第2部 ODAの諸問題:ODAにおける環境アセスメント

5.日本における環境配慮手続


 日本における主なODAの実施機関としてJICAとOECFが存在しています。それぞれ環境配慮に関するガイドラインを持ち、それぞれの担当分野に関して環境配慮を行なっています。

 

A.JICA

1.JICAのガイドライン

 JICAの環境配慮ガイドラインは1990年に『ダム建設にかかる環境インパクト調査に関する環境配慮ガイドラインが作成されて以来、開発調査にかかる20分野のガイドラインが1995年までに作成されています。開発調査以外の事業に適用されるガイドラインは存在していません。

 開発調査とは−開発調査とは、「公共的な開発計画の作成に協力するためコンサルタントを中心とする調査団を派遣し、開発の青写真を作る業務」(『地球の明日を見つめて』P21)です。発展途上国が知識技術がなくて計画を立てる能力を持たないときに行なわれます。開発調査は技術協力の一形態で、優先度緊急性の高い公共開発プロジェクトの計画づくりと報告書の作成を支援することです。開発調査の結果は報告書としてまとめられ、相手国政府に提出され、その国の政策判断の基礎的資料となります。また、開発途上国が日本からの資金協力や他国や他の国際機関の資金協力を受けたり、借り入れをするとき、調査報告書はそういう機関にとって協力すべきかどうかを判断する材料として、必須の検討資料となります。

 開発プロジェクトはさまざまな分野で実施され、その規模も内容もまちまちですが、一般に開発プロジェクトは下図のように進行します。開発調査はそのうち 発掘     準備のところにあたります。

プロジェクトの発掘→プロジェクトの準備→プロジェクトの審査→プロジェクトの実施→プロジェクトの評価

2.開発調査における環境アセスメント

プロジェクトサイクルにおける環境配慮は基本的に以下の流れで行なわれます。

oda8.gif (4759 バイト)

 以下にそれぞれの段階における環境配慮について説明します。

a.環境予備調査

 事前調査の段階で実施される環境調査です。

 事前調査とは本格調査(マスタープラン調査、フィジビリティスタディ(ともに後述))の前に行なわれる調査で、相手国の要請内容の確認、および本格調査の可能性とその取り進め方についての検討と情報収集が行なわれます。事前調査の結果JICAと相手国実 施機関との間で実施細則(S/W;Scope ofWork) が取り交わされます。実施細則とは、事前調査に基づいてJICAと相手国実施機関との間で取り交わされる本格調査の作業範囲、内容、便宜供与などを規定した合意文書で、本格調査の調査方針および計画を検討し、それらの概要として作成するものです。環境予備調査の中心は当該プロジェクトの環境影響に関するスクリーニングおよびスコーピングで、初期環境調査(後述)の一部を構成するものと位置づけられます。(さきほどのガイドラインの多くはこの調査のためのものです。)スコーピングが必要とされるものの例として、ダムなどの大型プロジェクトがあげられ、必要されないものの例として、研修、専門家派遣、教育、食料援助などが挙げられます。

 JICAはこの環境予備調査に関するガイドラインを有しており、スコーピングおよびスクリーニングについての手法も有していますが、相手国に環境アセスメントの法令が存在する場合は、そちらにしたがって調査を行ないます。ガイドラインに従うのは相手国に法令がない、あるいは、法令が不十分の時としています。

 事前調査・実施細則の取り交わしのあと事前調査報告書が作成されます。その中に環境予備の項目が設けられ、相手国の環境アセスメント、審査体制、スクリーニング、スコ ーピングの結果、本格調査(初期環境調査・環境影響調査)への提言と勧告などが記されます。

 報告書作成後、業務指示書が作成されます。業務指示書は、開発調査におけるマスタープラン作成やフィジビリティスタディは基本的にコンサルタントによって行なわれるため、その業務に事前調査の結果を反映されるために作られます。環境配慮については、業務指示書の中で、スクリーニングおよびスコーピングの評価結果を反映させ、初期環境調査あるいは環境影響調査実施の業務指示、および本格調査で行なわれるべき具体的な環境調査を示すことなどが記されています。

b.初期環境調査(IEE)

