チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.22 No.51(#522) 2022.11.11

チェチェンの若者を中心とした人権運動「ワンアダート」とその弾圧

(大富亮)

 チェチェンでは、2007年以降、ラムザン・カディロフによって多くの人権活動家が弾圧されてきたが、言論の自由と人権がなく、チェチェン独立を求める人だけでなく、その家族も容赦なく弾圧されている状況には、やはり水面下で反発が大きいようだ。

 ここ2、3年の間、そういった不満を吸収してきたのが、テレグラム(ロシアを中心に活用されているSNS)上の匿名コミュニティ「ワンアダート(1ADAT)」で、チェチェン当局による犯罪と虐待についての深刻な報告や、カディロフツィを風刺する面白い動画が混在している。両方のコンテンツのために、このチャンネルは北コーカサスの若者の間で非常に人気があり、投稿者も自然に増えている。

 また、2006年にロシアに殺害された野戦司令官シャミール・バサーエフや、他のチェチェンのイスラム主義者への支持を表明するものなど、急進的な投稿も多い。ワンアダートはチェチェンの独立も呼びかけている。

 カディロフも長年、インスタグラムを中心に自己宣伝し、敵を中傷したり、屈辱を与えたりしてきた。チェチェン政府は、カディロフをオンラインでの宣伝するために予算を組んでおり、人気歌手などに多額の宣伝費を払っている。2020年10月、ロシア人ラッパーのモルゲンシュテルンは、カディロフの友人のアカウントを宣伝するために5千ドルを受け取ったと暴露した。

インターネットの中の戦争

 1ADATは、カディロフのSNS戦略に対抗する、自然発生的なムーブメントだ。大勢の寄稿者がおり、かなり大胆な投稿も行われている。チェチェン内に住んでいる投稿者も多い。ワンアダートによると、このチャンネルは、全体的な決定を行う小人数の指導チームと、ボランティアの世話人、そして大勢の投稿者からなっていて、リーダーたちはこれまでもカディロフツィに拘束され、拷問された経験がある。

 ある匿名の投稿にはこうある。「この20年間は、まるで強制収容所の中にいるようでした。私たちは、法律どころか動物なみの権利さえありません。毎日、誰かが誘拐され、拷問され、殺害されています。レイプされたり、超法規的に処刑されたりする人もいます……。カディロフツィは私たちの宗教、歴史、信条を弱体化させています」

 こうしたSNS上の攻勢に対抗して、カディロフ側は2021年の初めに「オルタナティブ95」という政府寄りのテレグラムチャンネルを作り、その中で「ワンアダートに投稿したり、チャンネルを読む人は監視されている」と警告するなど、威嚇を強めている。また、チェチェンの警察官が路上で人々を呼び止め、スマホをチェックして、ワンアダートに加入していないか確認しているという報告もある。

 地元の活動家によれば、当局はワンアダート関係者の誘拐や拷問を繰り返している。2021年、ワンアダートの創設者の一人であるアブバカル・ヤングルバーエフは、拷問禁止委員会に対し、約40人の親族が「カディロフツィに誘拐された」と証言した。アブバカルの兄弟イブラギムも誘拐され、その拷問には、ラムザン・カディロフが直接関与したという。

カディロフツィの誘拐は場所を選ばない

 このヤングルバーエフ兄弟の父親は、元連邦判事のサイディ・ヤングルバーエフだった。今年1月20日、ロシアの地方都市ニジニ・ノヴゴロドに住んでいたサイディのアパートに、チェチェン人の警官が乱入した。元判事は病気のために誘拐は免れたが、妻のザレマが誘拐された。彼女は2型糖尿病を患っており、1日5回のインスリン注射が必要なのにもかかわらず、警官たちは、彼女が防寒着、薬、さらには国内パスポートを携帯することさえ許可しなかった。彼女は今年8月の時点で、まだ拘留されている。

