覗き見の好きなあなたは   人 目 の お客様 です。

秘書室展示会場

秘密日記 秘書の独り言


7月28日(日)晴れ

問題・7月が28日で終わるのは何故でしょう。
答え・秘書が息切れガス欠エンスト・・・ ビシッ、バシッ。

テテテ・・・。

本日も秘書は日曜学校です。日曜組の皆様には内緒で銀座の学校に通い始めてはや二ヶ月。ふふふ、イラストレーターもフォトショップも一通りやってバッチシです。四苦八苦するクラスメートを尻目に笑みを浮かべて、課題をこなしております。余裕のよっちゃん、きゅうりのキューちゃん、チビのまる子ちゃんです。1回こっきりの先生の説明にもあたふたなんぞしません。お隣さんにも教えて上げたりして、気分は上々です。あっはっは。

と最後に、終了して保存したファイルをMOにコピーしようと思ったら、あれえ、見当たりませんがな。消した? あせって探しまわることしばし、やっと共有フォルダにそれらしきものが入っているのを発見。どうも、支給データを自分のマシンに移したのに、切り替えを忘れて支給の共有フォルダのデータをそのまま使っていたようでした。共有を切断されたらそれっきりでした。ああ、恐ろしい。いい気になってはいけませんな。


7月27日(土)晴れ

お疲れ秘書はお金もないし一日ふて寝しておりました。


7月26日(金)晴れ

秘書が通ってる銀座は意外とエリアが狭い。とことこ歩いていて気がつくと新橋だったり八重洲だったり築地だったりする。老舗のデパートも案外こじんまりで、かの有名な三越のライオンなんか見上げる程でかいと思っていたのに、いざ目の当りにすると、いつ縮んだの、と聞きたくなる。しかも一匹しかいないし。狛犬だってシーサーだって二匹セットなのに。奥さんに逃げられた甲斐性無しみたいだ・・・

通学初日に迷子になってさまよった秘書は、汚名挽回銀座通になれるよう、ついでに運動不足にならないよう、××暑い日も雨の日もとことこと昼休みに辺りを歩き回る。お陰でだいぶ土地勘ができてきて、なんかやっても逃げ道に困らなくなってきた。ここらあたりは銀行が多いからいっぺん・・・

と言う訳で、築地本願寺も御近所であった。大昔行ったことがあるようなないような、行ったとしたら何をしたのか全くもって記憶が曖昧なのだが、お参りくらいしても罰はあたらないであろう、と訪ねてみることにした。

知らない街を歩くのは楽しいものである。お上りさん丸出しで秘書はきょろきょろ歩いていた。ほうほう、とあちこちを散々覗き見したあと、たしかこっちのほう、と視線を上げた瞬間、どわあっ、と衝撃が来た。

本願寺って、回教か。

屋根のてっぺんに、タマネギ坊主が乗っかってるう。さきっぽが尖って痛そう。似たようなものをお茶の水でみたっけ。あれは確かニコライ堂とか言ったっけ。ロシア正教だったっけ。ロシア正教は回教じゃなかったよな。

近付くにつれ見る角度がかわって、丸まるのタマネギではないことがわかってきた。だけど今度は、ここはタイかカンボジアか、とにかく秘書の頭の中のお寺とはまるっきり違う建物であることが判明してきた。御本尊は極彩色であろうな。お寺は木で出来ていてわびやさびが漂っているもの、というのは、古臭い貧乏寺しか知らない秘書の思い込みだろうか。とにかくお参りは中止して引き返した。


7月25日(木)曇り、涼し

編集長行きつけのお役所のなんという部署かは忘れたが、国際対応もせねばならんという時流に乗って外人さんの職員がいらっしゃる。ここでいう国際対応の外人さんとは、英語圏のネイティブスピーカーのことである。国籍でいうとオーストラリアやイギリスやアメリカ。3人いる訳ではない。オーストラリア人がいなくなると次アメリカ人という具合に入れ代わる。

