チェチェン総合情報

28 Jun 2009
チェチェンニュース No.297
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 エジプトで強制送還されそうになっているチェチェン人についての、
 その後の情報が得られないうちに、イングーシでも、モスクワでも、
 それぞれ事件が持ち上がってしまいました。現在の情報をもとにお伝えします。


  *ロシア最高裁、アンナ殺害グループの無罪を取り消し
  *イングーシ大統領殺害未遂事件と緊迫する現地の情勢
  *朝鮮民主主義人民共和国の核実験にあたっての声明(ハンクネット)
  *イベント情報

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■ロシア最高裁、アンナ殺害グループの無罪を取り消し
                           (大富亮)

 6月25日、ロシア最高裁判所は、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害に関わった
とされるロシア人・チェチェン人4人の無罪判決を取り消し、下級の軍事裁判
所での再審を命じる決定を下した。日本語の記事は朝日があった。

    記者殺害事件の無罪判決取り消し ロシア(6/26 朝日)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246099501

 4人の犯行グループには、今年2月に、モスクワ地区軍事裁判所で無罪の判決
が出ていたが、検察側がこれを不服として上告していた。この決定に対して
は、被告側の弁護士は「ひどい話だ」と反発を隠さない。容疑者たちも、「そ
れなら最後まで闘う」と言う。

 アンナの遺族は、「彼らは殺害事件に確かに関わっていると思う」と判断し
ている。そして遺族側の弁護士は「無罪の判決は正しかったのに、今回の最高
裁の判断はおかしい」という。それでも矛盾してはいないのだ。

 もう何がなにやらという感じだが、仕掛けはこうだ。

 犯行グループのうち、チェチェン人二人は、暗殺者を運んだ運転手と、当日
のアンナの動きを監視した見張り役である。ロシア人のうち、元FSB職員(!)の
リャグーゾフは通信の盗聴、元警官のハジクルバノフは暗殺に使われた銃器の
提供をしたということになっている。

 しかし、ことは殺人事件である。殺人犯がまだ捕まっていないのに、幇助し
た人間だけが逮捕され、裁判されるということが、そもそも変だ。これでは事
件の全体像が見えない。しかも、検察側はろくな捜査もせず、したがって法廷
に出された証拠もわずか。遺族側も内心、「多分この人たちは犯行に関わって
いるんだろう」と思っていたが、陪審員としては有罪とするほどの根拠は見出
せないという結論になった。

 疑わしきは罰せず。いったん起訴されたら98パーセントが有罪になってしま
う日本からすれば、ロシアの陪審制には美しい価値観が残っているようだ。

 そして、容疑者たちが無罪になったということは、事件があった事実は消せ
ない以上、誰かしら新たに犯人を捕まえて裁判にかけなくては、国際社会が納
得しないことを意味するので、実は遺族側にとって悪い話ではない。トカゲの
尻尾切りではなく、真犯人や、それを指示した上位の人間に捜査が及ばなけれ
ば、何の意味もないからだ。

 というわけで、4人の容疑者の無罪と、アンナの遺族の真実追求の意志は矛
盾しないことになる。わかっていただけたろうか。

 そういう視点に立ってみると、今回の最高裁の「無罪取り消し」は、これま
た問題だ。はっきり言ってプーチン・メドヴェージェフ政権側は、捜査が政権
内部に及ばないよう、事件の責任をこの4人の下っ端グループに押し付けるこ
とで事件の幕引きをはかろうとしている。

 容疑者の弁護士は、「政権のかなり上部が、この決定に関与している」と見
抜いた。しかも最高裁は、軍事裁判所に差し戻すにあたって、「再審の場では
陪審はしないこと」と注文までつけている。・・・逆に言うとロシアの陪審制
は正常に機能しているので、このままでは非常識な決定が通せないのだ。

 それにしても、政府というものの権力はすごい。

 このままだと、また4人をめぐって裁判をして、無罪判決が出たら検察が上
告して下級審への差し戻しを繰り返すだろうし、有罪判決が出たら出たで『女
性記者殺害犯、有罪が確定』などというニュースが世界中をかけめぐる。こと
の本質は何も明らかになっていないのに、ほとんどの人は騙されてしまうだろう。

 あるいは、ロシア政府と取り引きがある人などは、進んで騙されたり、「事
件は決着した」と触れて回るかもしれない。「権力に対する人間の闘いは、忘
却に対する記憶の闘いだ」という言葉を、また思い出す。

 ひとつだけわかったことがある。アンナ・ポリトコフスカヤ事件の真相を、
絶対に明らかにしないと決意している勢力がある。それがロシア政府だ。犯行
に使われたのは、ロシア政府の治安機関が押収していた拳銃で、それがなぜか
持ち出されて彼女を殺すのに使われたということがわかっている(!!)。

    ロシア記者殺害の拳銃、治安機関が以前に押収(2/8 共同)
    http://f.hatena.ne.jp/chechen/20090227233218

 アンナを殺させたのはロシア政府なのだ。そして今、絶対にそれが露見しな
いように、不毛な裁判を続けさせようとしている。どうして強大な権力が、こ
んなふうに守りに回らなくてはいけないのか?

