チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.06 No.09 2006.05.11

http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/chn/0609.htm 発行部数:1555部

■チェチェン、ロシア、日本 − 共謀罪強行採決の前夜に

(大富亮/チェチェンニュース発行人)

●どうしてチェチェン?

チェチェンニュースには普段、個人的なことは書かないようにしているのだが、今回は例外。あまり整理してこなかった問題を、時間に追われて書きとめておこうとすると、こういう、小さな紙切れに書いたアイデアが床にちらかっているような文章になってしまうのだけれど。

「どうしてチェチェンに関わっているんですか」と、よく聞かれる。 出会う人ごとに聞かれる。まさにFAQ。答えにはいまだに迷う。僕は市民平和基金という小さなNGOに拾われて、偶然チェチェンを知って、活動し始めた。つまりきっかけの部分は「たまたま」だ。もちろん掘り下げると、そういうNGOに関わり始めた別の理由もあるわけで、これからそれを書くかもしれない。とりあえずここでは「たまたま」。

出会いは偶然でも、続けていることには理由があるはずだ。誰にでもある想像力が、僕の場合はチェチェンの人々や、空爆されるグロズヌイの街に向かった。まだチェチェンに行ったことはないけれど、いつか行きたいと思っている。語学畑の出身でないこと、それから怠け者なのが最大のネックなのだが、チェチェン語もロシア語もからきしだめ。なのにチェチェン。どうしたことだろう。

もたもた書いていると夜が明ける。答えは後回しにして先を急ごう。

●新KGB社会

ロシア社会の民主化の後退はすさまじい。91年のソ連邦崩壊とともに、わずか数年間の<モスクワの春>が訪れ、チェチェンは独立を宣言した。そのころ、長年人権活動に携わっていたセルゲイ・コヴァリョフが下院議員になり、エリツィンの人権問題顧問にもなった。KGBが潰れて、自由だった。だけどそれは、もともとソ連を支配してきた治安機関が態勢を立て直すまでの間だった。

民主化の旗手として登場したエリツィンが、崩壊からわずか8年で、KGB=政治警察のプーチン中佐に大統領の職を譲ったことは、この間の民主化の後退を余さず象徴する事件だと思う。要するに、すべてが逆転してしまったのだ。

議会は与党一色。テロが起これば現場を爆撃してもいいという「テロ取り締まり法」も成立した。言論の取締りを目的にした「市民密告法」も可決され、「メディア(規制)法」も審議が進んでいる。

●チェチェンの密告社会

チェチェン人が3人寄ると、1人はスパイ−−極端に言うと、いまはそんな状況らしい。産業が壊滅しているチェチェンでは、失業率もかなり高い。貧すれば鈍するということと、いつ掃討作戦で家族がロシア軍や民兵に拉致されるかわからないために、金や便宜を求めて情報屋におちていく人は多い。外国人のジャーナリストがこっそり入っていっても、いつのまにかとりかこまれてチェチェンの外に追い出されるか、最悪の場合は失踪する。

さらに滅入るのは、チェチェンをいま支配しているのが、当のチェチェン人だということだ。死んだ父親のあとを世襲したわずか30歳のラムザン・カディロフは、ロシア軍に代わって、チェチェンの暴力の中心になろうとしている。僕と同じ年に生まれた暴君。

●それ共謀罪!

とてもよその国のこととは思えなくなってくる。犯罪を犯していなくても、それを相談して目配せしあっただけで逮捕される「共謀罪」の審議は今が山場、明日にも強行採決かという日々が続いている。600以上の(したがって誰も把握し切れない)数の罪が対象になって、何もしなくても有罪になる、「現代の治安維持法」だ。

活動家仲間では、誰かがたとえば「某プーチン大統領が日本に来たら迎賓館の前で旗焼いてやる〜」と冗談半分に言えば、「それ共謀罪」と突っ込むのが、しばらく前からお約束になっている。この法律が可決されれば、「それ共謀罪」は国民の誰もが口にする言葉になるだろうと思う。摘発が進めば、それだけ本気で使われるようになるだろう。

そうしている間に、僕らは周囲で起こる問題に、自分たちの力で対処することをしなくなっていく。座り込み?威力業務妨害だ。団体交渉?へたすれば監禁だよ。ビラまき?路上でやったら何か犯罪にならないか?−−やめておいた方がいい。(そもそもここにスパイがいないって、言い切れるか?)