一応英文科卒業の編集長は、相手がたじろぐのもおかまいなし、積極的にコミュニケーションを計るべくあれこれ話しかけることにしている。相手も無言の業を強いられるより、編集長につきあう方がストレス解消になるらしく、いろいろ世間話などもするらしい。

さて編集長、今日は例の新調のTシャツをお召しになって行かれた。前からお話は聞かせていたらしいが、DEAD (OR) ALIBEの現物が目の前に現われて、そのアメリカさん、大喜びで笑ったそうな。

ネタはまだまだある。この次は是非、Who loves me, love my dog. の現物をお召しになって行って欲しい。英語力は中学校レベルの秘書だが、この英文の言いたいことはわかるぞ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、だぞ、きっと。loveだから、坊主好きなら袈裟まで好き、でもいいか。坊主フェチみたいだな。英語圏では坊主のこと犬っていうんか。違う、袈裟を犬っていうんか。そもそも私は坊主か。なんで最初がlovesで後のがloveなんだ。


7月24日(水)曇り後雨、涼し

人生の墓は幼稚園にある。

へ? 

人生に必要なことは全て幼稚園の砂場で学んだ、とかいう長ったらしい名前の本があったけど(読んでないけど)、そりゃ全てがあるんならお墓もあってもいいんだけど、でもちょっと唐突過ぎるんだけど。

朝、電車の窓から見えた看板の話である。その後に、幼児期教育は当幼稚園へ、とか続いて、これはは園児募集の看板だと判明する。しかし何故に墓?

つらつら思うに秘書が子供の頃、ご近所のお子供はみなお寺さんのやってる幼稚園に通っていた。秘書んちは、教育方針だったのか貧乏だったのか手続きがメンドくさかったのか、とにかく行かせてもらえなかった。みんながお遊戯やお歌や折り紙やら習ってきたもので遊んでいると仲間に入っていけなくて、ぐすっめそめそしくしく・・・

いけない、封印していた心の傷口がぱっくり開いてしまった。しっかりボンドつけてガムテープで押さえとこ。

えーと、お寺さんが幼稚園を経営していた。とすると、幼稚園に墓があるのは道理である。そして坊主が園長先生だったりして、汚れない子供たちに有り難いお話をたんと聞かせてくれたのであろう。秘書が、ばちあたりもん、と呼ばれるのはこの辺りの教育が欠落しているせいだ、きっと。本堂で昼寝とかしたんだろか。小さい子は仏像とか恐いんだぞう、うなされるぞ。秘書は金縛りにあうと、胸の上に巨大な仏像がおっかない顔して乗っかってることがある・・・

ずんずん話がそれる。元に戻してと、幼稚園児というのは今も昔も手に負えない、仏教用語で言うところの餓鬼である。それも性悪の。お仕着せのブランコや砂場で従順に遊んでいるのは初めのうちだけ。だんだんに無断で本堂に上がり込んでお饅頭かっぱらったり、お地蔵様に通園カバンもたせてついでに帽子も被せたりメガネかけたりヒゲはやしたりウ○コお供えしたり。

そして、裏の墓地でスリル満点の探検ごっこ鬼ごっこ。きゃあきゃあわあわあいって巨大な墓石の陰に隠れて息を潜めてじっと待ち、待ちくたびれて顔を出すとしーんと静まり返って誰もいない。心細くなって気がつくと隣は昨日埋葬されたばかりの新仏。そこへむんずといきなり襟首つかまれて、んっぎゃあ。

ちびりながら泣き泣き逃げ帰る後ろで、こらあ、このばちあたりが、とおばあさんが怒っている。

ん、そうか、幼稚園行っても行かなくてもばちあたりに変わりはないんだ、と今秘書は気づいた。いわれのない虎馬を長いこと養ってしまっていたなあ。

また本題に戻る。賢明な皆様方はすでにお気付きだと思うのだが、ど近眼早とちりの秘書は、人生の基礎の基を、人生の墓場の墓と読み間違えていたのであった。


7月23日(火)晴れ

朝の電車で全く座れないこともある。そんな日秘書は車内の広告を眺めまわす。広告のお勉強もしているので、つい授業で聞いたことが気になるのだ。これが吊り広告で上は挟まれるのでそこに企業名なんぞいれないよう除けてレイアウトしないと、広告主名不明の広告になる(そういう間抜けなデザイナーもいたらしい)とか。