 それは、アンナの息子イリヤをはじめとする遺族が、真実をあきらめていな
いからだ。世界中にいる、私たちと同じように裁判を注視する人々が、一挙手
一投足を見逃さないつもりでいることも、助けになっているかもしれない。

 それに、いくら秘密を守ろうとしたって、漏れるときには漏れる。今後の動
きに、ぜひご注目を。
 
    ポリトコフスカヤ殺害グループ、無罪取り消しに(6/26モスクワタイムズ)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090626/1246027416

    遺族、真剣な捜査を呼びかける (Gurdian 6/25)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090626/1246033094


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 ■イングーシ大統領殺害未遂事件と緊迫する現地の情勢

 チェチェンでの戦争が沈静化してきたと思ったら、それはチェチェン以外の
地域に広がっているだけの、もぐら叩き状態だった。

 6月22日、チェチェンの隣のイングーシ共和国で、ロシア政府に任命された
エルクロフ大統領(県知事のようなもの)が、自動車で移動しているときに自
爆攻撃の車に突っ込まれ、大変な重傷を追った。すぐモスクワに運ばれ、集中
治療室に入っている。政府発表では「かなりの重傷だが容体は安定している」
らしい。

 このところ、イングーシでは地下の抵抗勢力によって次々と要人が暗殺され
ていた。殺害されていたのは政府の人間だけではもちろんない。去年の夏に
は、反体制派のウェブサイト主宰者、マゴメッド・エブロエフが白昼堂々、治
安機関の人間に路上で射殺された。(
http://d.hatena.ne.jp/chechen/20081213/1246117438 )

 他にも、軍や行政当局が関与していると見られる強制失踪や拷問の痕跡が、
あちらこちらに現れている。まるでチェチェンである。

 そんな中、要人の暗殺がエスカレートし、今回の自爆攻撃になった。イン
グーシは臨界状態に近づいている。ダゲスタンも同じような状態らしい。
 
 イングーシの野党勢力を代表するマゴメッド・ハジバエフ氏は、人民決起大
会の準備を進めており、ここ数日の間にも開かれるかもしれない。

 そして、事態が緊迫してくると必ず登場するのが、2002年まで大統領を努め
た、ルスラン・アウシェフだ。チェチェン戦争に反対し、わずか20万人の国に
5万人とも10万人とも言われるチェチェンの難民を引き受け、最後にはプーチ
ンに辞任させられた。しかしその後、ベスラン学校占拠事件の際には果敢にゲ
リラと交渉し、何人もの子どもたちを実際に助け出したアウシェフが。

 肝心なときに、必ず言うべきことを言うアウシェフは、エフクロフ殺害未遂
事件の2日後の24日、ラジオのインタビューで「臨時大統領を引き受ける用意
がある」と答え、ハジバエフをはじめとするイングーシ反体制派も、それを支
援するつもりでいるようだ。イングーシの混乱を抑えられる人物は事実上、彼
しかいないだろう。

 ところがロシア政府としては、目の上のたんこぶのようなアウシェフではな
く、悪名高いチェチェンのカディロフ大統領こそ、北コーカサスの治安のため
に使いたいと思っている。

 そういうわけでカディロフはイングーシ入りし、メドヴェージェフ大統領か
ら、「イングーシの反乱に対処せよ」という指示を受け取っていることを明ら
かにした。「大統領は、こちらの活動を活発化させろと言っている・・・イン
グーシも含めてだ。俺が直接指揮したっていい。すぐにいい結果が出せるだろ
う」と。

 そんなわけないだろう。

 2008年6月、イングーシ人たちの署名活動で、8万人もの人々がアウシェフの
大統領への再登板を求めた。アウシェフとカディロフ、どちらをイングーシ人
が求めているかは一目瞭然なのだが、カディロフが連邦政府をバックにしてい
る以上、予断を許さない。

 そもそも、どうしてイングーシが今のような混乱に陥ったのか。各人権団体
が膨大な報告を出しているとおり、イングーシは対テロ作戦地域に指定され、
ロシア軍部隊が増派され、住民の強制失踪が続いていた。その上高い失業率と
官僚の腐敗。若者たちは地下の抵抗勢力に参加し、イスラム急進派に吸収され
ていく。

 つまり、チェチェンの繰り返しだ。チェチェンではカディロフ自身が問題を
作り出しているのだから、彼がイングーシの治安に乗り出すと言ったって、良
くなる見通しはない。表面的に沈静化して、さらに広範囲に戦争が拡大するの
が落ちだ。

 ロシア政府がやっている「チェチェン化」という政策は、チェチェン戦争を
チェチェン人同士の内戦に変えることだった。そして、今はこの言葉に、新し
い意味が加わろうとしている。「北コーカサスのチェチェン化」である。


    イングーシの状況についてのQ&A (6/22 Gurdian)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246080944

    イングーシで大統領に自爆テロ(6/22 産経)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246099499

    露「火薬庫」北カフカス 不安定化に拍車も 要人暗殺続発 (6/23 産経)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246099500