 それだけでなく、カディロフは、ヤングルバエフの家族に対して脅迫をしている。家族を「テロリストの共犯者」と呼び、抵抗した場合には拘留して「殲滅」するよう命じたのである。カディロフは次のようにも書いている。「いずれにせよ、この家族は刑務所か墓場に送り込む。私の責任ではない」カディロフ氏に続いて、チェチェン選出のロシア下院議員のアダム・デリムハノフ氏は、インスタグラムで演説し、サイディ・ヤングルバエフ判事の家族の首を切り落とすと約束した。こうした宣言を権力者が公然と行うことは、殺人の扇動にほかならない。

 チェチェンや、ロシアの外にいても、カディロフツィによる脅迫や暗殺攻撃は行われている。2020年9月にも、ロンドンの亡命政府のザカーエフ首相は、彼の4人の兄弟姉妹、およびその子どもたちがチェチェンで拘束されたと発表している。2021年12月には、著名なチェチェン人ブロガー、トゥムソ・アブドゥラフマノフの義母と義姉が、ロシア南部の都市アストラハンで誘拐され、チェチェンに連行された。他にも人権活動家の親戚が誘拐された事件はいくつも報告されている。

19歳の若者が虐殺された

 当然、ワンアダートの関係者への弾圧は凄まじい。モデレーターの一人であるサルマン・テプスルカーエフは、2020年9月に黒海沿岸のゲレンジークで、チェチェン共和国内務省職員のIDカードを持つ者に誘拐され、チェチェンで拷問され、瓶の上に座らされる場面を録画された。そのビデオはネットに投稿された。ワンアダートの情報では、誘拐された後、当局者は1週間にわたって彼を拷問して屈辱を与え、最終的に9月15日、ジャルカ村の近くの軍の射撃場で、口に手榴弾を入れて殺害した。わずか19歳の若者だった。 ジャルカ村はアダム・デリムハノフ下院議員の先祖代々の土地。彼らは遺族に遺体を引き渡すとき、〈犬のように埋葬しろ〉と命令した。それで、テプスルカーエフの墓には何も印がつけられていない。

 しかし一方、この拷問ビデオが公開されたときに、ワンアダートが一層、注目を集めるようになったのは皮肉だ。2020年9月初めの時点で、チャンネル登録者はわずか5千人で、ほとんどの投稿の閲覧数は1万回程度だったが、テプスルカーエフの拷問事件がメディアで放送されたため、ワンアダートはロシア全土で知名度を上げた。

 ロシア政府の大統領報道官のドミトリー・ペスコフは、カディロフによる脅迫についての市民の苦情に、政府として対処する必要はないと考えており、すべてはカディロフ首長の「個人的な意見」であると繰り返し述べている。カディロフはプーチンと特別な関係を結んでおり、他の治安機関や法執行当局にとっては、「アンタッチャブル」になっていると言われている。

今も活動を続けるワンアダート

 ワンアダートは、いまも活動を続けている。最近の情報では、カディロフはウクライナ戦争への動員の達成率を254%にまで高めているとしているが、その裏側では、動員に反対した女性たちの家族を集めて脅迫するなど、やはり動員に関しても人権蹂躙が横行していることなどを報告している。

 日本からチェチェンの状況を憂慮する私たちは、こうして命がけでカディロフとたたかっている人々のことを知り、連帯のいとぐちを探らなければと思う。関係サイトは次の通り。ロシア語のわかる人には興味深いはず。

【関係のサイト】

「ワンアダート」(テレグラム)
https://t.me/s/IADAT

「ワンアダート」(youtube)
https://www.youtube.com/c/1ADAT_ORGANIZATION

【参考記事】

反カディロフの活動家が殺害された/ザ・インサイダー 2022年8月24日
https://theins.ru/en/news/254342

動員開始後にパスポートを申請した男性が誘拐された/ザ・インサイダー 2022年9月24日
https://theins.ru/news/255375

カディロフをいらいらさせる「ワンアダート」/ラジオ・リバティ 2022年2月4日
https://www.rferl.org/a/chechnya-kadyrov-telegram-channel-1adat-abductions/31686440.html


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