で、じろじろ見てたら、へ?というのが目についた。広告主が行方不明になってるわけではない。寛仁親王牌って、なんだろ。世界選手権記念トーナメントと銘打ってるが、牌ってなんの牌。マンズ?ソウズ?ピンズ?宮様も麻雀をされるのか。徹マンとかしてもいいんだろうか。賭けるのかなあ。

細かい字をよく見たら、競輪場とか書いてあった。そういうの普通、〜親王杯とか言わないかい?


7月22日(月)晴れ

先日のTシャツを編集長は色違いで数バージョン買込んでいたらしい。打ち合わせしながらふっとTシャツの柄に気づいて秘書は目が点になりやがてこらえきれなくてくっくっと笑い出してしまった。

絞り染めプリントの胸にニコちゃんマークは同じである。ニコちゃんマークが半分欠けて変わりに黒いへんてこりんな形がある。文字もついている。アリベ(ALIBE)ってこのニコちゃんの名前かあ。なに人だあ。お、上にも文字がついてる。姓かな、いやこっちが名かな。DEADだって。ふーん。

と、その瞬間いきなり黒いへんてこりんな形がニコちゃん骸骨だと分った。黒いのがDEADで、ニコちゃんはALIBE。つまり DEAD (AND/OR) ALIVEと言いたかったんだよ、きっと。


7月21日(日)とてつもなく晴れ

日曜というのに秘書は朝早く起きて掃除お洗濯炊事をしている。なんと物好きな。しかしこれには深い訳がある。本日市のフリーマーケットがあるのだ。そろそろ夏物の新しいお洋服を調達しなければならない。今日を逃しては揃える機会がない。しかし午後は恒例日曜学校である。とっとと行ってとっとと帰って来ねばならない。まだ同居人がぐうすか寝ているのをフンと横目で睨んでチャリンコこいで会場へ向う。そうそう隣の公園で市のお祭りもやっている。こないだ福引きの券もらったのも引いてこなくちゃ。

せかせか会場を回った秘書のお買い上げはTシャツが4枚にブラウスが1枚ワンピース1枚コンバースのスニーカー1足ハンカチ2枚。全部で1200円ぐらいだった。巷の1円は20秘書円くらいの価値がある。

帰りがけにお約束の福引き。秘書の番の前の親子は5回やって5等(末等)だったのに秘書は1回やって3等でボックスティッシュ5個組もらって来た。へん。神様は貧乏人の味方だい。


7月20日(土・海の日・土用)晴れ

ついに秘書夏ばて。なんか栄養のあるものを食べなければ身が持ちません。鰻でも、とスーパーに行ったら、なんだこの値段は! むちゃくちゃ高い、と憤慨してしまいました。本日土用丑の日とやらで全国民が鰻を食す日だといいます。需要と供給バランスのお勉強を実地でいたしました。

仕方ないので、虫取り網担いでバケツぶら下げて近くの川へちょっと。一手間かければ食料くらい調達できるというもんです。昔秘書はフナとかザリガニとか捕まえるの得意でした。(ザリガニの塩茹ではおフランスあたりでは高級食材ですぞ。)この腕もってすれば鰻の5匹や6匹・・・

一つ忘れておりました。秘書はこのところの苦労続きで体重が大幅に落ちていたのでした。入らなくなってたズボンがまた履けるようになったりして喜んでいたのですが、これが落とし穴でした。小さい川ですが、けっこう流れが強くて、踏ん張って鰻を追い回していたのですが、ちょっとしたはずみでよろっとして足元すくわれて・・・ 

