたオシリス神像と、エジプトの壁画にのこるプー ントの王族の姿[次の写真。第六章の扉絵を同じもの]、風俗を根拠に、 プーントはローデシア近辺にちがいないと主張している。 http://www.jca.apc.org/‾altmedka/afric-c-6.gif エジプトの壁画にのこるプーントの王族の姿 (『黒色人文化の先行性』より) わたしはまず、ディオプの主張にほぼ賛成であるといっておこう。そし て、ミルラをどう解釈するか、という問題を先に片づけておきたい。 ミルラは、神殿でつかわれたとされている。では、神殿ではだれが、何 をしていたのだろうか。「8万析」ものミルラは、線香のように燃やされ ていたのであろうか。 ところが、あらゆる学者は、古代の金属精錬が神殿で、神官によって行 なわれたと主張している。わたしはこれに、巫女の役割を加える。わたし の考えでは、巫女そのものも、中央アフリカの鉄鍛冶師の一族の出身であ った。彼女たちは、金属精錬の秘法を守っていた。ミルラとして総称され ているものの中には、何種類もの稀少金属、重金属が含まれていた。巫女 たちは秘法を知り、奇蹟を行なうものとして、あがめられていた。 さて、英語で奇蹟のことをミラクルというが、これはラテン語のミラク ルムに発する。わたしはこれを、かりに(正確にはたどりにくいので)、 ミルラ・ケムと解釈する。ケムは化学、ケミストリーの語源である。つま り、ミルラをつかった冶金化学が、奇蹟または秘蹟と考えられたわけだ。 ラテン語の動詞、ミロールは、それゆえ、「驚嘆する」、「崇拝する」、 という意味を持っている。また、英語で金属の総称となっているメタルは、 ギリシャ語に由来している。ギリシャ語でメターラは、金と銀の鉱山の意 味であるが、この語根を持つ単語の中には、粗鉱という名詞であるとか、 変えるという動詞であるとか、金属精錬を意味する単語が沢山ある。この メターラも、ミルラの変化にちがいない。 ギリシャ人やローマ人は、エジプトを征服する以前に、金属類の輸入者 であった。彼らの金属や化学に関する単語は、ほとんど古代エジプト語に 由来している。これだけでも、ミルラの正体については、充分な証明にな るだろう。 しかし、さらに面白いことがある。ド・ボーの記述によると、ミルラは、 オーともよばれていた。ギリシャ語では、鉄をオラオーといった。オーと、 オラオーとは、つながりがある。そしてこの系列の単語は、英語でまた、 オーとなり、鉱石、粗鉱の意となっている。わたしは、普通の鉄鉱石に、 ミルラ、つまり、重金属類を加えて特殊鋼をつくっていたのだと考えるか ら、言葉としてのミルラとオーの歴史的なつながりにも、大いに惹かれる。 さて、プーントの位置の問題に戻ってみよう。今度は、他の要素も加味 して考えたい。 紀元前2300年頃、古代エジプトの貴族ハルクーフが、ナイル河上流に、 2回の旅をした。これは現代風にいえば、スパイとして調査活動を行なっ たのである。そして、4回の軍事的遠征を成功させた。旅については、最 初は7ケ月で帰ってきたことを誇っており、2回目は8ケ月かかっている。 相当に遠くまでいったことになる。 http://www.jca.apc.org/‾altmedka/afric-p.gif ナイル河の主要な水系 まずハルクーフは、「精霊の国」から小人をつれてかえった。そしてこ の小人は、かつて「宝物係りのブールデッドがプーントから連れて帰った 小人とおなじような踊る小人の神様」であった。つまり、ハルクーフより 前に、「宝物係りのブールデッド」が、「プーント」に行ったのであり、 そこには、「小人」がいたのである。ハルクーフも、間違いなしに、プー ントの近くにいっている。中央アフリカに住む現在のバトワ民族には、毎 晩、焚き火を囲んで踊り、歌う習慣がある。非常に踊りが巧みであること については、いろいろな証言もあり、どの学者も、この「小人の神様」を、 バトワ民族と結びつけている。 ところが、現在のソマリア周辺には、バトワ民族に類する背の低い集団 は、まったくいない。そこでプーントの国をソマリアに設定する歴史学者 に呼応して、ヨーロッパ系の人類学者は、昔はいたのかもしれない、そう いう伝説もあるから、などといっている。しかし、巨人伝説と同様に、小 人の伝説を持たない民族というのは、さがす方がむずかしいぐらいである。 このような根拠にもとづく学説は、まったく、砂上の楼閤に等しい。むし ろわたしの考えでは、小人や巨人(ワッシ民族が最大の候補)の伝説をも っている民族は、中央アフリカに出発点をもつ人々を加えているのだ。現 在のバトワ民族の分布から素直に解釈して、プーントの国、または精霊の 国は、ザイール盆地周辺にあった、と仮定するのが、本筋である。 ついで、ハルクーフは、「精霊の国」またはプーントの国から、2回に わたって雄ウシを持ち返ったことを、碑銘にとどめている。