    エフクロフ殺害容疑者を警察が殺害(6/26 Moscow Times)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246091955

    イングーシの反体制派、人民大会の開催を準備(6/26 ラジオ・リバティー)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090627/1246090680

    イングーシ大統領は重傷、しかし病状は安定(6/24 Moscow Times)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090626/1246067195

    アウシェフ「臨時大統領に就任する用意がある」(6/24 ラジオ・リバティー)
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090626/1246069961


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 ■朝鮮民主主義人民共和国の核実験にあたっての声明(ハンクネット)

 何号か前のチェチェンニュースで、北朝鮮の核実験についての日本国内での
報道が変だと書いた( http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090529/1243604424 )。

 イスラエルの核武装について疑問を差し挟まないのに、北朝鮮が核実験をし
たら一斉にバッシング、自民党から共産党まで抗議声明というのは、やっぱり
おかしいと思う。

 長年、北朝鮮の子どもたちのために粉ミルクを送るという形で支援を続けて
いるハンクネットからの声明文が届いた。もっともな内容だと思うので、ぜひ
ご一読ください。

    朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン(ハンクネット)
    朝鮮民主主義人民共和国の核実験にあたっての声明
    http://www.hanknet-japan.org/statement_09_06_18.htm


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 ■イベント情報

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  7/4 御茶ノ水:「終焉に向かう原子力」(第8回)
      反原発・反再処理工場 7.4講演と映画の集い

    ビデオ「なぜ警告を続けるのか」と、映画「六ヶ所村ラプソディー」上映。
    京大原子炉実験所の小出裕章さんの講演「六ヶ所が映す不公正な世界」も。
    地球温暖化によって、ふたたび原発政策が勢いづこうとしている。

    http://d.hatena.ne.jp/ootomi/20090427


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  7/5 四ツ谷:2009年世界難民の日 東京集会

    2008年、1,599人の難民申請者が日本に庇護を求めたが、
    難民認定された人はわずか57名。「難民鎖国」は続いている。
   「存在しない人」としてこの日本でひっそりと暮らす彼らは、
    この不況の中、苦しい生活を強いられている。
    そんな彼らの声を少しでも広め、一緒に考えていきたい。

    http://www.labornetjp.org/labornet/EventItem/1244593925882staff01


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  7/25 文京:ブルース・ギャグノン・スピーキングツアー
      「夜空を眺め、宇宙と地上の平和を考える夏」

    元米空軍パイロットにして、核と宇宙戦争に徹底して反対する活動家、
    ギャグノンさんとともに、宇宙の軍事利用と北東アジアの平和の課題を
    考えよう。カンパもぜひお願いします。
    郵便振替00120-8-567940 「スピーキングツアー実行委員会」

    http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090622/1245685605


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  7/25 神保町:死刑に異議あり! キャンペーン1周年記念イベント

    昨年10月、福岡拘置所の久間三千年さんの死刑が執行された。
    足利事件同様、公判では一貫して無実を主張し、物的証拠もなかった。
    人が人を裁き、冤罪の可能性をなくせない以上、死刑を廃止しなくては。

    http://www.abolish-dp.jca.apc.org/content/event09061597


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  10/3 明治公園:NO NUKES FESTA 2009 -放射能を出さないエネルギーへ-

    エネルギー政策の転換に向けて、全国から集まろう!

    http://www.nonukesfesta2009.com/


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■映画・写真展・連続講座

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  5/28-6/30 サハリン:新高麗新聞創刊60周年記念 片山通夫写真展

    在留韓国人・朝鮮人を追って60年ーー
    サハリン州唯一のハングル紙の日本語電子版を手がける
    片山通夫氏の写真展。日本での写真展も今後予定。

    http://www.609studio.com/2009sakhalinphotoEx.htm


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  『沈黙を破る』

    考えるのをやめたとき、僕は怪物になったーー
    2002年、イスラエル軍がヨルダン川西岸に侵攻。
    その頃、「祖国への裏切り」と非難されながらも、
    みずからの加害行為を告白する、若いイスラエル兵士たちがいた。
    土井敏邦氏が13年間にわたって撮りつづけたシリーズ第四作。

    http://www.cine.co.jp/chinmoku/


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  MediR講座
 『制作者との対話〜TVドキュメンタリーを通して社会を考える』
  5/10-8/9 高田馬場

    優れたドキュメンター番組を見、
    制作者との討論を通してメディアリテラシーの養成をめざす。

    http://medir.jp/2009first_08


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  『チェチェンへ アレクサンドラの旅』

    孫へのまなざし 平和への祈り ロシアの見たチェチェン

    http://www.chechen.jp/


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 『ビリン・闘いの村』

    パレスチナ暫定自治区、ヨルダン川西岸のビリン村。
    若者たちは非暴力の闘いに立ち上がった。

    http://www.hamsafilms.com/bilin/

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  発行部数:1432部 発行人:大富亮

    http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/ [チェチェン総合情報]
    http://d.hatena.ne.jp/chechen/ [チェチェン総合情報 Annex]


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Comment: Using GnuPG with Mozilla - http://enigmail.mozdev.org

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