つまり、鰻を取ろうとして秘書は流されたのでございました。あれ〜

と、いうのは全部うそっぱちです。本日秘書は、あちいよ〜、とうなされながらエンドレス昼寝をしておりました。


7月19日(金)晴れ

本日都内で編集長が講師として招かれた講演会があります。会費5000円、と秘書の金銭感覚ではべらぼうな金額でございますが、大金を払っても編集長の話が聞きたい、という人々がこの世に存在するそうです。秘書にとって驚愕の大発見でした。これを機に編集長を売り出そうか、価格を少しお徳用に設定すれば引く手数多で・・・とつい算盤をはじいてしまいました。

残念ながら秘書は参加できませんでした。5000円が捻出できなかったからです。なんてことはウソです。本日秘書は飲み会でありました。編集長の御高説より酒、を選んだのではございません。共に学ぶ仲間と相互理解のための大事な親睦の会だったのでした。


7月18日(木)晴れ

車内のカップルその2。

座る秘書の前に乗り込んで来たのは、男は売れないロックバンド風の破れジーンズのお兄ちゃん。ベルトがごっつい。女は追っかけ?いけいけ?とにかくバービーちゃんみたいに細くて派手な化粧のおへそがのぞいているお姉ちゃん。このお姉ちゃんの言ってることがまた秘書には意味不明であった。昨日友達とゲーセンに行ってなにかあったらしい。お兄ちゃんはちゃんと理解していたようだ。秘書は時代に取り残されてるんだろうか。

途中で隣の席が空いてお姉ちゃんのほうが座った。あたしあんましモノが食べられなくてえ、と言いながら袋からパンを取り出しちぎって口へ運ぶ。朝の通勤電車内でモノを食べるのは最近はありなんだろう。秘書は見てない振りして横目でちらちらと観察する。パンを分けて欲しかった訳じゃない。お姉ちゃんが長い爪で器用にパンをちぎっては口へ運ぶ動作に見とれていたのだ。あんな長い爪でパンが食えるなんて。秘書なら5回に3回は爪を食うぞ。


7月17日(水)晴れ(多分)

暑い。とにかく暑い。夜中に何度も目が覚めるもので寝不足である。朝、少々かったるいなと思ったが、食べて体力つけて今日もがんばろう、と無理矢理朝御飯をお腹に詰め込んだ。

最寄りの駅まで歩いて20分弱。電車に乗る頃どっと汗が吹き出すもので最近はハンドタオルがかかせない。今日もしたたる汗をふきふき吊り革にぶら下がっていた。冷房風が頭上から落ちて来るのだが一向に涼しくならない。頭がくらくらする。もしかしてヤバいかも・・・と思い始めたら一直線。程よいJRの揺れにシェイクされて秘書チャンポンの出来上がり。

乗り換えの駅でトイレに駆け込んだ秘書は久々ゲロッピに変身し、体内リセット機能により、朝御飯は食べなかったことに相成りました。

これで一件落着かと思いきや下車駅で再変身し、今度はどうやら昨日の晩御飯をチャラにいたしましたようです。下(呂)ネタで申し訳ありません。皆様もお気を付け下さいまし。


7月16日(火)晴れ(多分)

電車のなかには様々な人生がある。

このク○暑さもかかわらずボッと火のつきそうに熱いカップルが乗り込んでくることがある。今朝はぼけっと座る秘書の真ん前にそんなカップルが並んだ。

男のほうは金持ちのぼんぼん風だが学生ではなし道楽で仕事していそうなタイプ。女は、まあ可愛いこと顔だちもメイクもスタイルもファッションもフランス人形風で、甘い声でカタコト日本語、じゃない、舌ったらずの幼児日本語をしゃべる。