自分の墓の碑 銘文に記すぐらいだから、これは大事なことなのである。しかも、この「 雄ウシ」の位置づけについては、もっと他にも材料がある。 紀元前15世紀、トウトモーシス3世は、やはり、ミルラとともに、プー ントの国から遠征隊が雄ウシ 305頭を持ち帰ったこと、その後、南方の征 服地から雄ウシ60頭を献上されたことなどを、神殿に記録している。 わたしは、この雄ウシ、つまり種オスの問題を、すでに予告しておいた。 これは、中央アフリカのオオツノウシの系統以外の、なにものでもありえ ない。そうでなければ、何を苦労して遠征隊が大量のウシの群れをつれ帰 り、しかも、神殿に報告したりするであろうか。逆に、オリエントやイン ドから牛を輸入した記録はどこにも見当らない。 この記録はそれゆえ、同時に2つのことを証明している。第一には、家 畜ウシまたは聖牛の起源は中央アフリカにあることであり、第二には、プ ーントの国は中央アフリカにあったということである。これを否定する学 者には、はっきりした反証を提出してもらう必要があるだろう。 ところで、すべての本や辞典には、ミルラは植物からとる樹脂であると か、胃腸薬であるとか書いてある。この説明もしなくてはなるまい。 まず、貴重なミルラが、本当に植物からとれるものだったら、古代エジ プト人は万難を排して、その植物の栽培をしたであろう。なにも、大遠征 隊を送る必要はない。 わたしの考えでは、古代エジプトの支配階級は、当然、ミルラの秘密を かくしていた。もしかすると、神官と巫女だけの秘密になっていたのかも しれない。そして、神殿にかかげた壁画にさえ、ミルラがとれる樹木の絵 をかきこませた。それほど大事な秘密だったのである。彼らの権力は、ミ ルラによる金属精錬、特殊合金鋼の生産能力にかかっていた。 だが、ギリシャ人やローマ人の技術者は、ミルラの秘蹟を見破ってしま った。そして、メタルとか、ミネラルとかいう、鉱物のよび名をつくりだ した。 ところが、近代の学者は、プーントの国を神秘化してしまったので、ミ ルラそのものが、どんなものだったのかを考えようともしなかった。彼ら は、再び、古代エジプト人にだまされたのだ。 最後に、プーントの位置のきめ方について、もっとも肝心なのは、その 名称である。この名称は、すくなくとも1500年間、全くかわっていない。 そして、プーントに類似する名前の国は、ソマリア近辺には全くない。 たしかに、地名はよくかわる。ところが、なかなか変化しにくい単語と いうものもある。それは人間自身のよび名だ。この「人間」という単語の 系列は、どの言語族でも、明瞭なつながりを示す。そして、中央アフリカ から熱帯降雨林にかけての広大な地方で、人々は、自分たちのことをバン トゥとよんでいる。ここからの変化、またはエジプト訛りへの変化は、ブ ーントを経て、プーントである。謎の古代国家、あらゆるエジプト史学者、 オリエント史学者のあこがれの国、プーントは、バントゥの国にほかなら ない。 「バ」は複数形の接頭辞、「ントゥ」は力を意味する。つまり、バント ゥの国とは、力ある人々の国なのだ。しかも、バントゥの思想体系[終章 :「王国の哲学」で詳述]においては、その力は人間だけにあたえられた ものであり、人間だけがその力を用いて、植物・動物・鉱物の中にひそむ 「凍った力」を引きだすことができると規定されている。 思想は決して、頭の中から生れてくるものではない。ミルラを用いた金 属精錬を、ひとつの秘蹟としてしか理解できなかった古代エジプト人の思 想と、このバントゥの哲学の持主たちの思想との相異は、何を意味するの であろうか。わたしは、この謎を、最後[終章:「王国の哲学」]にのこ しておきたい。わたしの考えをのべるためには、まだまだ材料が不足して いる。 まず、バントゥの本拠地、アフリカ大陸の周辺に眼をむけてみよう。従 来の学者たちは、つねにアフリカ大陸への、人類そのもの、そして文化・ 文明の外来起源説を、主張しつづけてきた。しかしその逆に、アフリカ大 陸に、最初の農耕・牧畜・金属文化が発生したとすれば、それは必ずや、 外側にひろがったことであろう。その痕跡は、果してとどめられているだ ろうか。 次回配信は、第5章「巨石文化の影」 第5章−1「アフリカ稲」です。 ―――― 木村書店の新刊 ―――――――――――――――――――――― 噂の真相を超える徹底硬派の新雑誌・第2号 7月1日発行 ◆ 季刊『真相の深層』 2004・夏◆ http://www.jca.apc.org/‾altmedka/shoten-sinsou.html 「拉致と核と餓死の国・北朝鮮」の背後に潜む知られざる恐怖の国際利権 他 ◆ 季刊『真相の深層』2004・初夏別冊は6月1日発行!!◆ 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