 開発プロジェクトの計画策定の最も初期の段階において、既存の情報・データや容易に入手可能な情報、あるいは類似のプロジェクトの環境影響について知見のある専門家の判断に基づき、当該プロジェクトが引き起こすと想定される環境影響を評価することです。

初期環境調査(IEE)の目的として次の2つが上げられます。

 当該プロジェクトが環境影響調査(EIA−後述)を必要とするか否かを判断し、必要と判断された場合には、その調査内容を明確にすること。

 環境配慮は求められるが、環境影響調査(EIA)までは必要としないプロジェクトについて、環境配慮の視点から影響の緩和策などを検討すること。

 マスタープランは環境配慮についてこの調査の内容を反映して作られます。

マスタープランとは、各種の開発計画の基本計画を策定するための調査で、通常は目標年次を設定し、全国または地域レベルあるいは分野別の長期計画を作成します。

c環境影響評価(EIA)

 スコーピング・初期環境調査(IEE)などで環境影響についての詳細な検討が必要と判断された開発プロジェクトに対して、環境影響の調査、予測および評価を行ない、環境保全目標の設定や環境影響を回避軽減するための対策の提示を行ないます。

 この結果はフィジビリティースタディに反映されます。

 フィジビリティスタディとはマスタープランによって優先度を与えられた個々のプロジェクトが技術的・経済的・財務的・社会的に、さらには環境などの側面から見て実行可能であるか否かを客観的に検証するため、プロジェクトの可能性、妥当性、投資効果を調査することです。フィジビリティスタディの報告書は、開発途上国政府がそのプロジェクトの実施を決定する際の資料となり、また国際機関や援助供与国が資金協力を検討する際の資料ともなります。報告書では、環境については、環境への影響の調査分析手法、環境への影響の内容・程度および範囲環境への影響の評価プロセスなど6つの事項が記載されています。

以上の調査が終了すると、コンサルタントはJICAに報告書を提出し、JICAはそれをもとに被援助国政府と協議しつつ双方の了解の上で最終報告書をまとめ、開発調査は終了となります。

3.ほかの業務における環境配慮

先にも述べた通り、JICAには開発調査以外の事務に関する環境配慮ガイドラインは存在しません。これは、他の事務と開発調査との性格の違いに起因すると思われます。つまり、開発調査はなんらかのプロジェクトの実施前の調査となるケースが多いため、そのプロジェクトの環境インパクトを調査する必要があるのに対し、他の事務(技術協力)は専門家派遣や機材供与など、環境には影響を与える可能性がほとんどないと考えられているからだと思われます。

 

B.OECF

1.概観

 OECFは「環境配慮のためのガイドライン」に基づき環境配慮を行なっています。このガイドラインは、「     環境配慮に関するOECFの審査の指針と、 借り入れ国がプロジェクトの計画準備段階において配慮、準備すべき環境面の諸事項を示すためのものであ」(『環境配慮のためのOECFガイドライン(第二版)』P2)り、OECFが調査を行なうための指針ではありません。よってアセスメント手続は定められてはいません。(ただし、1994年度から、相手国が環境アセスメントを行う際の望ましい手続き等を定めた手引書を、相手国に配布しているそうです。)

 OECFはこの点に関しては、「ガイドラインの目的はあくまでも開発途上国が自助努力により環境保全上健全な方法で開発を行なうことを支援することにあるため、相手国の法制度等を尊重するとの立場をとっている。よって、相手国のアセスメント手続は明確であることが望ましく、また、アセス手続をOECFが持たないのは、相手国のアセスメント手続きの整備が進んでいるため、相手国の制度を尊重するからだ」と回答しています。

2.審査

 OECFはプロジェクトの環境配慮にかかる最終的な責任は借り入れ国自身にあるとし、環境アセスメントの責任は借り入れ国にあるとしています。OECFはプロジェクトをA種B種C種の3種類に分類して審査します。種類によって必要とされる手続が違います。