恋する女はみな夢見る赤ん坊になるんかいな。間違っても秘書みたいに、デートの途中でトイレットペーパーの特売見つけて買い込んだりしないだろうな。

さて、この二人、秘書の見てる限り最初から最後まで手をつなぎっぱなしであった。人間の体温はあなどれないものである。空いた座席に腰掛けて席が予想以上に温まっていてぎょっとしたり、隣に座る人の体が熱かったりする。まして手のひらと手のひらが密着してるなんて。握った手にジワッと汗がにじむ。こもった熱で互いの手はもうびしょびしょぐちょぐちょ。でも離したら愛が逃げ去りそうでもっとしっかり指をからませて・・・ あちあちあち、と一人妄想にふける秘書であった。


7月15日(月)晴れ(多分)

くたっと着こなれた服は編集長流のオシャレなのであろうが、見方によっては、人生にちょっとばかし不都合があって、お家の天井が高く青くなってしまったお方のようにも見える。特に、徹夜明けの翌日、おひげのお手入れを怠ったりしていると、漂白剤をぶちまけたプールに叩き込みたくなる。

と、ねちねち秘書がいうもので、講演会もすることだし、と編集長は衣装を新調することにした。といっても、もともとネクタイしめてスーツ着るよな人じゃない。ましてこの○○暑いのに亡国植民地宗主国服なんぞ着るよなヘ○タイと同じカッコができるか。という訳で、若者向けのジーンズショップに行ってTシャツを何枚か仕入れて来た。

早速着替えて現れ、どうだ、いいだろ、と本人は得意げだが、秘書はこういう事態に言うべき言葉をいれた記憶の引き出しを不意をつかれた拍子に脳内でぶちまけて渾沌状況をつくり出してしまって・・・ つまり言うべき言葉を失っていた。

編集長の気は若い。それは秘書も認める。気だけは若いが、ファッションセンスはちょいとしたビンテージものだ、と秘書は思う。なにしろ絞り染め風プリントの赤いTシャツの胸の真ん中に黄色いニコちゃんマークである。それだけで十分な衝撃だ。繊細なデザイナーなら卒倒しかねない。

ニコちゃんマークに結構でかい英字がかぶさっている。

FORTUNE
COME
BY
A
MERRY
GATE

言いたいことはなんとなくわかるがね。笑う門には福来る、だろうね。なんか変だけどね。

国辱モノだ、と叫んだら、中国製だという。
シャツが中国製でも中身は日本製である。英語圏の人間に東洋人の区別はつき難い、と秘書は思う。同じ漢字文化の国、きっとまとめて笑い者にされるんだろな。

(ニコちゃんマークとは往年のスマイルバッヂみたいなものです。)


7月14日(日)晴れ

本日パリ祭。秘書は日曜学校です。この先長い・・・


7月13日(土)晴れ

昨夜いろいろとございまして真夜中に御帰宅遊ばした秘書は、本日は寝て曜日です。
なのに8時頃電話でたたきおこしてくださる有り難いお方がおいででした。・・・


7月12日(金)晴れ

メフィストと契約したらしい編集長は、復活記念に、世間様に爺ネタ、失礼、時事ネタを一発かますことにした。本日は今様公民館(コミセンという)に人を集めて宴会、ではない、講演会を行なう。何をしゃべるつもりか知らないが、奇特なお方からFAXで参加申し込みが届いたりしている。後で、詐欺だ金返せ、と訴えられても秘書は関与していないので御承知おきを。なに?参加費無料ですって。そりゃ大いに結構。しかし、ただより高いものはない、といいますぞ。

特製シーツ地図やらチラシやら一式取り揃えて引きずっていくのであろうが、帰りに飲んだくれてばらまいてこないことを祈る。

かくゆう秘書は本日は学校帰り新宿で途中下車。おほん、セミナーに参加するのである。何のセミナーかは内緒。7時からなので時間が余っている。じゃ御飯食べようとゾロゾロ連れ立って歌舞伎町をウロウロし、軽食のつもりが、お日柄もよろしく生チュウを1杯・・・。開講ギリギリに酒臭い一団がどやどやと駆け込んだのであった。周りの真面目な方々ごめんなさい。