法律で密告は奨励されるようになる。たったひとりの心の中は自由だけれど、いったいそこで何ができるだろう。思っても誰とも話せずに、書けずにいるうちに、思考は消えていってしまう。がんじがらめの監視社会のなかで心だけは自由に発想ができるなんて、どだいありえない。僕らは考えることをやめて、何かの歯車になっていく。

誰も考えようとしない社会は結局、窒息死かもっと大きな破滅を待つものになるだろう。太平洋戦争がそうだったように。

共謀罪だけでなく、憲法改正国民投票法案も今の国会に提出されている。本丸は憲法9条、戦争放棄の撤回だ。法案には、露骨なメディア規制が盛り込まれていて、いざ国民投票と決まったら、改正反対の意見を書いたジャーナリストや学校の教師はお縄になる。 教師といえば、今の国会では教育基本法に「愛国心」を盛り込む改正案も審議されようとしている。

●もう始まっている弾圧

4月の終わり、渋谷で「自由と生存のメーデー06」の集会・デモが開催され、「プレカリアート(不安定雇用層)」の雇用の改善を訴えた。合法的に準備されたデモだったにもかかわらず、出発後すぐに警察がいちゃもんをつけてサウンドカーからDJを引きずりおろして逮捕した。ほかにも2人が逮捕された。

たまたま友人がこのデモに参加していたので、詳しく話を聞くことができた。この日、警察はたった100人のデモ隊に対して150人から200人の部隊で列の前後と両側をはさみ、街を歩く人々からはほとんどデモ隊は見えない状態にした。そして、デモの後ろの方にいた車椅子の人たちに、繰り返し「早く進め」と強要して、アクリルの盾でぐいぐい押し、女性の参加者が抗議するまでやめなかった。逮捕された人々のうち1人はいまだに渋谷警察に拘束されていて、身の回りのものの差し入れすら認められていない。彼はハンストで対抗している。

あとでビデオを見たら、警察はどうもサウンドカー(トラックの荷台にDJの機材を積み込んで左右に垂れ幕をかけたもの)が道路交通法に違反するという理由でDJを逮捕したらしい。だが、これとまったく同じやり方のサウンドデモは何度も行われている。しかも、現行犯で逮捕された人たちの自宅には家宅捜索までされた。

たぶんこれらの意味するところは、異議申し立てをする人々のうち、警察にとって目障りな部分に対する恣意的な弾圧、ようするに嫌がらせだと思う。道路交通法や公務執行妨害を現行犯で逮捕しておいて、その証拠がどうして自宅にあるだろう? 3人のうち1人は2週間にわたって拘束された。

「共謀罪」も、その適用範囲が異常に広いので、「めくばせ」だけで逮捕していたら、留置所はすぐにいっぱいになってしまう。この法律は、市民としての権利を要求する人々や、戦争に反対する人々の力を殺ぐために作られている。ようするにお上の気に食わない人間の数を減らすため。このデモが受けた弾圧は、共謀罪を先取りしている。

●ほんの少し先に

チェチェンニュースの書き手として、平和運動の参加者の一人として、何をするべきなのか迷う。正直なところ、少しづつ気持ちは変わっていて、チェチェンのためだけのチェチェン支援では、意味があまりないかもしれないと思い始めている。僕の明日も、世界と連動しているからだ。日本が戦争のできる国になる頃、まだ中年の域を出ない僕は徴兵されて戦争に送り込まれるだろう。そうでなければ、仕事もなく、住むところもままならない格差社会の底辺で、「自発的」に兵隊の募集に応じてしまうかもしれない。マイケル・ムーアの「華氏911」を見ていて一番印象に残っているのは、志願するアメリカの若者たちの貧しさだった。

それなら要領よく立ち回って給料のいい就職口を探して、惨めな思いはしないようにしよう−−それに、今の戦争は、太平洋戦争のような「総力戦」ではないのかもしれない。ハイテク兵器と少数の兵士。それならよかった、人殺しに行かなくてすむ。ずっと監視を受けている間に考える力はずいぶん減って、日本製の兵器に殺される人々を想像することはほとんどないだろう。そのときになったら、テレビも新聞も、殺される人々のことは伝えないから、知りようもない。それもロシアと同じだ。