  A種 B種 C種
環境アセスメント報告書の提出 × ×
OECFガイドラインに基づく審査 ×

分類の説明

A種

  1. 空港、港湾、発電など13種の大規模な新規および改修などのプロジェクト
  2. 魚および野生生物資源の保護・保全もしくは持続的利用にとって貴重な棲息地・水源・熱帯の自然林など8種の地域で実施されるもしくはそのような地域に影響を及ぼす恐れのあるもの
  3. 広範囲多様かつ不可逆的な環境影響を生じるもの、多くの住民に影響が及ぶもの(住民移転の影響を除く)、再生不可能な自然資源を大量に消費するもの、といった性格を持つもの

B種

  1. 空港、港湾、上水道、下水道など14種のセクターに属するプロジェクトで、A種に属さないもの
  2. 1以外のプロジェクトでA種ほど著しい環境影響が予見されないもの

C種

  1. 環境影響が通常予見されないプロジェクト
  2. 通信、教育、人材開発などが含まれうるプロジェクト

 また、環境配慮に関する基本的事項として、借り入れ国の法律、加入している国際条約に従うことなどが挙げられています。実際の審査はOECFの主要融資対象の17セクター(空港、港湾、道路、発電・・・)について作成されたチェック項目について行なわれます。また各セクターにおいて

  1. 影響は少ないと考えられるが、モニタリングする必要があると判断される項目がある場合、そして、
  2. 対策が講じられるが、その対策が有効に働いているかどうかをモニタリングする必要がある場合についての

環境モニタリングの必要性についても触れられています。

 環境モニタリングとは実施後環境に悪影響が出ないよう監視することです。

3.配慮不十分の場合

 OECFが環境アセスメントを実施せず審査するのみとなると、当然その審査の基準を満たさないプロジェクトの存在が予想されます。

 この点についてOECFは、以下のように回答しています。

1.ガイドラインに基づく審査の結果、環境保全対策の必要性が認められた場合には、借り入れ人に対し、所要の環境保全対策の実施等を求める。

2.アセスメントが不十分なケースについては

  1. 相手国側が自己資金等により、不十分な部分に付き再度調査を行なう。
  2. OECFが、案件形成促進調査などにより、追加的な調査を実施する。
  3. 本体事業に先行して、借款を供与し、これにより相手国が追加的な調査を行ない、本体事業の審査に必要な情報手続を完了させる。

  2、3は本体事業の実施に、ある程度見込みのある場合に限られる。

3.仮に、プロジェクトがガイドラインに示されるような配慮がなされておらず、対策等講じても改善が認められない場合には、審査の延期、更にはプロジェクトの採用付加との結論が考えられる。

 

C.外務省

 今まで A.JICAのところで技術協力、B.OECFのところで円借款について述べてきました。それでは、ODAでもう一つの柱である無償資金協力はどうでしょうか。(ここでは無償資金協力における一般無償援助について取り上げます。)

 ODAのプロセスで述べた通り無償資金協力は

要請→(事前調査→)基本設計調査→プロジェクトの実施の決定→交換公文→実施という順序で流れていきます。

 基本設計調査とは無償資金を供与するに適したプロジェクトであるかということとともにプロジェクトに関わる開発計画の内容、目的、背景、効果および無償資金協力を実施する場合の内容、最適規模や環境などの基本条件に関して調査するもので、JICA(またJICAから委託されたコンサルタント)の手によって行なわれるものです。

 この段階(事前調査と基本設計調査)では、先ほどのJICAの開発調査のための環境配慮ガイドラインが適用されますから、それなりの環境配慮がなされるでしょう。(ちなみに、基本設計調査は、それほどの本格調査に該当します。)

 報告書ができると、それをもとにプロジェクトを実施するかどうかが決定されます。この決定は外務省と大蔵省の協議を通じて行なわれます。

 この際の基準はあまり分かりません。不明と言ってもいいくらいです。外務省に問い合わせたところ「基準はJICAにある」と言われ、JICAに問い合わせると「ケース・バイ・ケースで経済財政など全てを総合的に判断する。環境配慮される。」との返答でした。(なぜJICAが教えてくれたのか不明です。)JICAにはその際の審査の基準となるガイドラインはないそうです。というわけで、基準・どのようなことを行なっているか、ということはまったく不明です。その際の情報も公開されていません。

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