7月11日(金)台風一過でぴか晴れ

帰りの電車でのこと。夕方ラッシュの始まる前の時間に東京駅から始発電車に乗るのでたいてい座って帰れる。車内も結構すいている。冷房は良く効いていてしばらく乗っていると真夏の怪談みたいな寒気がしてくる。

ふと向いの席に目をやると、背をピンと伸ばした白髪の御老人がいらっしゃる。若者のような袖の短いシャツに短パン。痩せた方なのだが寒くないのだろうか。秘書は上着をはおって凍えておるぞ。若いつもりのやせ我慢でなければいいけど。倒れたら、見知らぬ年寄りの介抱はしないとはいわないが、あんまり有り難くない。

と、縮こまって秘書はぶつぶつ考えていた。あんな半分裸みたいな格好、秘書はできないな、したくないな。

と、電車が止まって短パン紳士がすっくと立ち上がった。足取りもしっかりしている。後ろからみたら、頭さえ白くなければ若者にみえるかな、と思いつつ秘書の目はその姿を追っていた。そしてドアが開いて、くるっと後ろを向いて・・・ おいっ、じいさん、なんちゅう格好してるんだっ。

秘書が見たのは、足の付け根すれすれの短パンの裾から垂れ下がったたるんだしわしわのお尻の肉だった。


7月10日(木)台風直撃

問題・7月が10日から始まるのは何故でしょう。
答え・秘書が息切れガス欠エンスト・・・ ゴチッ、いてっ。(何度も同じ言い訳するんじゃないって、口で言えばわかるわい。手をあげるな、給料あげろ。)

さて、またしてもお詫びです。6月において、過去分(4月・5月)へのリンクを落っことしていました。本日修復いたしました。間抜けとお笑いください・・・

5月突然編集長が入院の事態になりまして、ヴァーチャルな我が憎まれ愚痴社はたちまち実体を消失しかけあわや蒸散かという危機におそわれましたのは、皆様よ〜く御存じのとおりでございます。社長始め諸部長全員が拡散してしまい、唯一人逃げ遅れて取り残された秘書がしこしこと孤独な苦労を重ねておりましたのも皆様よ〜く御存じのとおりでございます。

編集長が奇跡的に退院しまして、なにやら妙なお薬を飲むようになりまして、まるでメフィストと裏取り引きしたファウストのごとく復活してまいりまして、我が社も徐々に幽体離脱、ではない幽体状態から離脱しはじめ、ようやく不透明度80%くらい(むっ、Photoshop用語だ)の実体を取り戻してきました。営業部長など、まだ少し透けて見えますが、遠慮がちにお茶すすってたりします。

と言うわけ(どう言うわけ?)で、本日は我が憎まれ愚痴社の変遷のおさらいです。

秘書が憎まれ愚痴社でアルバイトを始めたのは、あれは3年前の夏のことでした。当時秘書は安月給暇無しの通いタコ部屋のような会社につとめておりました。仕事がつまらなくてうんざりしていたのとお小遣いがちょこっと欲しかったのとで、テキトーに出来るアルバイトを探しておりまして、たどりついたのが憎まれ愚痴社でありました。社長秘書、でありました。仕事はまあ適当にやってくれればよい、と願ったりかなったりで、嬉々として働きはじめました。

それから数日して出張から帰って来たのが秘書の天敵となる編集長。何を勘違いしたのか、社長秘書たる秘書を助手のごとくこき使い始めたのでございました。何度、社長秘書だ、といっても編集長の耳に念仏でございました。それから苦難の幾星霜が過ぎ、本業でもすったもんだがあった秘書はこの3月この不況の御時世にとうとう本業を辞めて失業生活を開始したのでありました。では社長秘書のアルバイトを本業に、というのは危険な思想です。まっとうな仕事につくべく今秘書はDTPのお勉強に精を出しております。

訂正。憎まれ愚痴社の変遷のおさらいではなく、憎まれ愚痴社と秘書の変遷のおさらいでした。


御来訪ありがとうございました。またのおいでをお待ちしております。
お帰りはこちらです。

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