かなり嫌らしいいくつかの未来のひとつに、5年後の僕がいる可能性は高い。だからなのだ。考え直したいのは。遠いチェチェンのことを考えている場合じゃ−−いや、それはちがう。チェチェン、ロシア、日本、アメリカ、どの場所でもよく似たことが起こっているということを、あまり書かずにいた。ロシアは日本のごく近い未来なのに・・・。僕の周りには、ずっとこのことを訴えている人たちが、たしかにいたと思う。

●時代は変わる

このニュースを読んでいる人−−というのが最近ちょっとつかめなくなっているのだけれど、まだ何もしたことのない人がいたら、ぜひ少しだけでも、集会に参加してみたりして、「平和運動」に参加してほしい。言葉は古めかしいかもしれないが、いわゆる「活動家」という呼び名は、本当は芸術家と同じように、敬称だと思う。

運動に関わるのはそれなりに大変だ。学校や、仕事のあとで、集会の準備や、ビラ作りや、いろいろな作業をこなす。ほかの場所といっしょで、人間関係に悩むこともある。事態が目に見えてよくなるわけでもない日々が続く。でも、何もしなくて、ある日戦争に送り込まれる(あるいは愛する人が戦場に送られる)のに比べればはるかにマシだし、考えないのに比べたら、はるかに知的な刺激に満ちていて、スリリングな毎日だと思う。

時代は変わる。いま否定されようとしている理想、平和や人権、個人の尊重や平等、軍備の放棄、そういうものを、誰もがもう一度胸の中に膨らませるときは必ず来るはずだ。60年前の夏、戦争はとうとう終わったと人々が抱いた安堵や、平和憲法が定められたときの真新しい気持ちを想像してみると、きっとそうだと思う。もっとひどい時代があったのに、それでも自由が大切なのだと、とても多くの人が知っているという事実が、夜と明るい昼間を貫くもののありかを教えてくれているような気がする。まだ、これからだ。

共謀罪の件で精力的に動いているジャーナリストの林克明さんの記事をいくつか:

平成暗黒日記:http://ankoku-mirai.cocolog-nifty.com/blog/

あるチェチェン人医師と日本の抵抗運動 http://www.actiblog.com/hayashi/5681




●イベント案内

●5/11 東京:5・11共謀罪の新設に反対する市民と表現者の院内集会

http://tochoho.jca.apc.org/evx/event20060511i.html

●5/11 東京:メーデー不当弾圧を許すな5・11緊急集会
http://mayday2006.jugem.jp/?eid=103

●共謀罪関係の日程

5月10日 衆院法務委員会
5月11日 教育基本法改定を混乱させぬため委員会なし。
5月12日 委員会再開 強行採決の恐れ
5月11日 12時から1時 
    超党派国会議員と市民とで院内集会
    場所 衆議院第一議員会館第一会議室
    第一議員会館1階ロビーで整理券をうけとり入場
5月12日 もっとも危険な日。再度超党派国会議員による院内集会。場所未定。

そのほか5月9日から連日、朝10時から(ほぼ終日)第二議員会館前路上で抗議活動をしています。

くわしくは下記のサイトなどをご覧になってくください。

●共謀罪関係サイト

「共謀罪」って・・何だ?: http://kyobo.syuriken.jp/
盗聴法<組対法>に反対する市民連絡会: http://tochoho.jca.apc.org/nkyz.html
破防法・組対法に反対する共同行動: http://www.hanchian.org/index.html
共謀罪ブログ(暫定版): http://wave.ap.teacup.com/kyobozai/
自由法曹団警察問題委員会: http://www.jlaf.jp/iken/2004/iken_20040115_02.html

●教育基本法改正案

国民の疑問に答えよ(沖縄タイムス):http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060430.html

●ハッサン・バイエフ医師の来日

そんな日本とは知らないかもしれないが、今年の7月、チェチェンの医師がやってくる。詳しい内容はまた改めて伝えることにして、とても大事な機会になると思う。

『わたしは自己の能力と判断の及ぶかぎり病者の治療に力を尽くします—』有名なヒポクラテスの誓いを胸に、敵味方の区別なく必死の治療にあたった医師だ。日本では、アスペクトから「誓い−チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」が出版されている。戦争の悲惨な面をさらけ出しながら、これだけ壮快な本もないくらい、読ませる。

東京、横浜、弘前、京都、広島などで講演予定。